9話 『あいつが返ってきたのだ』
近づいてくる。
魔力の使用。それでもこちらに向かう音は止まない。
「これどうするの。このままじゃ―」
その衝撃波の中でリュールが問いかけるがそれにこたえる余裕など今のラルウァは持ち合わせていなかった。
身体は倦怠感とともに、ズキンッ、ズキンッという痛みが全身を駆け巡る。
それが『スキル:鬼気たる者』の反動であることなど当然理解していた。そのリスクを承知で止めにかかったのだ。そして止めるに至ると思っていた。うぬぼれていた。
こうなったら。
「ちょっと!何するつもりなの!」
リュールは完全ではないものの理解していた。
これが何なのか分からない。
何を求めているか分からない。
ラルウァの先ほどの強さがなにか分からない。
それほどの攻撃でも耐えきれるこれの底の見えない強さが分からない。
それでも分かる。きっといま山の方から聞こえるこの音の正体とこれをあわせてはいけない。そこにはきっと今からでは想像のできないほどの「絶望」が待っている。
そしてそれはきっとラルウァも理解しているはずだ。
であるなら、どうして彼は攻撃を止めるの。どうしてこれから離れるの。
どうして音の方へ向かうの。
音は次第に大きさを増し、遂に、その音源が姿を現した。あまりの速さにその姿を正確に捉えることができない。
『カル・プレートゥ』
「器」が姿を現し、「核」へと至らんとするその一瞬の間に発せられたその一言が彼が今まで生み出してきたどのものよりも、広く、強力な「闇」を生んだ。
視覚することすら困難であるほどのスピードの「器」の動きがその領域に足を踏み入れた瞬間、まったくと言っていいほどの無の状態に至る。
だがその闇はすぐに効力を失うかのように収束していく。それすらも計算と言わんばかりに次の攻撃が「器」を襲う。
その木刀から繰り出される力は傷を与えるには至らない。
だが、ラルウァは信じていた。
信じられる根拠を持っていたわけではない。それほどの関係が築かれていたわけでもない。
ただ、シレーヌと共に、彼女もまたこの村を共に救ったという事実があるだけだった。彼女の目的はカルナ。それを放棄して村を救ったという事実があるだけだった。
その事実だけで、ともに戦ったという事実だけで十分だった。
『付与・風』
物質を作り出し、それを自在に操る魔法とは一線を画す魔法。自身の肉体強化に特化し、その物質の恩恵を得る魔法。
彼女は風のように速く、しなやかに飛んだ。
全身全霊をかけて生み出す攻撃。
一戦士がかけたその希望にならんと隠していた最後の一手を惜しみなく繰り出す。
その姿はまさに妖精だった。
リュールの剣と「器」の何ものも通さない硬い外皮が衝突する。
気付けば叫んでいた。
命を懸けるのだ。人のために命を懸けるのは戦士だけではないのだ。私もこの者たちと同じように、命を、懸ける。
だが、届かない。
その生物には届かない。
リュールの全身全霊を突き破りその核と器が邂逅する。
吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたリュールが何とか顔を上げ、今にも気を失いそうになりそうになりながらも必死に瞼を開けた先に広がる光景は―
紛れもない「絶望」であった。
あいつが帰ってきたのだ。
ラルウァが、シレーヌが命を賭して倒したあいつが、さらなる力を得て帰った来たのだ。
リュールの意識はそこで途絶えた。




