第16.5話 友達からの誘い
文房具店でプレゼントを買った後、もう午後2時近くになっていた。
お嬢さんたちはデパートの外で待っていた沙織の家の執事の車に乗り込み、宮野の親が経営するカフェへと向かった。
車両が商店街には入れないため、お嬢さんたちは入り口で降りて、徒歩で向かうことにした。
佐藤がカフェにいるかもしれないので、早乙女はプレゼントがバレないように車に置いていった。
「カフェってどこにあるんだっけ?」
周りを見渡すと、ここはたくさんの店があり、人も結構多い。
「えっと、宮野くんには聞いたことがなかったかも……この商店街にあるってことしか知らなくて。ごめんね、最初に提案したのは私なのに、えへへ」
「君さ、いつもこういう小さいことにうっかりしちゃうんだよな」
「何回か行ったことあるから、私が案内するよ」
「頼もしいのはやはりハルだわ」
「沙織ちゃん、そんなこと言ったら私、嫉妬しちゃうよ?」
「うわ、ヤバい!私いつの間にか泥棒猫になっちゃった」
「分かってるなら切腹して謝罪しなさいよ」
「はいでござる!」
この二人が息を合わせて自分をからかっているのを見て、沙織は手刀で彼女たちの頭を軽く叩いた。
「私、まだ何も言ってないよ。それに、私は百合になど全く興味がない。むしろ、君たちこそお似合いなんだから、幸せになってね」
「ハルちゃんにはもう佐藤くんがいるし、沙織ちゃんには私なんていらないし、どうやら私は一生孤独に生きていくしかなさそうだね」
「だったら早くいい男を選んで付き合ってよ」
「そういえば、沙織ちゃんと心優ちゃんを好きな人がたくさんいるのに、なぜ今でも独身なの?」
早乙女は興味深そうに尋ねた。
学校でも外でも、どこに行ってもその二人は女神のように注目され、他の人から告白やナンパされることもよくあるんだ。三人で遊びに出かけた時なども、心優に声をかけてきたモデル事務所があったけど断られちゃった。
「私にはただ彼氏なんて必要ないと思うだけ」
「そして私はね、まだ全宇宙でただ一人、心から大切にしてくれる人が現れるのを待っているんだわ」
「でも、そういう人はたくさんいるじゃない?」
「本心かどうかはちゃんと感じ取れるよ」
「……まさか、あんたはそんな一面があるなんてね」
「でしょう?」
友人たちからそう言われた心優は、宮野が自分に似たようなことを言っていたことを思い出した。
「ひどいわ、私のことをずっとどう思ってるの?」
「超ワルでいたずら好きな性格のクソガキ」
「うんうん、ずっとそんな性格だよね」
そう言い終えると、沙織と早乙女は息を合わせたかのように足を速め、振り返りながら心優に向かってあっかんべーをしてみせた。これまでずっとからかわれていた仕返しを、ほんの少しだけ果たしたのだ。
「ねぇ」
心優は少し呆れたように笑いながら、すぐにその二人を追いかけた。
カフェに着くと、行列ができている。
まだ午後二時半くらいなのに、すでにこれほど多くの人が並んでいるとは、宮野の親の経営するカフェがどれだけ繁盛しているかがよく分かる。
「これ、どれくらい待つのかな……?」
行列を見るやいなや、沙織は家に帰りたくなってしまった。
「せっかく来たんだから、並んでちょっと待とうよ」
後で美味しいデザートが待っていると思うと、心優は何も食べずに帰りたくはなかった。
「でも、面倒くさいなぁ……たくさんの人がいるのは予想していたけど、予想以上に多かったね」
「……待って、どうやら列に並ばなくていいみたい」
早乙女はスマホのロック画面に最新の通知を見せている。それは佐藤からのメッセージだった。
「あのバカが私たちが予約してないかもって察して、祐樹ちゃんに席を確保してもらってたんだ。ちょうどキャンセルがあったから、今席が空いたの。ラッキー」
「助かったー」
昔から沙織は長い待ち時間が苦手だった。並ばなくていいと知ったら、ほっと息をついた。
「あのバカ、たまにチャラいけど、頼りになる時もあるんだな」
