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第13話 お金のいらない世界、もっと近い距離

 3日目。


 今日もまた記憶を取り戻すために旅に出る日


 美味しい朝食を楽しんで少し休んだ後、空飛ぶ電車に乗り、そして商店街にやってきた。

 ここは人がたくさんいて、見渡す限りどこもカップルみたい。


 入口で緑のリンゴ飴を売っている屋台が目についた。

 思わず初めて宮野くんに会った時に、彼がリンゴ飴を食べていたことを思い出した。

 過去を思い出していると、ある若い夫婦が子供を連れて屋台に近づいてきた。着ぐるみを着た店主からリンゴ飴を子供に渡してもらったのに、お金を払わずに立ち去ってしまった。しかし、店主はそれを止めることなく、むしろ「ご来店いただきありがとうございます」と元気よく言った。


 えっ?あれって無料なの?


 ……よく考えてみれば、この世界では現実とは逆の常識や現象がたくさんあるから、もしかしたらお金を使わずに物が買えるのかもしれない。


 でも、さっき楓さんがリンゴ飴をじっと見つめてたのに気づいたんだ。なんだか食べたそうな感じだったから、私はその屋台に向かった。


「すみません、これいくらですか?」


 自分の推測が正しいかどうか分からないので、とりあえず聞いてみた。


「いらっしゃいませ!こちらは全部無料ですよ」

「じゃあ、二本ください」


 そういえば、リンゴ飴って食べたことなかったかも。どんな味がするんだろう?


 一口かじった。 甘い。


「はい、これあげる」


 もう一つのリンゴ飴を楓さんに渡した。

 すると、楓さんは私が手に持っているリンゴ飴をぼんやりと見つめていたが、どうしたらいいのか分からないといった様子で視線を上げて私の顔を見た。


「どうしたの?まさか私がもうかじったのが欲しいの?」

 

 私は笑って冗談を言った。


「……じゃあ、ほんの一口だけ」

「えっ?」


 すると、楓さんが寄ってきて、私の持っているリンゴ飴をちょっとだけかじった。


「……やっぱ甘い」


 え……?

 ええええええええぇ――!?


 今日の楓さん、なんだかいつもと違う気がする……?普段の彼なら、断るはずなのに……


 間近で楓さんの顔がこんなにも近くにあるのを見ると、私は一気に顔が赤くなった。からかおうと思ってたのに、照れくなったのは自分の方だった。

 照れくさい表情を見せたくなくて、素早く顔を背ける。


「……行こう」


 楓さんは不自然な振る舞いには気にしていない様子で、私が持っていたまだ食べかけのリンゴ飴を受け取ると背を向けた。

 でも、ちょっと歩いただけで、楓さんが変な質問をしてくる。

  

「篠原さん、そんなに現実世界に戻りたいの?」

「ん?もちろん!」

「……こんなことを聞くのは変かもしれないけど、つまり、君はこの不思議な世界で僕と一緒に過ごすのが嫌なのか?」

「そうじゃなくて……ただ、父さんと母さん、妹、友達とクラスメート皆が現実世界で探してるかもしれないから、当然帰らなきゃって思って。ところで、急にどうしてそんな質問を?」


 でも楓さんは黙り込んで私の疑問には答えなかった。

 家族と友人が帰りを待っているかもしれないので、楓さんとこの世界にもう少し居たいっていうわがままでしばらく帰らないわけにはいかない。それに、5日の期限があるから。


「まぁ、言いたくなければいいよ。でも、帰ったら家族と友達に楓さんのことを紹介したい。あなたはこの世界での旅の仲間だってこととか、私たちの経験も一緒に話したいんだ。いいかな?」

「……まだ帰れるかどうかも定かではないのに、今こんなことを言っても意味がない」

「冷や水を浴びせないでよ。 それに、楓さんが手伝ってくれれば絶対に帰れるよ」

「……あっそう」


 楓さんにはなんだか変だね。言いたいことがあるみたいなのに、結局言わないまま。前にもそんな感じはあったけど、今日はそれ以上に変だね。

 何か言いにくい理由があるのかは分からないが、これ以上は聞かない方がいいかも。もし話したい時が来たら、その時に静かに聞いてあげることにしよう。


 商店街を奥に進むほど、人が多くなる。

 ここは私が以前行った銀座の商店街よりも賑やかだ。いろんなお店があって、見たこともないような新しい物がたくさんいる。

 でも、残り3日しかないから、時間を有効に使って記憶を取り戻すことが優先だから、店に入って試すことはできなかったの。ただ、今みたいに店の外を通り過ぎる時に、数秒だけ見ただけだった。

歩きながら辺りを見回していると、突然誰かが私の背中にぶつかってきた。


「痛っ……!」


 私は足を止めて振り返る。しかし、周りの人混みがあまりにも多すぎて、誰がぶつかったのか全く分からない。


 ……まあいいや、多分わざとじゃないんだろう。


「……あれ?」


 気がついた時には、楓さんはもうどこにも見当たらなかった。


 楓さんどこに行ったんだ?


 周りを歩き回る人々の中で、楓さんの姿を不安げに探し求めながら彷徨っている。


 楓……楓……どこにいるの……?


 いくら探しても、楓さんの姿は見当たらない。

 知らぬ場所、騒がしい人混み、たった一人の私。こんな状況で、誰に助けを求めればいいのか、どこに行けばいいのか全然分からない。

 不安と無力感に苛まれ、涙が出そうになった。


 でも、そんな時、誰かの手が私の腕を掴んで、人混みから引っ張り出してくれた。


「……楓さん!」


 楓さんは眉をひそめ、額から一筋冷や汗を流し、珍しく緊張した表情を浮かべている。彼の顔でこんなに大きな感情を見るのは初めてだ。


 私だと確認してから、彼は安堵のため息をついて手を離した。


「ごめん、君のそばにいられなくて」


 楓さんは優しくそう言った。

 そんな優しい言葉を聞いた瞬間、無力感、不安、恐怖が一気に消え去った。それに代わって、前よりもに強くなった謎の感情が胸に溢れ、私はもう涙をこらえることができず、前に出て彼を抱きしめる。

  

 さっき、ほんの一瞬だけ、もう楓さんに会えないかと思ったんだ。


 幸い、楓さんは私を置き去りにしなかった。

 幸い、楓さんが人混みの中で私を見つけてくれた。

 また楓さんに会えるって、本当によかった。


 楓さんは抵抗せず、私が抱きしめるのをこのまま受け入れた。

 しばらくこのままの状態で過ごし、少し落ち着きを取り戻した私は楓さんを放した。

 顔を上げたところ、目が合った。 彼の顔は真っ赤になっている。

 さっき無意識に彼を抱きしめてしまったことを気づき、羞恥心が一気に湧き上がってきた。

 今、照れで顔を赤らめていることが気づかれたかどうか分からないけれど、彼は顔を背けた。


「ねぇ、楓」


 彼の服の裾をそっと掴んだ。


「こうして……いいかな?これならもう迷子にならないから」

「……好きにしよう」


 こんなのちょっと恥ずかしいけれど、さっきのようなどうしようもない思いはもうしたくないし、もう二度と楓と離れたくない。

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