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第14話 宇宙で流す涙、彼のことをもっと知りたい

 服の裾をぎゅっと掴んだまま、商店街の一番奥の路地にある鳥居に着くまで一度も手を離さなかった。


 鳥居をくぐると、私たちはクルーズ船の甲板に出た。


 目の前には広大な宇宙が広がっており、周囲にはまるで煙のように軽やかで幻想的な星雲が漂っている。無数の惑星がこの無限の空間でゆっくりと回転し、それぞれの光が交わり合っている。

 遠くには、東京タワーの高さの十倍ほどある木が見える。けど、木と言うよりは、木の姿をした紫色のオーロラとでも形容した方がいいかもしれない。無数の枝先には、様々な大きさと色の惑星が果実のようにぶら下がっている。


「すごい……!」


 これは間違いなく、今まで見た中で一番美しいな絶景だ。


 目の前の絶景に圧倒されていると、まるで星のように光り輝く魚が私たちの間を泳いでいった。その時気がついた、いつの間にかこの船の周りには同じような魚がたくさん泳いでいる。

 手を伸ばして触ってみたけど、魚はそのまま指先をすり抜けていき、何の感触もなかった。

 そういえば、ここって宇宙だよね?宇宙の中にいるのに、宇宙服を着ていなくても普通に呼吸ができる。この場所の温度は冷たくなく、むしろ春のように暖かく、無重力になることもなかった。


 楓の横顔に視線を向ける。

 彼は今、前方の景色をじっと眺めている。いつものように、その顔には何の感情も浮かんでいなかった。


 不意に風が吹き抜け、髪を揺らし、彼の前髪に隠れていた左目が露わになった。

 すると、涙を見た。


 楓……泣いてる?


「大丈夫か、楓?」


 私の声で我に返った楓は、左目からこぼれた涙をすぐに拭った。


「うん……多分大丈夫。気にしないで」

「そう……なの?」


 でも、楓が言いたくないなら、無理に聞き出すわけにはいかない。だったら、私にできるのは、どうにかして彼を元気づけることだけだ。

 どうしようかと考えていると、デパートのアナウンス音のようなメロディーが響き渡った。


「こんにちは。目的地まではあと三時間です。船内にはお客様がご利用いただける施設とお部屋がございます。詳細については、ロビーのスタッフにてパンフレットをお受け取りください」


「……あった!」


 もし船内に娯楽施設があるなら、楓と一緒に遊びに行こうかな。そうすれば、辛いことを忘れて元気を出してくれるかもしれないし。


「なんだ?」

「遊びに行こう、一緒に!」

「は?」

「ほら、急ごう」


 私はそっと楓の背中を押す。


「……自分で歩けるから、押さないでくれ」



 パンフレットに載っていた地図を頼りに、ゲームセンターに来た。


「この船にはカラオケと映画館などの施設もあるけど、悩みや辛いことを忘れたいなら、やっぱりここだね」


 ここには現実世界で見たことのあるアーケードゲームがたくさんあるし、見たことのないタイプのものもある。

 記憶の中ではあまりゲームをやらなかったから、下手になるかもしれないけど、楓が元気になってくれるなら負けても構わない。


「楓はどんなゲームをやりたいの?それとも、何か好きなゲームがある?」

「ないよ。君が決めていい」

「OK、任せて」

「……あ、ちょっと待って。ルールを決めようか?ゲームに勝ったら、相手に一回命令する権利を与えるってのはどう?」

「ん? まさかエッチなことするつもり?」

「違う……!」


 私のからかいで顔を赤らめた。これこそが、私が知っている楓だ。


「……でも、もし君が望むなら話は別だけど」


 前言撤回。


「やっぱり今日はなんだか変だよ!普段のあなたならこんなこと言わないのに……!」


 でも、こういうギャップも悪くない。


「それは君が僕をまだよく知らないから」

「確か……じゃあ、もし私が勝ったら、あなたのことを教えてくれる?」

「この世界のルールに違反しない前提で」


 今まで、こんなに楓のことを知りたいと思ったことはなかった。例えば、好きな食べ物とか、普段の趣味、好きな映画や本、あと……どんなタイプの人が好きなのか……いや、それはただの好奇心からなの!


「分かった、頑張ります!」


 すると、最初のリズムゲームで、私はボコボコにされた。


「強すぎるじゃない……?」


 ミスを一度もせずに満点を取るなんて、楓は化け物なの?


