表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/36

第12話 彼によってうるさくなった心臓、彼女へのこの想いを手放せる

 この夜。


 部屋に戻って一人きりになってから、ある考えと疑念が頭の中でずっと渦巻いている。

 楓さんとはまだ二日しか一緒にいないけど、なんだか不思議な懐かしさを感じた。まるで記憶を失う前から彼のことを知っていたみたいに。

 これまで取り戻した記憶の中で、楓さんと宮野くんがいくつかの点で似てる気がするんだ。例えば話す時の一人称とか、言い方とか、嘘をつきたくない時に黙っちゃうところとか、ツンデレなところもそうだし、どっちも優しい人。

 楓さんが宮野くんなんじゃないかって疑ったこともあったけど、髪型も声も全然違うし……それに、もし本当に同一人物だったら、どうして私と一緒にこんな不思議な世界にいるなの?


「……全然分かんないなぁ」


 でも、なんだか予感がするんだ。もう少し記憶が取り戻せば、その答えが分かるかもしれないって。


 今日取り戻した記憶の内容と疑問をノートに記録した後、ベッドに倒れこんで天井を眺めている。

 ふと、おぶられている時に『あなたを嫌うわけないでしょう』と呟いたシーンが頭に浮かんだ。

 恥ずかしさのあまり、枕を抱きしめながら転がってる。


 どうしてあんな状況で、甘えてるみたいな口調であんなことを言っちゃったんだろう……

 それに、今日の砂漠の森で、楓さんが私に嫌いになれるかどうか聞いてきた時、あの一瞬湧き上がった見知らぬ感情は一体何だったんだろう?


 手を胸に当て、正常な心臓の鼓動を感じる。


 あの時、心臓の音がなぜかうるさくなった……


 心の隅っこで、何かにうっすら気づきかけているような気がした。

 すると、私は布団にくるまり、楓さんに関することを考えないように努める。

 それが一時の気持ちからくる気のせいなのかは分からない。でも、少なくとも、その微かに気付いた気持ちが本当に気のせいかどうか確認するまでは、余計なことは考えない方がいい。今の関係を壊してしまうかもしれないから。


* * *


「よぉ、今日はなかなか面白いものを見せてもらったな」


 いつの間にかあのうっとうしい奴は部屋に忍び込んできて、足を組んで机の上に座っていた。


 そんな幽霊みたいにいつでも現れては消えるっていうことにはもう慣れっこだ。だって、あいつは僕がこの世界に初めて来た時から、ずっとこんなことばかりしてるんだから。


「……心優さんの靴が壊れたのって、君が裏で何かやったんだろ?」

「それはチャンスを作ってやってたんだぜ?」


 やはり。


 精神はもういろんなことで限界に近いのに、あいつはさらに余計なことをしてきやがる。


「もう言っただろう、余計なことはやめろって。もう何もかも意味がない」

「あるよ。汝は今までずっと本当の感情を隠してただけでしょ? だからこそ、儂がチャンスを作ってあげたんだよ。そうしないと、汝の『選択』なんてつまらなすぎて、観察し続ける価値すらないからね」

「……」


 認めたくはないけど、それが事実だ。僕には反論できなかった。


「自分の欲望を満たすために嘘をついて、あの少女が全ての記憶を取り戻すのを妨げるのか、それとも今のように冷たい態度を装ってあの少女を遠ざけ、元の世界に戻るのを手助けするのか。選択をする前に、自分の本心と向き合っておいた方がいいよ」


 最初は確かに迷ったけど、心優さんのために、僕は彼女を遠ざけて、嫌われようと決めたんだ。そうすれば、現実世界に戻ってこの世界で起きたことを思い出しても、何も感じないだろう。


 ――本来はそう決めたはずだけど。


「迷ってるでしょ?」

「うるせえ。人の心を読む能力って、マジキモいだなぁ、『記録者(きろくしゃ)』様」


 あいつを『記録者』と呼んでいるのは、初めて会った時にそう自己紹介したから。


「もしその感情を手放せるなら、今みたいに迷っていることもないんじゃない?」

「……心からずっと好きだった人を、そんな簡単に手放すなんてできるわけがない」


 自分を過大評価していた。

 この感情を完全に無視できると思っていたけど、心優さんが楽しそうに笑う姿を見たり、失望してこっそりため息をついたり、苦しそうなのに心配させたくなくて無理して笑っているのを見るたびに、無意識のうちに本当の気持ちが少しずつ暴露されてしまう。

 心優さんに嫌われたいと思っても、『嫌われる』ためにわざと傷つけるようなことはできない。


 それじゃあ、一体どうすればいいんだ?


