4話 『限界を超えるにはお前くらいがちょうどいい』
その生物はまさしく怪物だった。
形相そのものは巨大蟻のそれだった。つい先日数えきれないほど切り刻み殺めた生物。だが、それとは圧倒的に違うのは身体を覆うもの。何一つとしてこの生物を覆っているものはない。骨がむき出しになっている表面には「穴」の中にあるものと同じ黒いドロドロの液体がこびりついている。
かろうじて判別できる顔ともいえるべき部分はカクっ、カクっというように本来曲がるわけがない方向に曲がっては、もとに戻っている。
そして特筆すべきは、凶暴化されたともいえる長く伸びた爪。
はたして、これを生物と呼んでいいのだろうか。
「穴」から出てこようとするその動きはどこか壊れた機械のようにぎこちなく身体をつくっている骨が無理やりくっつけられたと言わんばかりに動くと骨と骨がぶつかる音がする。
それが完全に「穴」から出るまで動けなかった。その全貌はあまりにも異形であった。
3メートルほどの六足歩行の生物と言えば聞こえはいいが。長い爪が地面に埋まり、形は蟻であるものの、蟻にはあるはずのない大きく伸びた尻尾がある。
その姿を見たのは確かにコンマ数秒であったはずだ。戦いの中で鍛えられたB級戦士の危機感が全身に警告し、すぐに腰につけた剣に手を伸ばした。
だが、その生物はそれすらも許さない。
その手を動かし、剣を取ろうとした瞬間、その生物は地面を蹴り、切りかかっていた。
その攻撃をギリギリでかわし、体勢を立て直そうとするが、すぐさま第二手が飛んでくる。
それは長く伸びた爪ではなく、その爪から発せられた斬撃だった。
斬撃⁉
それは予想外であったが、さすがB級ともいうべきかそれにも反応し、直撃は避ける。
だが、それでも通常のモンスターの攻撃と同程度かそれ以上の威力はあった。
これは、だめだ。そう思い、一度距離をとる。だが、それすらも許さない。ヴェティが反撃をしようとするたびに機械のように動いた箇所に的確に攻撃が飛んでくる。
やっとの思いで剣を抜き取り、握った時にはすでに数か所に軽症ともとれる切り傷が付いていた。
その剣で対抗する。常人には何度切り刻んだか分からないというほどのスピードで攻撃を繰り出す。
そして渾身の一撃が、体勢を立て直すに十分な一定の距離を許す。
だが、その攻撃が生み出したのはそれだけだった。かすり傷ひとつすらついていない。幾度となく切り刻んだその表面には一つとも切り傷がなかった。
開いたり閉じたりしている不気味な口からは黒いものが垂れ流れている。
「…ァ、……ァ、‥‥アア」
鳴き声かもわからない音は、幾千の攻撃でも傷つけることができない貧弱さを笑っているようにも取れる。すくなくともその戦士はそう感じ取った。
「……面白い。あぁ、そうだな。お前くらいがちょうどいい。私が限界を超えるのためにはな」
ここまで3分もたっていない。その短い時間の中で彼女の身体は傷つき、相手にはかすり傷一つ与えられていない。相手が格上だと感じ取るには十分であった。
それでも、彼女は笑う。恐怖など、不安など、心の奥底にしまい込んで、笑う。
鍛えられた肉体から編み出されるスピードで剣を振った。