「この命令は、最後の日に取って置く。それで、まだ続けるつもりか?」


 ダメだ、次ははリズムゲーム以外のゲームを選ばなきゃ。

 楓を元気づけようと思ってたけど、今はどうしても一勝して、楓に自分のことを話してもらいたい。

 やる気満々の私は、横にあるガンシューティングゲームへ向かい、ガンコンを手に取って楓を狙った。


「次はこれに決めたけど、いい?」

「うん」


 今度こそ絶対に勝つという思いで、ゲームを始めた。

 スタートボタンを押すと同時に、意識がゲームの中に入り込み、私たちは作中のキャラクターになった。戦闘服を着て、三丁の武器とナイフ一本を装備している。

 その後、安全地帯から出ると、周りの街道にいるゾンビたちが私たちに気づき、ゆっくりと近づいてきた。

 ゲームだと分かっていても、ゾンビの姿はやっぱり怖いな……まあ、何はともあれ、とにかく撃ちまくって得点を稼ぐしかないわ。


 次々と現れるゾンビを倒している途中で、楓はショットガンに切り替えた。

 さっき私もその武器を使ってみたんだけど、ダメージは高いけど、発射速度とゾンビを倒す効率は小銃より遅い。

 一応注意を促そうとしたところ、彼は急に銃口を私に向けた。すると、一発の弾丸が私を数歩後ろに吹き飛ばされちゃった。


「直接ダメージは与えられないけど、味方を吹き飛ばすことはできるのか……」

「え?試合中に実験しないでよ!」


 しかし楓は聞こえないふりをして何発も弾を撃ち続け、私をゾンビの群れへと打ち込んでいく。


「ちょっと!?何してるの?私たちは味方でしょう?」

「甘いな。君のHPが先にゼロになったら、僕の勝ちだよ?」


 楓は口角を上げて邪悪な笑みを浮かべながら、逃げようとする私に無慈悲に撃ち続けた。


「こうなったら……!」


 私もすぐに弾薬が一発しかないロケットランチャーを取り出し、楓を狙って、彼をそちのゾンビの群れに打っ飛ばして勝利を手に入れる決意で発射した。


「お返しだよ!」

「あっ……」


 私たちは同時にゾンビの群れへと打っ飛ばされてしまった。

 何とか逃げ切ったけど、HPがゾンビの攻撃で半分も残ってない。

 続いて、ショットガンに切り替えて、またしても楓と激しく撃ち合う。

 このゲームはもはや高得点を競うものではなく、誰が先にHPをゼロにされるかの戦いになってしまった。


 結果、お互いのHPが同時にゼロになって終了した。しかし、私が倒したゾンビの数が多かったため、勝者として判定されたのは私だった。

 ゲームが終わった後、お互いに目を合わせた。そして、笑った。

 私たち、本当にバカみたいだったね。

 まさか楓にこんな子供っぽいところがあるなんて。 なんだか、彼のことがもっと分かってきた。


「付き合ってくれて、ありがとう」

「あなたが元気になってくれてよかったよ。それにしても、あなたの笑顔は意外と素敵なんだね、初めて見た。これからはもっと笑ってね!」

「……そんなことはどうでもいい。 それで、ご命令は?」

「それでは、あなたのことを教えて?あ、でもその前にちょっと飲み物買ってくる。何かいる?」

「どうでもいい、ありがとう」


 自販機で無料のスイカジュースを二本取った。すると、私たちは近くのベンチに座って休む。


「まずは第一問。楓、それって本名なの?」

「いや。 でも本名は言えない」

「つまり、あなたの本名は私の過去に関わったから言えないんだね。じゃあ、第二問。好きな食べ物は何?」

「甘いもの」

「趣味は?」

「読書、音楽を聴く、ピアノの練習」

「へえー、ピアノが弾けるんだ。好きな曲はあるの?」

「もし明日の朝に目覚めたら」

「全然聞いたことないな……ちょっと歌ってみてくれない?」

「嫌だ」

「これも命令の範囲内だよ」

「……」


 楓は躊躇いがちに頭を掻いたが、結局は仕方なくため息をついて妥協した。


「面倒くさい」


 楓は咳払いをして、低い声で鼻歌を口ずさみ始めた。

 私は静かにジュースを飲みながら、楓の横顔を見つめつつ、聞いたことのない曲に耳を傾けている。

 楓がこんなに歌が上手いなんて知らなかった。

 今日は本当に楓の色んなところを見つけられたね。


「……なんで笑ってる?」

「なんだか楓のことをもっと知れた気がするね。これって、私たちの関係がもっと良くなったってことかな?」

「……それはまずいな」


 楓は俯いて、訳も分からずに苦笑いを浮かべた。


「えっ、なんで?仲が良くなるのっていいことじゃない?」

「普通なら確かにそうなんだけど……」

「でしょう?だから、これからももっと仲良くしようね?」

「……むしろ僕のことを嫌いになってくれたらいいのに」

「やっぱりあなたはドMだよね?」


 本当に分からない。

 どうして楓があんなに私に嫌われたがってるのか。何を言われても、私は彼を嫌いになれないのに。


「それより、ちょっと気になることがあるんだけど、聞いてもいい?」

「ん?」

「えーと、あなたはどんなタイプの女の子が好きなの?……あ、これは本当にただの好奇心から聞いただけだから、誤解しないでね!」


 その質問に驚いたのか、楓は首をかしげて困惑した目で私を見つめてきた。

 こんなに静かに見つめられて、ちょっと恥ずかしくなってしまった。でも、楓はすぐに視線を外して、天井を仰ぎ見ている。


「……可愛くて、人当たりが良くて優しい。いつも笑顔で、特にその笑顔は他の人にも伝染する。それに友達のことを心配してくれるし、ちょっと人をからかうのが好きな性格もあるけど、それもまた可愛いところだな」

