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第16話 プレゼント

 15歳、7月、夏休み第1週の木曜日。


「葵ちゃん、あとでカフェに行くつもりだから、何かいる?」


 玄関で床に座って靴を履いている心優が尋ねた。


「前に言ってたあの商店街にあるカフェなの?」


 リビングからゲーム音と共に葵の声が聞こえてきた。

 学校が休みの日になると、葵はいつもリビングで映画を見たり、ゲームをしたりして過ごす。誰からも誘われない限り、外に出ることはない。そして、家に両親がいないときだけ、彼女は今のようにゲームの音を大きくするのだ。


「そうだよ、友達と買い物した後にそこに行く予定なの」

「じゃあ、人気の抹茶ムースケーキとチョコケーキをお願いね。ありがとう」

「分かったわ。行ってきます」

「いってらっしゃいー」


 佐藤の誕生日がもうすぐなので、早乙女は数日前に心優と沙織にプレゼント選びを手伝って欲しいと頼んできた。心優と沙織はちょうど暇だったので、その頼みを引き受けた。そして、買い物を済ませた後には、宮野の家族のカフェでデザートを楽しむつもりだった。

 ちなみに、約束のために、心優は佐藤が夏休み中に北海道へ引っ越して転校する可能性について、まだ誰にも話していない。宮野によると、佐藤は夏休みが終わる二週間前までに決断を下さなければならないそうだ。

 でも、以前の宮野が嘘をつきたくなくて黙っていたことを考えたら、佐藤はもしかしたら去る前に早乙女に告白するかもしれない。それに、ちょうど早乙女も佐藤のことが好きだから、二人がすれ違うなんて心配する必要はない。

 もしかしたら、佐藤が早乙女からの誕生日プレゼントを受け取ったら、感動してその場で告白しちゃうかもしれない。そんな二人の告白のシーンを想像するだけで、心優は思わず期待が高まった。だからこそ、友達の恋が実るように、彼女は沙織と一緒に、佐藤を感動させるようなプレゼントを全力で選ぼうとする。



「ごめん~!お待たせしました!」


 遠くから大樹の下で待っている早乙女を見つけた心優は、そう言いながら小走りで駆け寄った。


「私も今来たところだよ。でも沙織ちゃんがまだ来てないから、もう少し待とうか」


 そう言い終わると同時に、見覚えのある黒いリムジンが道路の脇に停まった。


 執事が車から降りて後席のドアを開けると、沙織がそのまま車を降りてきた。


「あ、来たわ」

「遅刻じゃないよね?」

「いや」

「さっそく出発しましょう。後でカフェにも行かなきゃいけないから、時間を稼いでおかないとね。お茶の時間になると、長い列に並ばなきゃいけなくなるから」


 暑さに耐えられなかった三人は、急いでデパートに入った。


 今は夏休みだから、デパートの中には学生っぽい人が大半を占めている。

 このあと知り合いに会ったりするのかな……もしハルちゃんが佐藤くんの誕生日プレゼントを買おうとしているところを見つかったら、きっとからかわれちゃうだろうな。まあ、本人以外はみんな春の気持ちに気づいてるだろうけどね――そう考えると、心優はつい悪戯心が芽生えてきた。


「リボンを買いに行かない?」

「ん? なんでそれを買いたいの?」

「もちろん、佐藤くんにプレゼントとしてあなたを縛って渡すためだよ。もしかしたら彼が喜ぶかもね?」

「そんなのエッチすぎるだろう!?絶対嫌だ!」

「じゃあ、君と同じくらいの身長比で、中が空洞のぬいぐるみを特注するのはどう?それに君を詰め込んで佐藤に送ったら、いつでも一緒にいられるよ」

「いいね」

「一体何を言ってるの?それに沙織ちゃん、あんたいつからそんな恐ろしいことを考える人になったの?」


 おそらく早乙女は、今頃になってこの二人にプレゼント選びを手伝ってもらうことになったことを、少し後悔しているのかもしれない。どうやら、今日彼女は心優と沙織の玩具になる運命のようだ。