店内へ入ると、早乙女は店員に予約済みであることを伝えた。確認した後、窓際の隅の席へと案内された。
「祐樹ちゃんを呼び出して迎えに来てもらうはどう?彼、普段は授業がない日は店で手伝ってるから、今は多分厨房にいるはず」
席に着くや否や、早乙女は邪悪な笑みを浮かべながらこう言った。
周りを見渡すと、カフェの繁盛ぶりが一目で分かる。店員たちは話す暇もなく、忙しそうに働いている。おそらく、厨房も同じように忙しいだろう。
「宮野くんは今忙しいはずだから、邪魔しない方がいいかもね」
「私もそう言いたいけど、彼もう中から出てきたよ」
振り返ると、白い制服と黒いエプロンを身に着けた宮野が、ケーキを手に持って厨房から出てきた。ケーキをショーケースに置いた後、彼はお嬢さんたちの方へと歩み寄ってくる。
宮野の顔は相変わらず乱雑な黒い線で覆われている。
「祐樹ちゃん、あのバカは?」
「まだ使い走り中だけど、そろそろ戻ってくると思う」
「執事に迎えに行かせようか?」
「そんな面倒かけなくていいよ。それに、まだ心の準備ができてないし、会ったら何を言えばいいのか分からなくて……」
佐藤のことを考えると、早乙女は俯きながら指をいじり、顔に赤みがさしている。
「ねぇ、宮野はまだここにいるだよ?」
沙織は早乙女にそっと話しかけた。
「えっと、実はハルが悠人に想いを寄せてることは、もう前から知ってたんだから」
「クラス中ほとんど皆気づいてるのに、佐藤くんだけがまだ気づいてないんだな」
「あいつはバカだからさ」
「「「うん、うん」」」
佐藤がバカだという話には、他の三人も同感でうなずきながら賛同したが、心の中では『君も同じなんじゃないか』と思っている。
佐藤はよく早乙女の前で他の女の子に声をかけることが多いが、鋭い人なら彼の視線が時折早乙女に向けられているのを見れば、そのチャラいに見える行動が実は彼女の注意を引こうとしていることが分かる。ただし、早乙女はそれに気づいていない。
お互いに気にし合っている幼馴染なのに、誰も勇気を出してその一歩踏み出すことができない。
「それなら、後で佐藤くんをハルちゃんの隣に座らせて、そして食べ物をあげるっていうのはどう?普段とは違う行動をするなら、関係が近くなるかもしれないよ」
「嫌だ、そんなの恥ずかしすぎるだよ!」
「タイミングが悪い時に距離を縮めようとすると、嫌われるかもしれないよ。特に他の人がいる時に、心優ちゃんがさっき言ったようにすると、佐藤はもっと恥ずかしくなるかも」
「……僕は悠人が気にしないと思うけどな」
「私もそう思うよ」
「それでもやっぱり無理。他の人に見られると、私もきっと恥ずかしいから」
「……そういえば、あと二週間くらいで近くで夏祭りがあるし、ちょうど悠人の誕生日もそのあたりだから……そ、その日に言いたいこと全部言っちゃえば、どう?」
宮野は話の途中でなぜか急に口ごもり、声も小さくなった。
その提案を聞いた心優は、花火のロマンな光の中で早乙女と佐藤が告白する光景を即座に思い浮かべた。 すると、隠れオタクの彼女は妙にテンションが上がってしまった。
「いいね、その提案。もし雰囲気が良ければキスもできるかもしれないわ……!」
「君、また漫画かドラマのシーンを妄想してるんでしょ?それに、キスするのは君じゃないのに、なんでそんなにワクワクしてるの?」
「私がキスする前提でツッコまないでよ、沙織ちゃん!」
「プッ……」
宮野は笑いをこらえようと口に手を当てた。
「祐樹ちゃん、何がそんなにおかしいのよ?」
「あ、悪い……ところで、心優ちゃんと久保ちゃんも来るのかな?毎回二人きりのチャンスを作っても、どっちかが逃げちゃうから、もしできれば今回はこの二人が逃げないように、こっそり見守ってくれると助かるんだけど……もちろん、時間がなかったら無理しなくても大丈夫」
宮野が一気にそんなに喋るのは珍しいことなので、彼女たちはちょっと驚いてしまった。
ただ、心優はこの二人の告白シーンに興味があったし、その日はおそらく特に予定もないので、断る理由がない。
