6話 『僕が踏み出した一歩だから、後悔はない』
「強い…!」
その森林へと入り、初めてモンスターと対峙したときの第一印象。強すぎる。外のモンスターとはレベルが違う。
速さ、能力全てが段違いだ。そして何より経験が違った。互いに殺し合い、死線を潜り抜けてきたモンスターだからこその経験。
モンスターは知能があるわけではない。だがその経験がモンスターの本能に刻み込まれている。殺されかけた恐怖と戦いでの勘。
それこそがこの地のモンスターが強いと言われている所以。対峙してそう思った。
そんなことは関係ない。
死線を潜り抜けた数なら僕も負けていない。
やるしかない。
剣を握る。目の前にいるのはインプ。小型の悪魔のような見た目をしたモンスターだ。強さとしてはゴブリンよりも少し弱いくらい。
つまり、こいつを倒せなければゴブリンは倒せない。
速いっ!
相手の攻撃を間一髪で避ける。相手は木のこん棒を振り回してくる。
モンスターが武器を…!
これも生き抜くなかで身につけたものなのかもしれない。
そんなことは関係ない!戦うと決めた。ならやるしかないだろっ!
相手の動きを観察する。その動きを見極め攻撃をかわす。そして相手の胸に一撃。
剣が刺さる音とうめき声の後その身体は動かなくなった。
「はぁはぁ。」
息が切れる。
一体倒すだけでこの疲労。もし何体も束でかかってきたら?この森林のモンスターはどんなことをしてくるか分からない。
今の相手が武器を使ってきたように次は集団で攻撃してくるかもしれない。
考えても仕方がない。一度決めたことはやり通したい。そう思い先へと進む。
「やっと一体…。」
この森林に入ってどのくらいの時間がたっただろうか。その森林は背が高い木で覆われ、時間の感覚を奪っていく。
やっと一体ゴブリンを倒した。その強さは本当にギリギリ僕が倒せるくらいだった。
だが体力の減りは尋常ではなかった。そこらへんのゴブリンならもう目標クリアしているほどの体力の消費。
どこから現れるか分からない緊張感、時間感覚の喪失によるストレス、そして迷うかもしれないという不安感。そのすべてが積み重なり、戦い以上の体力を削っていた。
あたりは暗く、木々の間から僅かに差し込む光だけが頼りだった。
恐怖心が募っていく。
周りの木が、草が、そのすべてがモンスターに見える。森林全体が僕を飲み込んでしまっているような感覚に襲われる。
これがハザードスポット、怪物の森林。
木々が揺れる。視線を感じる。
この森林に入り、いやというほどモンスターと戦い、感覚が研ぎ澄まされた今ならわかる。
モンスターだ。それもかなりの数だ。これは…、まずい…!
僕は甘かったのかもしれない。何の能力も持たずにこの森林に足を踏み入れるという決断。それ自体が間違っていたのかもしれない。
それでも、そんなことは関係ない。たとえ間違いであったとしても、それは僕が決断し、僕が踏み出した一歩だ。
ならばやることは一つ。倒す。倒して、ここを出る。
そうすればここを出た時、僕は強くなっていられる、そう強く感じていた。
息を整え、心を落ち着かせる。
全力で駆け回る。剣を振るう。相手の攻撃を避け、僕の攻撃も避けられ、それでも攻撃を続ける。力の限り剣を振るう。
身体が熱い。息が上がり、足も重い。頭も働かなくなってきた。戦術、技、僕を支えてきた思考という武器も役に立たなくなってきた。
それでも身体は覚えている。師匠との日々を。日々の鍛錬の動きを。
その記憶が身体を突き動かす。
モンスターを切り、モンスターに殴られ、それでもモンスターを切る。
モンスターの血が飛び、僕の血が飛ぶ。緑と赤。対極にもあるその色が混じり合う。
意識が朦朧とする。それでもモンスターの攻撃は止まらない。その中にはゴブリンもいた。もう三体などとうに倒している。それでもモンスターがあふれ出し、その場にとどまるほかなかった。
ここまで自分の命を賭したのは初めてだった。
どこを見てもモンスター。
もはや痛みなど感じない。身体はボロボロであっても感覚は麻痺し、自分の腕が、足がついているかもわからない。
ハイウルフの群れに追われたときは逃げ回ることしかできなかった。いや、逃げることを第一に考えていた。でも今は違う。自らが、自らの意志でこの場に立っている。逃げることなんて頭の片隅にもなかった。
意識が遠のいていく。
駄目だ!意識を保て!強くなるんだろ!期待に応えるんだろ!
ギリギリで意識を保つ。
心の底から溢れ出してくる想いが、意志が熱く燃え上がる。
戦え!剣を振るえ!あがき続けろ!
【一定の条件を満たしました 制限が解除されます】
頭の中で声が響く。
ドクンッ!
なっ…!
頭が揺れる。めまいがする。意識がもっていかれそうになる。
唇をかみ、気絶を防ぐ。
どこかで感じたことがあるような感覚。これは…?
いや、そんなことよりも―
気付いた時には身体が動いていた。覚醒状態に入ったように思えた。これが僕の身体?
体の重さは消え、思うがままに動く。自分が自分じゃないみたいだ。僕はまだやれる。
そうして、もう一度剣を振るった。