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作者: 風呂蒲団

 私は、何をしているんだろう。

 地元から飛び出してやると、意気込んで来たのは隣県。

 風景や風習もさほど変わらず目新しさもない。

 ただ知り合いとコネを失っただけの横移動。

 本当に意味のない事をした。

 毎日のように最終に近い電車で帰り、家に着いたらペットに餌をやってさっさと寝る。

 遅くに帰る理由は、残業なんて大それた言い方をすれば、ブラック企業で死にながら働く人に申し訳が立たないのだけれど、それでもやっぱり残業だ。

 今日も同じ。

 ガラガラ電車内、スマートフォンで最新ニュースを見つめている。

『俳優Yが女優Eと不倫』

『○○県の教員 生徒への性的暴行で逮捕』

『行方不明の女性 捜索願から4日未だ見つからず』

『【速報】死傷者8人 犯人逃走中』

 私は速報の事件をタップし、詳細を読んだ。

 目撃者の証言より。

 犯人の男は、リュックの中からナイフを取り出し、道行く人を次々と切り付けた。

 男は全身黒ずくめで、キャップを被っていて顔はよく見えなかった。

 被害者と面識はなく、通り魔と思われている。

 これ、乗った駅の近くじゃないか。

 物騒な世の中だな。



 駅から徒歩15分。自宅への道のり。

 テレビを見て笑う家族。

 親子喧嘩で賑やかな家族

 どれも私とは無縁だ。

 誰か、何かのためではなく、生きるために生きている。

 思い付きで飼ったペットと同じだな。

 自分より少し大きなゲージの中で、残りの寿命を消費している。

 私に懐くこともなければ、私も惰性で飼っている。

 縋れるものなんて何もない。

 他人の全てを不思議に思う。

 どうやって生きているのだ。

 何のために生きているのだ。

 家族か? 芸能人か? 行きつけの店か?

 支援は延命だな。

 自分だけでなく、皆が幸せになれる。

 だが、今の私にそういった相手を作ることは難しい。

 かつて好きだったアイドルは引退、もしくは安住の地を築いている。

 今更私にできることなど無いし、好みの新人を熱心に探す体力もない。

 そもそも私に推しは必要ない。

 こんなでも静かに生きられているだけマシだ。

 人生に不満がないわけではない。

 ただ、その不満を取り除くという行為に不安がある。

 結局は何もできない。

 あぁ、そうか。

 私みたいな人が、人を殺すのか。

『無敵の人』

 ニュースで見た流行りの言葉。

 守るものも残すものもない。

 どうせ死ぬなら、最後に大暴れしてやろうと行動した人。

 走行中の電車内で放火したり、人の群れに車で突っ込んだり。

 無差別殺人犯。

『死刑になりたかった』

 犯人の生い立ちや家庭環境に対し『かわいそう』『僕と似ている』『理解できる』という声がネット上に広がっているそうだ。

 私も人を殺せば、誰かに理解されるのだろうか。

 かわいそうだなんて、安い言葉の餌にされたくはないな。

 同情なんてアピールだ。

 5分後には他のことで笑ってる。

 私の5分後はどうだろうか?

 エレベーターから降りて、部屋の鍵を開ける頃かな。

 自宅のマンションが見え、思考が急に捕らわれた。

 帰路はいつもこんなだ。

 つまらない事ばかり考えて、本当にしょうもない。

「……?」

 マンションの駐輪場に見慣れない人影が1つ。

 やけに慌てた様子の男。

 自転車に鍵もかけず、カゴに入れていた何かを乱雑に持っていった。

 こんな時間に誰かを見かけるなんて珍しいな。

「あっ」

 エレベーターに急いで向かう。

 階段は登りたくないし、待つことになりそうだから一緒に乗せてもらおう。

「すいません、乗ります」

 エレベーターが降りてくる待ち時間のおかげで、扉が閉まる寸前、何とか間に合って乗り込めた。

 私は『4』のボタンを光らせ、同乗者に問う。

「何階ですか?」

 先に乗ったはずなのに、男は階のボタンを押していなかった。

「6階です……」

 男の恰好を見て、私の頭には速報のニュースが流れていた。

 全身黒ずくめ、リュックから凶器。

 目の前の男は、口元が隠れるパーカーに黒のキャップ。

 手に持っているのはリュックだった。

 外見の特徴が、犯人と一致している。

「6階ですね……」

 私は吐いた呼吸と共に『6』のボタンを押した。

 エレベーターは動き出し、今更降りられない。

 私は殺人犯と相乗りしているのか。

 事件があった場所も、ここから離れてはいるが、どこかで自転車に乗ったのなら無理のある距離ではない。

 いや、待て。一旦落ち着こう。

 仮に本当にそうだとしても、どうするつもりだ?