 この短い時間の間に、もともと固かった覚悟が少しずつ揺らいでいった。

 理性では心優さんを助けるべきだと思ったけど、心の中の利己的な面はそれを望まなかった。特にエリカの家族が幸せそうに一緒に過ごしているのを見て、もし僕たちも彼らのようになれたらいいなと考えてしまう。

 でも、これは自分勝手な考えに過ぎない。心優さんがそんなことを考えているわけがないだろう?

 心優さんの意志を尋ねて従いたいと思っても、全ての真実を彼女に言うことはできない。だから、この二日間は心優さんにとって良いと思うことをしてきた。

 だけど、覚悟が揺らいだ後は、次にどうすればいいのか分からなくなってしまった。この世界に来てからした選択が、どれが正しいのかも分からない。


「人間って本当に矛盾だらけだよね。だからこそ、観察と記録する価値があるんだ」

「……次の鳥居の位置はどこ?」


 まだ決断は下せていないけど、取りあえずは最初に計画していた通りに行動しよう。


「……本当は汝が苦しんで泣くところを見たかったんだけどね」

「それなら残念だな、僕は絶対泣かないから」

「はいはい。それじゃあその言葉は覚えておくよ。次の鳥居は10番目の駅で降りたら、近くの商店街にある」


 あいつは伸びをしてからテーブルの上から飛び降りた。そして、その顔には再び不気味な笑みが浮かんだ。


 嫌な予感。

 あいつ、まさかまた余計なことをしようとしてるか?


「そうそう、もう一つ忘れてた。あと二回記憶を取り戻せば、全て思い出すことができる。そして、最後の鳥居は電車の終点のどこかにあるんだけど、具体的な位置は知らなくてもいいよ。次に最後に会うのはそこでだな。じゃあ」


 そう言い終わると、あいつは姿を消した。


「あと二回か……」


 椅子に座ったままテーブルにもたれかかり、窓の外に広がる現実世界ではあり得ない幻想的な景色を眺めている。


 ……最後の三日間で、彼女の意思が現実の世界に戻りたいのか、それともこの世界に留まりたいのか、チャンスがあれば聞いてみないと。

 もし心優さんが現実世界に戻りたいのなら、僕は冷たく振る舞い続けるしかない……でも、もうここまで来たら、もっと素直になりたい……けど、ダメだ。この感情を心優さんの負担にしたくない……


『タイミングが悪い時に距離を縮めようとすると、嫌われるかもしれないよ』


 悩んでいた時、過去の記憶からある人が言っていた言葉が瞬時に閃きをくれた。


 ――それなら、冷たい態度を見せつつ、タイミングが悪い時に距離を縮めてみたらどう?


 うまくいくかどうかは分からないけど、試してみるしかない。もしうまくいけば、元々の目的の一つも達成できるし、僕自身の望みも満たされる。

 そういえば、心優さんもいたずらが好きだよな?だったら、彼女の思い通りにさせなければ効果もあるかもしれないな。

 心優さんに嫌われるのは辛いけど、もし現実世界に戻ってからこの世界と僕のことを思い出して悲しくなるよりは、嫌われることによって特に他の感想を抱かない方がいい。


 ……でも、もし心優さんがこの世界に留まりたいと言ったなら、僕はもう本当の気持ちを隠し続ける必要はなくなる。まあ、期待しない方がいいよね。期待すればするほど、逆に傷つくから。


 とにかく、結果がどうであれ、僕は心優さんの決断を最後まで尊重するつもりだ。絶対にもう後悔するなよ……楓。


「だるい……」


 眠れない僕は、引き出しからノートを取り出し、現実世界の家族への手紙を書き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