第5話 空飛ぶ電車、眠り姫
2日目。
部屋のドアが二回ノックされた後、静けさが戻った。
ベッドから起き上がり、しばらくぼんやりと壁を見つめていたが、やがて我に返った。
伸びをしてからベッドを降り、洗面所で歯を磨き、顔を洗った。
すると、リビングに入った。楓さんはテーブルに座ってコーヒーを飲んでいる。
テーブルにはすでにフル・ブレックファストとココアが用意されていた。その香りを嗅ぐだけでお腹がゴロゴロ鳴った。
「おはよう」
彼の向かい合わせに座った。
「あーあ、なんだかすごく幸せ。起こされたら、美味しい朝ごはんが待ってるなんて」
「そんなに話さないで。食べ終わったら出発するぞ」
「はいはい」
朝食を終えた後、私たちは出発した。
家からほど近い地下ホームに着いた。そこで、切符売り場を担当している子守熊から、行き先が書かれていない白紙の切符を二枚もらい、電車が閉まる直前に乗れた。
電車の中は居心地がよさそうで、広々としたけれど、乗客はあまり多くない。
「へー、こんな便利なものがあるんだ?」
「今日行く場所は結構遠いから。 それに、そこに行くには電車しかない」
「そっか」
思わず窓の外に目をやった。
電車はまるで飛行機のように上昇し続け、やがて雲を突き抜けて雲の上を水平に飛行している。
たくさんの泡が重力を無視してゆっくりと上に浮かび、そして無数のきらめく雪の結晶に弾けて、少しずつ消えていった。
「ちなみに、今から窓の外を見ない……って、篠原さん?」
ここが空だと気付いた瞬間、めまいが襲ってきて、吐きそうになった。急いで口を押さえて、吐かないように必死に我慢している。
「あーあ……」
楓さんはため息をついた。それからポケットから折りたたんだ紙袋を取り出して、私に渡してくれた。まるでこうなることを予想していたかのようだった。
「……大丈夫です……多分……」
「無理しないで。受け取れ」
彼は珍しく優しく小声で話した。
これ以上断れないと思ったから、念のために紙袋を受け取った。
「……ありがとう」
「目を閉じて少し休んで、何も考えないようにすれば症状が和らぐはず。着いたら起こしてあげる」
「うん……ごめんね、迷惑かけちゃって」
「バカなことを言うな」
目を閉じてしばらく経つと、まだ少し吐き気があったものの、先ほどひどくはなかった。
* * *
彼女、相変わらず高い場所が苦手なんだな……
その辛そうな様子を見て、僕はもう冷たい態度を続けることはできなかった。
心優さんが高所恐怖症なのは知っているけれど、この空飛ぶ電車に乗るしかなかったんだ。
窓の外を眺めながら、数時間前のことを思い返した――
「おや?あの子のために朝食を作っているのかい?なんといい男だな」
窓際に座って足を組んでいたある奴が笑顔で挨拶してくれた。
あの人は白い燕尾服を着ていて、見た目はイケメンで美しく、横に編んだ三つ編みをしていた。その声と見た目からは性別を全く判別できない。
僕は一瞥しただけで、振り返って朝食作りを続けた。
「次の鳥居の場所はどこ?」
「本当に冷たいね。恩人に対してこれくらいの態度なのか?悲しいなぁ」
「……このチャンスをくれたことには感謝してるけど、もしずっと迷ったり選んだりせずに済むように、直接彼女のことを解決してくれるなら、もっと感謝するだろう」
「すべては観察と記録のためだよ」
あいつはいつの間にか突然僕のそばに現れ、幽霊のように僕の耳元で囁いた。
すると、素早くフライパンのベーコンを取り、コンロの横に座って頭を仰げて口に放り込んだ。
あいつにはどうしようもないので、冷ややかな目で一瞥した。
「本題に戻ろう。今、鳥居の場所を教えてくれないか?」
「次の鳥居の場所には電車に乗って行かないといけない。駅はここから西に1キロくらい歩いたところにあるよ。2つ目の駅で降りるのを忘れないでね」
あいつはそう言ってあくびしている。
「そうそう、あの電車は飛べるんだよ」
「飛べる……?」
「資料によると、あの子は高所恐怖症なんでしょう?」
あいつは首を傾げて、微笑みながら僕をじっと見ている。その表情と言動から、今何を考えているのか推測できない。
「……それ以外の方法はある?」
「ないわ。電車に乗らないと二つ目の鳥居には行けないし、当然そこで記憶の一部を取り戻すこともできないんだ。もし、期限が切れるまでにあの子が全部の記憶を取り戻せなかったら、どうなるか分かってるよね?」
あいつを信じたいとは思わないけど、信じる以外に選択肢はないから、後で空飛ぶ電車に乗るしかない。
心優さんに窓の外を見ないように注意を促さないと。あ、ゲロ袋も準備しなきゃ。
「さて、そろそろ時間だ」
そう言って飛び降りて、あいつの雰囲気も表情も急に軽薄に変わり、真剣な顔つきになった。
「この先どうなるのか、楽しみにしています」
――肩に急に感じた重みが思いは現在へと引き戻された。
横を見ると、心優さんが僕の肩にもたれかかって、寝ているようだった。
え?
起こすべきか?
……でも、やっと寝付いて高所恐怖症の不快感が和らいだと思うと、やはり眠り姫を起こさない方がいい。
だけど、なんか恥ずかしい……