雑用とワーウルフ
ここは冒険者の街。何人もの冒険者がこの町を訪れ、パーティーを結成する。
そんな出会いの街にそぐわない格好で、とある少年が足を踏み入れた。
少年の名前はリクといった。
「やっと・・・着いた」
羽織っているのは奴隷が着るような布一枚。およそ旅人とも思えない格好だった。
きゅるるるるる。
リクはたまらず腹に手を当てた。乾いた口で、「みす・・・」と声を絞り出す。
くすくす。笑い声が聞こえた。リクの横を素通りしていった女二人のものだった。
誰も、手を差し伸べる者はいない。
しばらくして、リクは一人で立ち上がった。
ーーー
街で最も安い宿屋の店主は、ねずみでも見たような目つきでリクを睨んだ。
「金がねえのに泊めてくれだと! ふざけるのも大概にしろ!」
「お願いします・・・もう何日も何も食べていなくて・・・身体を休めるだけでいいんです」
「ダメだダメだ、他をあたれ!」
店主は般若のような顔を引っ込め、すぐさまやってきた客に猫なで声で応対した。
「ほら、さっさといけ。他のお客様の邪魔だ」
リクは店を後にした。
ーーー
冒険者といえども、その種類はさまざまである。戦士に神官、重戦士、盗賊 といった基本職に加え、その上位互換となる職業も存在する。
リクは依頼斡旋状のある建物を訪れていた。冒険者を対象とするが、職業ごとに受けられる依頼の種類も変わってくる。
「依頼ですか? いや、冒険者でない方に仕事を斡旋するわけには」
受付嬢は苦い表情を浮かべた。
「ここは冒険者の街なので、一般的な職業の方の出入りはそもそも認められていないんですよ。出入りを許可されたということは、何らかの職業についているものと思いますが」
「それは・・・」
言葉を詰まらせたリクに受付嬢はため息をついた。
「とにかく、基本職をお持ちでない方に仕事を任せるわけにはいきません。お帰り頂けますか?」
リクは頷き、お礼を言って建物を出た。
日の当たる場所に嫌気が射し、すぐそこの路地裏に入る。
「いやあ、あのお姉ちゃんの言っとることも確かやけど、限度ってもんがあるよなあ?」
訛りの効いた口調に驚いて振り返る。
「獣人・・・」
「おっと、あんまり大きい声出さんといてや。いちおう、隠れなアカン身分やねんから。けどおたくも獣人らと変わらん気がするわ」
獣人はリクの格好を見つめた。「まあ、着てるモンはこっちの方が上等みたいやけどな」
「何の用だ・・・いざとなったら」リクは息を吸い込んだ。
「ちょ、待て待て。早まるな」獣人は鋭利な刃物のような爪で額を掻く。「べつに取って食おうとか思ってへんよ、ホンマに」
「信用・・・できるわけないだろ」
「まあ、そらそうやわな。せやかて、こっちだってホンマは人間と話すんのも嫌なんや。まだ話しやすそうなアンタやから声かけたんやで」
リクは、肩の力を抜いて獣人を見据えた。獣人の名前はウォロといった。
「話を聞こう」
「へ、さすが物分かりが早いわ。用ちゅうのは一つだけ。ちょっとワイの仕事手伝わへん?」
「仕事?」
「そうや。この町じゃ人間以外は誰も仕事を受けられへん。冒険者の町言うてんのにオカシな話や。せやから、ワイらはまた別に仕事を受けるしか生きていけんのや」
「亜人に仕事の依頼を? どんな」
「まあカンタンや。アンタら人間が引き受けられん仕事が知られてへんけど沢山あんねん。それを斡旋してくれるトコもわりとぎょーさんある」
「本当なのか?」
「全部ホンマのハナシや。けど人間に知られたらあっちゅー間に潰されてまう。だから誰にも秘密なんや」
リクは掌を見つめた。細く、血管の浮き出た筋肉。枯れ枝のような腕は、栄養の不足を訴えている。
「わかった、仕事の内容を聞かせてくれ」
「仕事っちゅーても依頼なんやから無理なこともモチロンある。けど今回のは比較的カンタンな方や。けど、それはワイじゃなくてアンタがやるんやったらの話やねん」
「どういう意味だ」
「カンタンに言うとやな。ワイやと臭いですぐバレてしまうねん。そんで依頼は盗品の回収や」
「盗品だと・・・」
「そうや。とある金持ちの家に泥棒が入ってな。金目のモン全部盗んでいきよったんや。金持ちやし買い戻せばええと思うけど、盗まれモンの中には二度と手に入らへんもんがあったみたいでな」