「いいよ」
「私も」
「良かった……」
「……あっ、なるほどね。そういうことか」
早乙女は顎に手を当て、目を細めて宮野をじっと見つめている。そのにやけた顔が宮野を震え上がらせた。
「えっ、何のこと?」
「いや、何でもないよ?」
「ニヤニヤ顔がなんか変なおじさんみたい」
「ハルちゃんは変なおじさんだー」
心優は笑いながら沙織に同調した。
「そんなに怖くないだろう?」
雑談しているうちに、入口のドアが開かれ、風鈴が清らかで心地よい音を鳴らした。その後、佐藤が両手に二つの買い物袋を提げて店に入ってきた。
まるでテレパシーでも持っているかのように、入口に背を向けている早乙女がふと振り向くと、ちょうど佐藤と視線が合った。
「心優、早くこっちに座って?」
「ん……?あ、はい!」
2秒ほど考えた後、心優はようやく沙織の言葉の意味に気づいた。それで、立ち上がって沙織の隣に座った。
佐藤がこちらに来て、宮野に買い物袋を渡すと、宮野はそれを受け取って一旦厨房へと向かった。
「えっと、それでは女子会の邪魔はしないでおくわ。じゃあな」
「全然いいよ。それに、ハルちゃんも君に会いたがってるんだって」
「さっき、ハルが君がいなくて寂しいって言ってたから、ここに残って一緒にいてあげてくれる?」
「そんなこと言ってないってば!」
早乙女は焦りから顔を赤らめた。そう言ったわけではないが、間違いなくそう思っていた。
でも、今回は単に彼女をからかいたいわけじゃない。だって、もし佐藤を残らなかったら、彼女はまたツンデレになって『さよなら』って言いそうだし、去った後はまた落ち込むかもしれない。
「……まあ、それなら仕方がないな。お邪魔します」
「だーかーらー、そんなんじゃないんだ!」
「じゃあ、お前はどう考えてるんだ?」
「なんで私があんたに教えなきゃいけないのよ?バーカ」
「まあいいや、どうせバカの考えなんて興味ないし」
あの二人がまた小学生みたいに喧嘩を始めるのを見て、心優と沙織はすでに慣れっこだった。騒がしいあの二人を無視しながら、テーブルの上に置かれたメニューを手に取って読む。
何を注文しようか考えていると、荷物を片付けて宮野が戻ってきた。
「店で騒がないで。他のお客さんの迷惑になるから。何度も言ったたでしょう?」
「はい……ごめんなさい」
やっぱり喧嘩してるあの二人を止められるのは宮野くんだけだね。もしかして前世では二人の父親だったのかもしれない。
「宮野くん、おすすめとかある?」
「うちの店の人気のは抹茶ムースケーキ、チョコケーキ、あとショートケーキ。でもケーキじゃなくていいなら、パフェとか他のスイーツもある」
ショートケーキがおすすめだよ。あれ、めっちゃ美味しいんだから!」
「そういえば、お前、毎回これしか注文しねぇよな」
「ほぉ~、よく気づいたね」
「別にわざわざ観察してたわけじゃないよ。ただ、毎回それを注文するから、嫌でも目につくだろ」
空気の中には、青春の甘酸っぱい雰囲気が漂っている。さっきまで子供のように口喧嘩をしていたあの二人が、いきなり親密な関係になったのだ。
「リア充って、話すだけで精神的ダメージを与えるんだよね」
「でしょう?」
たとえよくラブレターをもらったり、女神のように扱われたりしているけど、この二人は実は隠れオタクで、面倒ごとが嫌いなお嬢様。
しかも、彼女たちは幼馴染も恋人もいないので、喧嘩したり異性とイチャイチャする日常は全く経験していない。それでも、リア充のやり取りを見ていると、なんだか少し羨ましく感じてしまった。
「えっと、前心優さんをちゃんとおもてなしすると言ったから、今日は皆無料にしちゃおう。君たちが来る前に母にも聞いておいたし、同意してたから」
「え、本当にいいの?」
「宮野、そんなこと言うたら心優ちゃんがたくさん注文して店が倒産しちゃうかもしれないよ?」
「そんなことしないよ!」
