第11話 二倍速の世界、見知らぬ感情の芽生え
思い出はここで途切れた。
今回はたくさんの記憶の断片に深く浸りすぎて、頭がぼーっとしてきて、ちょっとくらくらしている。
私は頭を下げ、手で顔を覆って意識を落ち着かせようとした。
「篠原姉さん、大丈夫ですか?」
エリカちゃんはいつの間にかそばに来て、心配そうに私を見上げている。
心配させたくないので、私は無理に笑顔を作った。
「平気だよ、エリカちゃん。心配してくれてありがとう」
エリカちゃんと話しているところに、楓さんがゆっくりと歩いてくる。
しかし、目の前の楓さんと宮野くんの姿が徐々に重なるように見えた。
……いや、違う。身長はほぼ同じに見えるけど、宮野くんの髪の色は黒で、楓さんは白髪だし、それにその二人の声も全然違うの。楓さんの声は明らかにもっと低い。
多分、記憶の断片にあまりにも浸りすぎて、錯覚が起きたのだろう。
私は頭を振って、その錯覚を振り払った。
「帰ろう」
「俺が案内しようか?」
「大丈夫、さっき来る時に印をつけたから」
「もう帰るの?まだ皆と別れるのがちょっと寂しいなぁ……」
「『裏界』の時間の流れは外の二倍速だから、体調が悪くないなら早めに出た方がいい。ただ、気分が悪いなら、少し休んでから出発してもいい」
二倍?
今、どれくらい時間が経ったのか分からないけど、おそらくもう何時間が経っているはず。これ以上続けると、残りの三日間のうちに全部の記憶を取り戻せないかもしれない……確かに、これ以上は遅れはせない。
別れたくないけど、楓さんに迷惑をかけて現実世界に戻れなくなってしまうわけにはいかないから。
「もうだいぶ良くなった。時間が遅くなってきたし、帰ろうか」
最後にしぶしぶしている子犬ちゃんを抱きしめてから、エリカちゃんと彼女の両親に別れを告げた。
帰り道で、今回思い出した記憶について簡潔に楓さんに話した。
しかし、楓さんはそれを聞いた後、ただ「そうか」とだけ言った。
今、ほぼ確信できる。最初に取り戻した記憶の中で、夏祭りで黒い線に覆われていた男の子が宮野くんだと間違いない。初めて話しかけてきた時に宮野くんが言ってた『三年前の夏祭り』というのは、こういうことだったんだ。
でも、記憶の中で宮野くんの顔がどうして黒線で覆われていたんだろう?
……
しばらく考えても、どうしても分からなかったので、諦めた。
「あの後、ハルちゃんと佐藤くんの関係がどうなったのかな?幸せに暮らしてるといいな」
夕暮れの空に星々がきらめくのを見上げながら、心から二人が恋人になれることを願っていた。同時に、あの後何かあったのかめっちゃ気になる。
この気持ちはまるで重要なところに差し掛かったところで、知りたくてたまらないのに、来週には休載になるから待つしかない、というようなものだ。
「……」
「あの二人はよく喧嘩してたけど、それでもすごくお似合いだと思う。でも、もし付き合ってからも喧嘩ばっかりだったら、また宮野くんに迷惑かけるかもね」
未来に起こりそうな面白い出来事を考えていると、突然靴が何かに引っかかってしまった。踏み出した足が一瞬引っ張られ――転びそうになったその瞬間、楓さんが素早く私の手を引っ張ってくれた。
私がちゃんと立っているのを確認してから、楓さんは手を離してくれた。
「足、ひねった?」
「いいえ……」
心が落ち着くと、少し足を振ってみたけど、特に痛みは感じなかった。ただ、サンダルのストラップが突然切れて投げ出されてちゃった。
「あ」
片足立ちのまま、楓さんの足元に飛んでいったサンダルを見て気まずく苦笑した。
すると、楓さんは軽くため息をつきながら、しゃがんでサンダルを拾い上げて見てみた。
「ありがとう」
「……壊れたから、もう履けない」
「えっと、多分さっき何かに引っかかったんだと思うんだけど……?」
頭を下げて見ると、この辺りの砂地には小さな石しかないのに、なぜか私の足元の砂地からは気づかないうちに曲がった根っこが伸びていた。
どうやらサンダルがこれに引っ掛かってしまったようだ。
このサンダル、楓さんの家の靴棚から適当に選んだ一足なんだけど、たった二日で壊れるなんて思わなかった。
申し訳ないけど、今もっと気にすべきなのは、ここの道には枝や石がたくさんあるから、裸足で歩くと怪我しそう……でも他に方法もないし、そうするしかない――そう決めた矢先、楓さんが私の前にやってきて、私に背を向けてしゃがみこんだ。
「あの……何してるの?」
「見れば分かるだろ? 君をおぶって帰るよ」
「え?そんなの……良くないよね?」
これまで取り戻した記憶の中では、父と母以外の誰かにおんぶされたことは一度もない。
「仕方ないだろう。自分の靴を君に渡したくても、サイズが合わないんだから」
裸足で帰ったら、最悪の場合は足を傷めてしばらく歩行困難になるかもしれないし、記憶を取り戻す旅にも影響を与えるかも……
「うーん、分かった。ごめんね、また面倒をかけちゃって」
0.01秒かけて頭の中で天秤に掛けた結果、結局は楓さんの言う通りにすることに決めた。恥ずかしくはなるけれど、今はこれが最悪の結果を避ける唯一の方法だから。
一瞬でも私の重さに耐えられなくなったらどうしようと心配しながら、ゆっくり楓さんの背中に乗った。
でも、私ってそんなに重くはないはずだよね? だって、わりとスリムだし……一応聞いてみようかな。
「重いですか?」
「普通」
そう言ってくれると、少し安心した。
でも正直、男の子におんぶされるのってやっぱり恥ずかしすぎる。
「ねぇ、もし女の子がそんな質問してきたら、『全然重くないよ』って答えないと、彼女が不機嫌になるかもしれないからね」
その恥ずかしさを紛らわそうと、何かを言ってみた。
「……それなら、僕のことを嫌いになればいい」
「え?なんで?」
「……」
「まさか、あなたは誰かに嫌われると嬉しいタイプのドMなの?」
「……どう思おうが勝手だ」
なんで私に嫌われたいの?どういうこと?
……もしかして、私のことを嫌いだけど、直接言いたくないから、私に彼を嫌って欲しいってことなの?
そ……そうじゃないよね?
いや、絶対そうじゃない!もし私のことを嫌ってたら、私に優しくしてくれないだよね?
でも、もしかしたらそれって、仕方なくしてるだけかも……?
胸の内に何らかの感情が芽生えている。
……分かんない。
でも、楓さんに嫌われたくない。このことだけは、絶対嫌だ。
それにしても――
「あなたを嫌うわけないでしょう……」
私は楓さんの肩に寄りかかって囁いた。
すると、急に歩みを止めた。
我に返った私は、今自分の振る舞いがどれだけ不適切で恥ずかしいかに気づいた。
「あっ……!だって、記憶を失ってからずっとあなたが面倒を見てくれてたから、あなたのことを嫌いになるなんてありえないってことなの……うん、とにかくそういうこと!」
思わず顔を赤らめて、今無意識のうちに口走ってしまったことを慌てて弁明した。
「……うん」
楓さんは自分の表情を見せたくないかのように頭を下げた。
その後、二度とその話について話すことはない。