「それを手に入れろってことか・・・盗品はどこにあるんだ」
ウォロはにやりと笑みを浮かべる。
「今夜、金持ちを集めたパーティーがココで開かれるみたいなんやけどな。実際は骨董品目当ての金持ち共が隠れてやってるオークション会場って話や。骨董品だけやない、裏のルートで出回ってるモンもぎょーさん持ち込まれるんや」
「危険じゃないのか」
「当たり前や。そん代わり、報酬もとんでもない。正規で十回依頼受けるより、裏で一回受けた方が絶対儲かるんや。やらへん手はないやろ?」
「・・・わかった。取り分はいくらなんだ」
「斡旋料と紹介料、もろもろ込みでこんだけやな」
ウォロは指を三本立てた。
「それで十分だ。詳しい内容を聞かせてくれ」
「ハナシの通じるニンゲンは嫌いじゃないで。けどその前に、そろそろ職業教えてくれや。ちなみにワイは重戦士や。何かあったら助けたるで」
リクは一度周りを確認して小さな声で言った。
「職業は特にない。だが前のパーティーでは『雑用』をやらされていた」
***
町で開かれるオークションは、表向きには舞踏会と知られている。参列する著名人の中には、その本当の目的も知らされていない者達も混じっていた。
従って警備は万全を期せられ、会場の周囲には数十人の兵士がネズミ一匹見逃さまいと目を光らせている。
「おいそこ、何をやっている!」
「すみません、そこにネズミがいたもので・・・」
「そんなものはどうでもよい、部外者を見逃すな。わかったな」
「かしこまりました」
ヤリを持った上官兵に敬礼を返し、兵に扮したリクは周囲を確認する。
ウォロの話によると、オークションが始まるのはパーティーが始まって一時間後。舞踏が終わり自由時間になり次第、参加者たちは会場となる地下に移動する。
オークションが始まってからは誰も会場内を出入りすることはできなくなるため、始まってから行動を開始するのでは手遅れになってしまう。
「悪い、用を足しに行きたいんだが少しだけ頼めるか」
「ああ、俺もガマンしてるんだ。早くしてくれよ」
「分かった」
頷くなりリクはその場を離れ、品物が運び込まれる裏口に移動した。
運搬用の荷車はすでにあった。念のため荷台を確認したが、案の定だった。
「遅かったか・・・」
だがこれは想定内である。運び込まれた品物は一度保管庫に集められ、番号札が付けられる。
これは多くの品物をまとめて管理するためであり、品物は事前にどの番号にされるかが決められている。
リクは保管庫に向かった。場所は知らされていないが、そういった場所には大抵警備がいる。
昔から、リクは人の気配を察するのだけは得意だったのだ。
人の気配を辿っていけば、自然とその場所へ辿り着く。
仮に何かあっても、ウォロが助けに入ってくれるだろう。
保管庫の近くには確かに警備の人間がいた。しかし彼は眠っていて、しばらく起きる気配はない。
リクは悠々と保管庫の中に入った。品物の番号は知らされていない。
しかし高価なものほど後になるのはオークションの通例だ。幸い今回のオークションは品物の数がそれほど多くなかった。
依頼品は青い宝石の埋め込まれたネックレス。リクは最後の方から順に箱を開けていった。
「見つけた!」
真珠と宝石の首飾り。他のものと見比べても高価なのは明らかだった。
首飾りは箱の中にさらにもう一つ箱があり、その中に丁重に納められていた。
入れ物には紙が添えられていたが、読むような余裕はなくリクは箱ごと懐に隠した。
そして指示通り、残りの品物に火を放って保管庫を後にした。
騒ぎはすぐに起こり、兵士が続々と建物の中に押し寄せてくる。裏口はすでに固められていた。
「おい、聞こえるか」
「ウォロ、今どこに?」
「慌てるな。近くにいるぜ」
姿の見えないウォロ。とりあえず走れとリクに言った。
「心配するな、抜け道がある。俺の指示に従え」
「わかった」
ウォロは的確に道を指示した。軌跡のようにリクは誰とも出くわさなかった。
そして外に出、周囲を警戒しながらウォロを探す。
「ウォロ、どこだ」
しかし返事はない。
「おいお前、そこで何をしている!」
