29話 『それでも彼女は止まらない』
肩を叩くものがある。それは次第に強くなっていき、天から地鳴りのようなものも聞こえてくる。それが彼女の肩に当たるたびに、それは液体から形を成す固形物へと変化していく。
これは‥‥。
剣を振り続け、ボロボロの彼女は空を見上げ、思う。恵みの雨だと。
毒が全身に回り、もはや自由が利かない。それでも一流というべきかそこにいた敵の八割ほどをすでになきものにしていた。それでも、あと一歩届かない。いや、ここで倒したとしてももっと強大な敵が奥で待っているのだ。あの少年に任せてなどいられない。私が全て狩る。
その決意の中でこの雨は彼女にとって間違いなく絶好のものだった。
彼女の目の色が変わる。これまでただ無心で剣を振り、魔法を使っていた。そこに確かに光が宿る。この雨があれば。
毒が身体をむしばみ自由が利かない状態で、魔力を自身の属性である氷に変化させることは多少であればできるがそれを数多く生み出すのは困難を極める。そんなことをするよりも一体一体切り刻んでいった方が確実だ。
だが、この雨があれば。これを凍らせればよい。ただ、無差別に冷気を発せばいいだけ。自身の周り半径約数メートルの円を頭に思い浮かべる。そのイメージすらも今の状態では十分に再現できないが、多少の誤差はしょうがない。
其円に入った水滴が瞬く間に氷の結晶と化していく。全てとはいかないがそれが宙に浮き、彼女の支配下にはいる。
これで終わりだ。
そう彼女が思った瞬間、その結晶は物凄い速さで蟻たちの胸元に刺さっていく。
次々にそれらは倒れ、最後には彼女のみが立っていた。それでも彼女は進む。傷ついた身体を懸命に動かし、前に進む。彼女は止まらなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
届かない。意志の限り燃えんとするその炎をもってしても、その生物に届かない。
秀逸ともいえる戦術、同種を使った連携、そして進化。生きようとする生物の維持を前にし、確かに持った覚悟を燃料にしようと届かない。
互いに傷ついていた。少年は息を切らし、脚はふらついている。その主は自身を覆っていた甲羅は所々は剥がれ落ち、特有の青い血が流れている。そしてそれを囲っていた同種はすべて少年の手によって狩られていた。
正真正銘の一対一。
だが、天候は少年を味方しなかった。先ほどから降り始めた雨はその炎を弱めている。もはや少年の炎は有効打足りえない。
それでも少年は止まらなかった。主に広がった炎が雨で消えようと、決して攻撃を止めることはない。
その生物は信じられない光景に立ち会っていた。
人間とはこれほどまでに強い生物なのか。
世は弱肉強食。適者生存。それ以外にはありえない。だから、人間を狩り、食し、我が血肉になるのは当然のことだ。それを嘆き、苦しみ、泣きわめくだけの人間など生きる価値はない。生に抗ってこそ生物なのだ。だから人間など食事に過ぎない。
そう思っていたのに。こいつは。
目の前の幼い少年はフラフラの足で踏ん張り、細い腕で剣を振っている。血を流し、その炎は消えかかっているというのに。
その姿を前にして、新たな感情が芽生え始める。
尊敬、そして畏怖。
命を顧みないくせに、生に抗っている。この矛盾が恐怖という感情を生む。狩る側だと思っていたのに、進化までしたのに、この少年はそれすらも越えてくるのか。
その脅威に生物は恐怖し始めていた。