 まだ何を買うか決めていないので、歩きながらどんなプレゼントが良さそうか見て回るつもりだ。もちろん、今のような非常識な提案は絶対に受け入れられないから。


 ところが、コーヒー豆専門店の前を通りかかった時に、心優は偶然にも店内でコーヒー豆を選んでいる佐藤を目にしてしまった。


「あら?ハルちゃん、あなたの大好きな佐藤くんがこの店にいるわよ」

「え、ガチ?」

「まだこちらに気付いてないみたいだけど、挨拶しとく?」

「早くここを離れよう……!」


 早乙女は見つかる前に逃げ出そうとしたが、彼女たちが立てた物音はすでに佐藤に気づかれていた。


「ハル?」


 佐藤が最初に気づいたのは自分の幼馴染だった。

 すると、早乙女は沙織の後ろに隠れて、自分の存在感を消そうとした。


「カバーしてください……」

「なんで隠れてんだ?もう見えちゃってるぞ」


 こうなったら早乙女は舌打ちをし、仕方なく沙織の後ろから出てきた。


「奇遇だね、佐藤くん。買い物に来たの?」

「朝、ゲームで負けたから祐樹にお使い頼まれた」

「ゲームがそんなに下手なのに、よく祐樹ちゃんと勝負しようって勇気あるね」


 佐藤と顔を合わせるたびに、早乙女はつい意識せずに喧嘩を吹っ掛けてしまった。

 自分の気持ちを佐藤に気づかれたくないからこそ、そんな態度を取っているのかもしれない。だが、一度喧嘩が始まると周りの人間、特に宮野にとっては迷惑な話だ。


「今日はたまたま調子悪かっただから。つーか、お前こそよく言えたな?祐樹に負けた回数、俺より多いだろ?」

「そ、それは私が手加減したからよ!」

「はいはーい」

「小学生か、君たち?」


 小学生みたいな口喧嘩を何度も見てきたけど、沙織はそれでもついツッコミを入れてしまった。

 心優はこの騒動を黙って傍観しようとしていたけど、ふとこの後にお茶をする予定を思い出し、時間を無駄にしないため早乙女を助け出そうとする。


「そういえば、さっき佐藤くん、宮野くんの使い走りをしてるって言ってたよね?」

「そうっすね。買い物済ませたら、祐樹の親の店まで届けないと」

「そうなんだ。私たちも後でそこに行くつもりだから、また後でね?」

「えっ……まあな。それじゃあ」


 佐藤は何か言いたげだったが、結局、振り返って背中を向けたまま手を振って立ち去った。


「カッコつけんなよ……」


 早乙女は口を尖らせ、こんなに早く去ってしまったことに不満を漏らしているようだった。


「君って本当に矛盾してるよね。さっきは佐藤を避けようとしてたのに、今はもう名残惜しそうにして。もし本当に離れて欲しくないなら、素直に言えばいいじゃない?」

「そんなこと、簡単に言えるわけないでしょう……」

「もう少し素直になれたら、今頃は何か変わっていたかもしれないよ」


 心優は悪戯っぽく早乙女の膨らんだ頬をツンツンしている。


「でも、もし言ったらあのバカがどんな反応をするか分からないし、嫌われちゃうんじゃないかって不安だから、この気持ちを心の奥にしまい込んでしまうんだ……」


 佐藤が実は早乙女のことを好きだと伝えたかったが、そういった事はやはり本人が自分の気持ちを伝えるべきだと考えた。これは生まれてから今まで彼氏ができたことがなく、恋愛の知識は漫画やドラマで得たものばかりの心優が導き出した結論だった。

 すると、心優は突然ひらめき、ある良い名案を思いついた。


「もし口で伝えられないなら、文字で代わりに伝えるのはどう?例えば、ノートを買って自分の気持ちを書き込むとか」

「うーん……でも、嫌な思いをさせちゃうかも?」

「もっと自分に自信を持ちましょう。なぜ彼が自分も好きだと100パーセント確認する必要があるの?それに彼から告白されるのを待つ必要もないよ。もし彼が君と同じように、自分の気持ちを伝えたら関係が遠くなってしまうと心配しているなら、黙って待っているかもしれないし。もし恐れて自分の気持ちを伝えないままでいると、結局お互いにすれ違ってしまうかもしれないよ」

「今回は思い切っていこうよ。じゃないと、もし本当にすれ違ってしまったら後悔しか残らないよ」


 そう言われて、早乙女は躊躇いがちに頭を下げた。その理屈は分かっているが、実行に移すのはとても難しいことだった。

 自分の気持ちを口に出したら、関係が気まずくなるんじゃないかって怖くて黙って待ってしまうんだけど、でもずっと待っていたら結局、恋人にもなれないかもしれない。

 片思いって、本当に矛盾だらけ。知られたくないのに、気持ちを伝えたいと思ってしまうんだから。


「時には不安になって、あれこれと不確かなことを考え込むよりも、可能性に賭けるのも一つの選択かもしれないわ。でも、どうするかの決断は結局、君自身にかかっているの。私たちはただの助言をするだけよ」

「どんな選択をするにしても、私たちは必ず応援するわ」

「……」


 早乙女は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。まるでついに重大な決断を下したかのように。


「分かった。それじゃ、心優ちゃんが言ったように、私とあのバカの物語を記録するためにノートを買うことにするね。送るかどうかは、その時の状況で考えることにするよ。励ましてくれてありがとう。ちょっと勇気が出た気がする」


「良かったね」

「あんたたちと出会えて本当に幸運だったよ」

「急にそんな甘いこと言わないでよ」

「心優は照れちゃった」

「本当だ、顔が赤い。心優ちゃんって意外と簡単に照れるんだね?」

「そんなことないよ!」


 お嬢さんたちは笑いながらエレベーターに乗って二階に上がる。

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