「いいんだよ。好きなもの注文していいよ。約束したことだから、ちゃんと守らないとさ」
「祐樹がそう言ってたんだから、遠慮しなくてもいいぞ」
「珍しいね、普段は無料になんてならないのに。今回は心優ちゃんのおかげだね」
皆がそう言うなら、心優も断る理由がない。お礼を言った後、楽しくメニューをめくりながら、チョコケーキ、フルーツパフェ、それから紅茶を注文した。もっと他のデザートも試してみたかったけど、これは宮野のおごりだから、あまり欲張りすぎるわけにもいかないと思っていた。
もちろん、妹から頼まれた分と親に買ってあげたい分も忘れずに、宮野にケーキを四つ持ち帰るように頼んだ。しかし、心優は持ち帰りの費用については恥ずかしさからどうしても自分で支払うと言い張った。
その後、他の人も続けて何かを注文した。
宮野がカウンターで注文している間、早乙女は身を乗り出してこっそり話したいみたいな顔をしている。
「ねぇ、心優ちゃん、前に彼氏いないって言ってたよね?」
「ん?そうだけど、どうしたの?」
「それなら、祐樹ちゃんのことをちゃんと考えてみたら?彼、優しいしあまり怒らないし、恋人になったら毎日美味しいスイーツとご飯が食べられるかもよ?」
心優はその問いかけに一瞬戸惑い、早乙女がどうして急にこんな突拍子もないことを言い出したのか理解できなかった。
「おいハル、余計なことをするなよ」
「私は手助けしてるだけなんだから……!」
これで心優はますます何の話か分からなくなった。沙織の方を顔を向けると、彼女はただメニューを見続けて、この話題には関わらないようにしている。
「えっと、何を言ってるのかよく分からないけど、私と宮野くんは友達だよ?そういう風に考えるのは、なんだかちょっと宮野くんに失礼な気がするんだけど」
「じゃあ――」
「注文されたものはすぐに持ってきますので、少々お待ちください」
早乙女が何か言おうとしたその時、歩いてくる宮野に遮られた。
すると、早乙女はそれ以上言うつもりはなさそう。
「え?何かあった?なんで僕が来たら皆急に静かになったけど?」
「ちょうど君の話をしてたのよ」
「僕?」
「さっき、いきなり宮野くんを恋愛対象として考えられるかどうかって聞かれたの」
「じゃあ、心優さんの答えは?」
「友達だよ。だって、皆仲良しでしょ?」
心優の純真な答えに、宮野は一瞬黙り込んだ。
「……そうだよね」
その穏やかな口調で返事のを聞いた早乙女は、なぜか手を合わせて祈りながら、目を閉じて何かを呟いているみたい。
「何してるの?」
向かいに座っている沙織は、彼女を不審げに見ている。
「このバカは懺悔しているだけだ、気にしなくていい」
「あの、僕のことについては話すこともないので、別の話題にしましょう?」
「そういえば、佐藤くん、二週間後って時間ある?皆で夏祭りに行こうってつもりだけど」
早乙女が佐藤に誘う可能性は低そうだったので、沙織が代わりに聞いてみた。
「久保みたいな美少女からの誘いなら、もちろん時間を空けるよ」
「あ、いや、実はこれ宮野の提案なの。それに、もし後で君の隣の人にやられたとしても、私のせいじゃないからね」
隣にいる、いつツンデレからヤンデレに変わるか分からない少女からのプレッシャーを感じたのか、佐藤は気まずさを和らげようと乾いた笑い声を上げた。
「罪な女」
「君だけにそう言われたくない」
沙織は笑みを浮かべている心優の頭に軽く手刀を落とした。
「当日、午後六時頃にこの近くの公園で集合ってどう?」
「「いいよ」」
「それって、この前迷子の子犬を見つけたあの公園なの?」
「はい」
「分かった。もし沙織ちゃんが知らないなら、先に私の家に来てもいいよ。それから一緒に行こう。あの公園、私の家から遠くないし」
「うん、それで決まりね」
ちょうど集合場所が決まったところで、店員が皆が注文したデザートを運んできた。見た目だけでもすごく美味しそう。
「そろそろ戻って仕事をする。何かあれば店員さんに言うか、僕に電話してくれ。それでは、また」