「はっ、只今中で火事が起こっておりまして。そのご報告に参りました」
「そうか、ご苦労。持ち場に戻りたまえ」
咄嗟に対応し難を逃れる。
そしてリクは言われた通り持ち場に戻った。
「すまない、遅くなった」
仲間の兵士は「漏らすとこだった」と怒り気味にその場を離れた。
一人になり、リクは首飾りの入った箱を懐から取り出した。先ほどの紙を広げてみると、『誕生日おめでとう』という一文が綴られていた。
そして箱の内側には少女と老婆の写真が水晶玉のような物体の中に納められていた。
「おーい、戻ったぞー」
リクは慌てて箱を隠した。
「いやー、たくさん出たわ。やっぱ飲みすぎは身体に良くねえよな」
「そんなに飲んだのか」
「ああ、仕事の前は飲まないと調子が出ないからな」
距離が離れているのに、すぐ近くにいると感じるほど強烈な酒臭さだった。
「それより、中が少々騒がしいぞ。俺たちも行ってみよう」
仲間の兵士が背中を向ける。
「ちょっと待て――さっきまで尻尾なんて生えていたか?」
「あー、悪い悪い。隠すべきだったな。つーかよ・・・なんでまだ生きてるんだよォォ!」
振り返った兵士は、獣の咆哮のように叫び声をあげた。尻尾に生えた毛が、震えたように逆立つ。
「道案内したよな!? ちゃんと誘導しただろ俺が・・・なんで出て来られるんだよォォゥ!」
「それは・・・」
「あーもういい何も答えなくていい。どのみち依頼は完了だ。あの火事は本物だ、そこはホメてやる。だが、生かしておくわけにはいかねえなあ!?」
月の光が兵士の全体を照らした。体がみるみる毛に覆われていき、一匹の人狼が姿を現した。
「変身した!?」
「冥途の土産に教えてやるよ! 俺の本当の職業は【盗賊】だ! そしてこれはシーフのスキル『変装』! 獣人がんな馬鹿みてえな職業になるかよォ!?」
盗賊の特徴はその素早さにある。ウォロは巨体を揺らして突進してきた。
「盗賊のスキル『影踏み』だ! 避けられやしねえぜ!」
ウォロは隠し持っていた短剣を握ってリクの首目掛けて振りかぶる。
頭だけが宙に浮いて、切り離された胴体は地面に膝をついた。
「もう一つだけ教えてやるよ。その品物はもともと俺が盗んだものだ。苦労したぜ、なんせ相手は王族の血筋だ。だがこれで、調査の目はそっちに向く。よく考えられたシナリオだろ?」
ウォロは死体を見つめながら高笑いした。
「訊いちゃいねえか。まあ獣人は嘘つきが多いからな――それを信じたお前が悪いよな?」
振り返ると、強い風が吹いた。突風というほど強くもなかったが、
「――え?」
気づくとウォロの首は、宙に浮いていた。
「うそおおおおお!?」
叫び声を上げながら首が落下する。ぽすん、と柔らかいものに触れた感触がした。
「さすがに、獣人は頑強だな」
声の主は、屍となった少年。しかし首はつながっていた。
「ど、どうして!? お前は間違いなく殺したはず!」
「【暗殺者】のスキル『偽装』。アンタが見ていたのは全部幻だ」
「何だと!? いや、それよりも・・・いつから気づいていた!? 俺が嘘をついていると」
「初めからだ」
「なにっ!? まさか・・・スキルで」
「いや、そんなものはない」
「お前が暗殺者だったなら、どうして俺の誘いを引き受けたんだ!」
「金に困っていたのは、本当だった」
「俺は・・・俺は、初めからお前の掌の上で、踊らされていたのか・・・?」
呆然と呟くウォロを、リクは地面に押し付けて奪った短刀を突き刺した。
「教えてやるよウォロ。俺は初めから、誰も信用していなかったよ」
基本職からその上位職になるのは、想像を絶する過酷さである。
【盗賊】から【暗殺者】になるためには、その中も特に異質な条件が存在する。
一つに、親しい友の死を経験する。そして、強い殺意を必要とする。
無類の強さを手にする代わりに、人間であることを奪われる悪魔との取引。
「次の町に向かうか」
翌日、オークション会場となった建物から無数の人身売買リストが押収された。
多数の骨董品の名前が書かれた出品リストのたった一品だけが切り抜かれた形跡があった。
続きを書きたくない物語を書くとどうなるのか実験したかっただけです。