 直接聞くわけにはいかないし、もし激高して襲われたら確実に殺されてしまう。

 ここでのベストは何もしない事だ。

「あの……」

 男に話しかけられ体が跳ねる。

 やはり私は殺されるのか。

「着いてますよ、4階」

「えっ、あ、すいませんっ」

 高速で会釈をし、急いで降りた。

 男はそのまま上階へ。

 エレベーターを背後に、私は廊下を駆け足で進んだ。

 部屋に入り鍵とチェーンをかける。

 扉にもたれかかり、私はポケットからスマートフォンを取り出した。

 警察に連絡するためだ。

 証拠はなくとも、殺人犯と背格好が似ている人を見たという話なら警察も聞いてくれるだろう。

「……はぁ」

 スマートフォンを起動して、私は深く溜息を付いた。

『【速報】通り魔事件犯人逮捕』

 電車内で見ていたニュースサイト、閉じずにそのままにしていたのだ。更新をかけたら一番上に出てきた。

 安心したと共に、なんだか拍子抜けしたような思いだ。

 私があれだけ感じていた不安は一体何だったのか。

 ニュースと現実が少し重なったという単なる偶然。

 その結果、私はあの男が殺人鬼だと思えてならなかった。

 ただの青年なのに。

 思い込みとは怖いものだ。

 

 カタカタカタカタ。

 部屋の奥から聞こえてくるゲージを掻く音。

「はいはい、今用意しますよ」

 私が帰ってくるといつもこれだ。

 たまにはゆっくり休みたいものだよ。

 皿の上に餌を盛り、ゲージの前に置く。

 カタカタカタカタ。

「待て」

 カタカタカタカタ。

 静かになるまでひたすらに待つ。

 躾は根気だと思っている。

「待て」

「……」

 ゲージの扉を開けて餌を中へ。

 涎を垂らし、息は荒く、眼は瞳孔が開いている。

 ここで食べるようなら、また最初から。

 ゲージを閉める。

 まだ駄目だ。

 最初はここで食べ始めてしまったから苦労した。

 食事は一緒に取るべきということを知らないのだ。

 チンッ。

 電子レンジから取り出した冷凍食品。

 皿に移して、ゲージの前へ。

「さぁ、一緒に食べようか。……よし」

 私の合図に従い、頭を突っ込んで餌を頬張る。

 しかし、決して焦ることはない。

 床を汚すとどうなるか、ちゃんと教えてあげたからだ。

「偉いね。ちゃんと言う事が聞けて」

 些細な事でも、なるべく声をかけるようにしている。

 意思疎通は大切だ。

「帰ってくる時にね。少し怖い思いをしたよ。殺されるかと思った」

「……」

 餌を食べるのを止め、心配そうに私を見つめる。

「殺人事件の速報があったんだよ。犯人は逃走中。黒ずくめでリュックを背負っている。そしたら、まんま同じ格好の人見かけて。しかも、なんだが慌てている様子で」

「……」

「けど、さっきニュースを見たら逮捕されてた。今思えば、そんな恰好の人なんていくらでもいるし、多分トイレか何かで急いでただけ」

「……」

「それでも結構不安だった。殺されなくとも、私に何かあったら君の事がバレてしまうかもしれない。ここペット禁止だしさ」

「……」

「あぁ、そうだ。君がここに来てもう5日も経ったらしいよ」

「……」

「早いものだね。私が偶然見つけて、最初は警察に届けようと思ったのだけど、どうしても飼いたくなってしまってね」

「……」

「最初は大変だったよ。ペットなんて初めてだからさ、言う事は聞いてくれないし、餌も何を好むのかわからなくて試行錯誤したよ」

「……」

「それでも、想像よりは早く言う事を聞いてくれるようになったし、今では大分大人しくなったね。まぁ、懐いてはいないようだけど」

「……」

「あの時、警察に行っていたら、君の運命はどうなったんだろうね」

「……」

「家族のもとに帰っていたのかな」

「……」

「医者でもない私から見ても、君には暴行の跡があった。結局、家には帰れなかったかもしれないね」

「……」

「ニュースになっていたよ。捜索願が出されてから、4日だって」

「……」

「……私は、何をしているんだろう」

 ペットの名前は、中島かや。

 喋ることはない。

作品のキーワードにあるサスペンスとは『ある状況に対して不安や緊張を抱いた不安定な心理、またそのような心理状態が続く様を描いた作品をいう』らしいです。

さて、タイトルに付けた『妄』は適当でしょうか。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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