第39話 宇治原くんの初デート 1
「トモと一緒に行くところで良いと言われたが」
デート当日、俺は鏡の前で髪をチェックしていた。
チェックしていると言ってもおかしくないかのチェックである。
出来る人ならワックスを着けたり染めたりとするのだろうが、残念ながら俺にはちときつい。
時間があれば挑戦してみるのも良いのかもしれないが、誘ってからデートの日まですぐだった。
服も買いそろえることが出来ず、着ている服は持っている物の中で考え得る最高の物。
ブラウンの長袖シャツに黒のパンツ、黒のパーカーだが今の俺ではこれ以上は無理だ。
去年着た服がまだ着ることができて助かった。
成長期も最後に入ったことで人によっては服のサイズが大きく変わる。
着る事が出来て安堵した一方、これ以上の成長が見込めないとなると悲しくなるのは仕方ない。
「……もう少しか」
スマホを見て確認する。ドキドキしながらも鏡から離れリビングへ向かう。
特に何かすることがあるわけではないのだが、そわそわする。
世のデート前の男性は俺と同じようにそわそわするのだろうか。
――わからない。
今度トモにでも聞いてみるか。
いやあの二人の熟年っぽさから考えると俗にいう「平均的なカップル」から離れる可能性がある。
参考にならないか。
というよりも俺と愛莉の関係はカップルではない。
単に勉強を教える側と教わる側。
そして今回の目的は、愛莉が息抜きをすることだ。
――異性の友達と遊びに行く。
うん。これが一番しっくりくるイベントタイトルだ。
ならば変に気を遣うのはかえって彼女を気苦労させるかもしれない。
それは本末転倒。
休息をとってもらうためにこうして連れ出したのに、気苦労させてどうするか。
愚者の行いである。
このドキドキもそわそわも握る手汗も全て隠して平常心で立ち向かわなければ。
今回ミッション『愛莉に休んでもらう! 』を達成するには煩悩という最大の敵を倒さなければならない。
決意を胸に顔を上げる。
かの有名なお釈迦様が第六天に座する魔王と対峙した時はこんな気持ちだったのかもしれない。
いやそんなはずもなく大袈裟な表現だが。
しかし『デート』という言葉で込み上げてくる感情と戦うには相応の戦力が必要なわけで。
いや待て。
これを『デート』と称するからダメなのだ。
それについさっき『異性の友達と遊びに行く』と認識を置換したにも関わらず何故『デート』という言葉を使ってしまったのか。
……わからない。
もしかしたら心のどこかで今日一日を特別な何かにしたいのかもしれない。
そのうえで持っても適した単語が『デート』。
なるほど。
しかし、ならば俺は愛莉とどういう関係になりたいのだ?
確かに愛莉は良い異性の友達だ。
出会いは特殊だったかもしれないが、今まで遠目で見ていた最上位の陽キャと普通に交流できている。
この事実だけを考えると『異性の友達』が無難だろう。
時折感じる欲情にも似た感情は愛莉と共にいるからか、それとも単に女子が隣にいるからか。
……わからない。
俺がこの先彼女とどういう関係を築き上げたいのかわからない。
今の無難な関係が続けばいいとは思う。
一方でそれ以上に進みたいのかと聞かれると答えに困る。
永遠にも感じる思考の先、アラームの音と共に俺のポケットが震え、俺を現実に戻す。
「時間だな」
アラームを切りポケットに入れて玄関へ行く。
軽く磨いた靴を履き踵を入れて気持ちを切り替える。
扉に手をかけようと手を伸ばす。すると同時に胸の鼓動が早くなるのを感じた。
早まる鼓動を見て見ぬふりをしながら扉を開ける。
エレベーターでマンションを降り、集合地点であるマンション前に行くと愛莉が家の方向からやって来た。
「お待たせ」
はにかむ彼女に、俺は見惚れて心臓は鼓動を止めた。
ここまで如何だったでしょうか?
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