第2話 ジュースとプリンと
遅れて騒がしくなった横断歩道を抜けて俺達は移動する。
暗い夜道を歩き、近くの公園を目指す。
……この沈黙が痛い。
陽キャという存在ならば、ここで場に合った話でもできるのだろう。
陽キャでなくても気の利いた人ならば痛い沈黙を和ませる話をできるのだろう。
しかし俺はそのどちらでもない。
影なる者、と言えば聞こえはいいが要は陰キャ。
コミュ障ではないが俺の社交スキルでは今重力の十倍以上の重さを醸し出している重原さんを明るくすることは出来ない。
その重さからチラリと彼女の方を向くことすら出来ない。
気まずい雰囲気の中、公園に着く。
お世辞にも広いとはいえない公園だがそれなりに設備は整っている。
ぐるっと全体をみてベンチを見つける。
公園の街灯が照らす中そこまで歩き、彼女を座らせた。
座った彼女は背丈よりも小さく見えた。
一息ついた方が良いと考えた俺は自販機を探す。
幸いにも近くにあったので「ちょっと待ってて」とだけ言い、自販機の「クール」のボタンを押した。
女の子は甘いものが好きと聞く。
今の彼女に何が良いのか考えた先、思いついたのは無難なグレープジュース。
紫色の缶を二つ手に持ちベンチへ戻り彼女に手渡した。
「ほら」
声かけながら彼女に渡す。
見上げる彼女の瞳は暗く、一瞬恐怖を覚えてしまった。
それを顔に出さず、動きにも出さず、空いた手を自分の缶に当て缶を開ける。
立ったままだと威圧感を出してしまうかもと思い、彼女から少し距離を取ってベンチに座り甘いそれを一口飲んだ。
「……さっきはありがとう。それとこれも」
「いや特に」
重たい雰囲気の中重原さんの声が聞こえてくる。彼女の方を向くと俺が渡した缶を持ち上げてこちらを見ている。笑顔だが俺には無理やり作っているようにも見えた。
咄嗟に素っ気ない言葉で返してしまったことに後悔する。その後に気遣いの言葉でも付け加えればよかったのだろうが、言葉が出なかった。
何か辛いことがあったのは明白だ。なのに無理をしてでも笑顔を作り、お礼を言い、俺を不快にさせないようしているのがわかる。
同時に律義、とも思った。
混雑した横断歩道で、――とまでいかなくても――辛ければ横断歩道からこの公園に着くまでに自分の家に帰ればいいはず。
お互いに全く知らない間柄。幾らクラスメイトとは言え話したことのない俺に気を使う必要はない。
さっき確かに命を救うような行動に出たが、それだけだ。何も特別なことなどしていない。それよりも彼女自身解決すべきことがあるのならばそれを優先しても良い訳で。
だがここまで来て俺に礼を言った。
彼女の律義さに感心しつつも、どう言葉を繋げたらいいのか悩んでいると、プシュッと音が聞こえた。
「……甘い」
どこかホッとしたような言葉が重原さんから漏れ聞こえてくる。彼女の瞳に光が戻ってくるのを感じた。
どうやら俺の選択は間違っていなかったようで一安心。
夏も過ぎ秋深まる十月だがまだ暑い。
熱い体を冷まして落ち着くには良いだろう。
街灯に照らされた彼女を見ると小さな口で少しずつジュースを飲んでいた。
生気が戻る瞳に安堵しながらどうするべきか考える。少なくとも何かしら原因で、交通事故を起こしそうなほどに彼女が追い詰められていたのは、確かだ。
踏み込んで良いものか悩む。
人によっては話すことで気が楽になる人もいれば、それを不快に感じる人もいる。
教室で元気に喋っている彼女を思い浮かべると、話している人には話していると考えられる。
ならば俺が口を出すことじゃないな、と結論付ける。
「……余計なことかもしれないが、早めに帰るべきだと思う」
「……うん。そうだね」
彼女は小さく頷いた。
しかしその小さく危なげな姿に不安が過る。
「送って行こうか? 」
「ううん。大丈夫」
すぐに否定されてしまった。
やましい気持ちはないのだが、若干心が痛む。
「あ、ごめん。言葉足らずだった」
「ん? 」
「家、近いから」
重原さんは無理やり作ったような笑顔ではにかみ立ち上がった。
彼女につられて俺も立ち上がる。
軽くなった缶をゴミ箱にいれて公園を出る。
その場で別れようとする彼女を一度止めた。
「? 」
「なにがあったか知らないが……ほら」
エコバックから更に小さいエコバックを取り出しプリンを包む。
それを彼女に差し出すと訝しめに首を傾げた。
「しんどい時は一息ついて甘いものでも食べるのが一番だと思うから」
「宇治原君は甘党なんだね」
重原さんは「ありがとう」と言い明るく微笑み公園から去っていく。
「……俺の名前を知ってたんだ」
彼女の顔は今日一番、明るかった。
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