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第30話 パラレルワールド

 目を開けた。

 ベッドから起き上がった。

 周りを見渡す。

 見知らぬ部屋、ベッド、机、椅子、ワードローブしかない。


「……ここは?」


 宮野は自分の清潔で白い手を見下ろし――突然、さっき車に轢かれたことを思い出した。


「さっきのは……夢?」


 あまりにもリアルな感覚に、宮野は思わず冷や汗を流した。


「違うよ」


 部屋の中に、男の子のようでもあり女の子のようでもある声が響いた。

 声のする方向に目を向けると、窓辺に黒い影が一つあった。


「君は……?」

「うーん、色んな呼び方があるけど、やっぱり『記録者』って呼んで欲しいな。この呼び方が一番好きだから」


 変な人――宮野は目の前に突然現れた黒い影に、ただその印象を抱いた。

 宮野は、その黒い影の下にある真の姿を見透かしているようだった。


「さっき言ってたけど、それは夢じゃないって?どういうこと?」

「つまり、さっき思い出したことは本当にあったことだよ。汝は車に轢かれてその場で死んで、そんで儂が汝をこのパラレルワールドに転移したんだ」

「僕はもう……死んだ?」


 宮野はこの事実を受け入れたくなかった。しかし、その直後、彼の頭の中には自分の命よりも大切な人が浮かんだ。


「心優さんは!?彼女は無事なのか!?」

「自分の状況より、あの少女の方が大事なんだな……やっぱり観察対象を間違えてなかったよ」

「心優さんのこと、今どうなってるか知ってるか!?」


 記録者を名乗るあの黒い影が質問にまともに答えない様子を見て、宮野は焦りを隠せず、心優が今無事なのかどうかを知りたくて堪らなくなった。


「落ち着け。あの少女は今、病院で緊急治療を受けてるよ。もし汝があの時、あの少女を突き飛ばさなかったら、多分汝と同じように即死だったかもね。とはいえ、あの少女のケガもかなり重いから、あと5日間くらいで死ぬだろうけどね」


「あと5日……死ぬ……?」

「でも、儂が介入すれば、死ぬことはないかもね」

「君、心優さんの命を守る方法があるのか?」

「できるかどうかは汝の選択次第だ。汝が望むなら、儂が……」

「やるよ!どんな代償を払ってでも、心優さんを助けてください!」

「儂の話、まだ終わってないんだけど」


 記録者は仕方なさそうにため息をついた。


「儂があの少女を直接助けるつもりはないよ。でも、あの少女の魂をこの世界に連れてくる。ただし、あの少女は全ての記憶を失ってしまうけどね。もし全ての記憶を取り戻せば、魂は現実世界に戻り、命を取り留めることができる。ただ、5日の期限を過ぎたら、現実世界のあの少女は死に、この世界に魂が永遠に留まることになる。あの少女を助けるかどうかは、汝次第ってことさ」

「……直接助けることはできないの?」

「できるけど、観察したいんだ。だから、汝の選択を見届けさせて。あの少女を現実世界に戻すのか、それとも止めて一緒にこの世界に留まるのか。だって汝はもう死んでるから、現実世界には戻れないよね」


 宮野は躊躇った。

 自分がもう死んでしまったという事実を、まだ受け入れられなかった。

 自分はもう現実世界に戻れないけれど、心優にはまだ元気に生きるチャンスが残されている。死ぬ前に彼女に告白する勇気がなかったため、恋人になることも叶わなかった。それでも今、自分は記憶を失った心優をこの世界に留めるチャンスがあって、さらに恋人にもなれるかもしれない。

 でも、そうしたら、もし彼女が現実世界に戻れない理由が自分だとバレたら、自分を恨むんじゃないか?


 迷った末に、宮野は心優がこの世界に来たら自分がどうすればいいのか分からなかったが、その選択は変わらなかった。


「心優さんをこの世界に連れてきてください」


 宮野は、今一番大事なのは心優を救うためのチャンスを掴むことだと考えた。その後のことは、二の次だ。


「それと、この世界には一つルールがあるんだよ。記憶を失った相手に、過去に関することを教えちゃうと、もう二度と元の世界には戻れなくなるからね」

「……分かった」

「では、あの少女を連れてくる〜後で記憶を取り戻す方法を教えるね」


 そう言い終わると、その黒い影は消えていった。


* * *


 心優がこの世界に連れて来られた時、まだ昏睡状態で目を覚ましていなかった。

 あの黒い影は言っていた――心優がこの世界で目を覚ますかどうかは不明だと。心配しても他にできることはなく、宮野はただ彼女が目を覚ますのを待ちながら、ずっとそばに寄り添っていた。

 その間、宮野はずっと考えていた。彼女を自分と一緒にこの世界に永遠に留めておくべきか、それとも現実世界に戻してあげるべきかと。


 心優が目を覚まし、最初に発した『あなたは誰?』という言葉を聞いた時、心優が記憶を失っていることを理解していたにもかかわらず、宮野の心中は複雑だった。

 心優が自分を恐れる様子を見て、宮野はついに決断を下した。現実世界でも、心優が自分を好きになることはありえなかったのだから、この世界に来たところで何も変わらないだろう。もし心優が自分を好きになることがないのなら、自分が彼女を現実世界に戻す手助けをせず、無理やりこの世界に留め置くのは、彼女を苦しめるだけではないか?

 宮野は心優が悲しむ姿を見たくなかった。たとえその幸せを与えられるのが自分でなくても、彼女が幸せでいて欲しいと思っていた。

 すると、自分の正体を隠し、現在の状況とルールについて話した後、部屋を後にした。


 ドアに寄りかかり、彼は思わずため息をついた。心の中は依然として重く、複雑な気持ちで一杯だった。


「目の前に自分を幸せにする選択肢があるのに、どうしても思い切ってわがままになれなかった……」


 少し気持ちを整理した後、再び無理にポーカーフェイスを装った。

 すると、重い足取りでリビングにやって来た。


「君、いるんだろ?」


 宮野は、自分以外には誰もいないリビングに向かって呟いた。


「どうやら、もう決心したみたいだね」


 黒い影が突然、窓の外の枝に現れた。


「心優さんが現実世界に戻ったら、この世界での記憶を消してくれる?」


 宮野は心優の性格をよく理解していた。もし彼女がこの世界で宮野の助けを受けていたけど、現実世界に戻るのが自分だけだと知ったら、きっと悲しみと罪悪感に苛まれる。さらに、宮野を救えず何もできなかった自分を責めるかもしれない。


「それはあの少女の意思次第だよ。もし、彼女が必死にこの世界のことを思い出したいと思うなら、それが彼女の選択だ。儂は止めないさ」


「じゃあ、心優さんの記憶の中の僕の姿を変えることはできるのか?気づかれる可能性を減らすために」

「うーん」


 その黒い影が突然笑い声を漏らした。


「でも、あの少女が汝を思い出して泣き出す姿を見るのも、ちょっと楽しみなんだけどな」

「こいつ……」

「では、せいぜい頑張れ」


 その黒い影は、亡霊のように跡形もなく消え去った。

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