「なるほど……じゃあ、私ってどんな人間だと思う?」

「なんでそんなこと聞くんだ?」

「いいから、早く答えよ!」

「……色々と可愛い……とにかくそういうこと」


 楓は顔をそむけてそう囁いた。 それでも耳が赤く染まっているのが見えた。

 いきなりの褒め言葉に心が撃ち抜かれ、頭の中が真っ白になって思考が止まってしまった。


「あり……がとう……嬉しい……」


 心臓がうるさい。

 どうしてかは分からないけど、以前に他の人から褒められた時よりも、楓に褒められると嬉しいし、照れくなっちゃう。


「ねえ、もっと褒めてくれる?」

「君は子供か?」

「だって、たまには楓に褒めてもらいたいんだもん」

「……甘えないでください、マジで」

「お願い~」


 やっぱ照れてる楓が一番可愛いわね。

 楓が私の甘えた反応で照れてるのを見て、なぜか不思議な癖が目覚めた。


「……しょうがない。じゃあ、今褒めるぞ?」


 楓は缶を投げようと立ち上がった。

 私は楓の褒め言葉を心から期待している。すると、彼が二歩進んだところで振り返り、まるで子供のようないたずらっぽい笑顔を見せた。


「バーカ」

「はあ?バカって……それは褒め言葉じゃないだろう?」

「それは確かに褒め言葉だよな、ある意味では」

「いやいや、違うでしょう?バカ楓」

「怒った?」

「褒めてくれるなら、許してあげるわ」


 楓が気にするかどうか気になるので、怒ったふりをして顔をそむけた。

 でも、そうしたら楓に迷惑だと思われて、無視されるかもしれないし……まあいいか、そんなのやめておこう。


「冗談だよ。本当はあなたがどんな反応をするか見たかったんだけど、やっぱりやめとくね」

「むしろ許してくれない方がいい」

「そんなことにはならないよ。それに私、全然怒ってないからさ」

「……だよな、僕の知ってる君はそんなに器が小さくないから」


 楓は苦笑いを浮かべながらそう言った。


「とりあえず、僕は命令通りにちゃんと君の質問に答えたんだから、次は僕の命令もちゃんと守れよ」

「そんなに内緒だとなんか怖いよ。今教えてくれないの?」

「この命令については、今教えられない。少なくとも、本来の目的が達成されるまでは」

「……よく分からないけど、言えないならしょうがないだな」


 短い休憩の後、私たちはもうこれ以上の試合を続けないことに決めた。私が知りたかったことはすべて答えてもらったし、楓もただ一つの命令が必要だと言ったからだ。

 でも、この船はどうやらまだ目的地には着いていないようで、到着までどれくらいかかるかも分からない。そのため、私は楓を連れて色々な場所を見て回り、遊んで、星を眺めた。


* * *


 ちょっと疲れた頃、パンフレットでこの船にはレストランがあることを知ったので、楓に一緒に行こうと提案した。


「食いしん坊」

「だって、お腹がすぐ空いちゃうんだもん」


 朝食からそれほど時間が経ってないし、ツッコまれるのも仕方ないよね。


「この数日分の食事は、もう少し多めに準備しておくか」

「本当に? 思いやりがあるね」

「やっぱやめとこうかな」

「ねぇー、そんなこと言わないでよ」


 いつからか、楓の話す頻度が増えたし、冗談も言うようになったの。最初はいつも無表情で、話し方も冷たかったのに。つまり、彼が少しずつ変わったのかな?それとも、これこそが彼の本当の姿なの……?


「もう言ったでしょ?甘えないでくれ」

「へえー、もしかして照れちゃう?可愛いわね」

「うるせぇ」


 そういえば、私も同じだね。最初に記憶を失って目覚めた時は、楓に対して警戒してたけど、今ではすっかり警戒心もなくなって、関係も良くなったし。

 この間、楓は私がこの世界で唯一頼れる存在で、もしかしたらもう友達以上の存在として見ているかもしれない。だから彼に甘えたり、わがままを言ったり、ずっとそばにいて欲しい。

 でも、彼が私にとってどんな存在なのか、正直全然分からない。

 ただ一つ確かなのは、楓が私の人生にとって欠かせない存在だってこと。もし私も楓にとってそんなに大切な存在になれたらいいな。

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