閑話 マリーの覚悟
背中が遠のく。
少年は走り出す。
少しばかり筋肉の付いた、それでもモンスターと戦うにはまだ弱々しいとも思える背中は遠のいていき、すぐに見えなくなった。
この選択が正しかったのだろうか。
そんなことは分からない。
でも彼のために何かしてあげたかった。
先日、上司に言われた言葉。彼を早く諦めさせろという言葉。それに対する答えがこれであった。諦めさせるのは無理だった。彼は戦士になるべきだ。
何より私が彼に戦士になってほしかった。
彼に告げた「戦士になれる」という言葉。あれは私の願望に他ならなかった。
それは前から思っていたこと。それでも前までは思っていただけだった。ただ私には覚悟が足りなかった。彼を応援するだけの覚悟。
彼は命を懸けて夢を追っている。それならば、私も夢を捨てる覚悟をすべきだと、そう思った。
幼いころから私は前に出るというより支える側の人間でありたかった。だから私はこの職業を選んだ。モンスターの知識、接客技術、対話術、自分に役立ちそうな技は全て吸収し、ついにここまで来た。
僅か三年でこの世界の中心ともいえるギルドで成績はトップに近かった。同僚も先輩も、戦士も私のことを信頼してくれていると思う。
その信頼も業績も全てを捨てる覚悟。
この覚悟が彼の覚悟と釣り合うとは思っていない。それでも今できることはすべてやろうと決めた。
もし、クビになったら…。そのときは彼に養ってもらおう。彼にここまでしてあげたのだ。それくらいはしてもらってもいいでしょ。そんなことを思ってはすぐにその考えをかき消す。
きっとクビになっても私は支える側でありたい。彼が誰かを救う側でありたいのと同じように。
だからきっとまた誰かを支えているだろう。間違っても養ってもらうなんてことはありえないのだ。
ギルド内の喧騒はいつもと変わらない。その喧噪が日常をつくっている。屈強な戦士であふれ、職員と揉めているものもいれば。職員に色目を使っているものもいる。
何も変わらない日常。
私だけがその空間から切り離され、独立した次元にいるようだった。
何も心配はいらない…はず。あれだけ考えたんだ。考えて、考えて、考えつくした。
どのレベルが彼に一番適切なのか。彼の業績、モンスターの強さ、その他様々な要素を考えつくして、決めた課題。あと十段階くらいは用意してある。
それで強くなるかは、適性が発現するかはわからない。
だから、彼の安否も可能性も信じるしかなかった。
「ちょっといいかい?」
ある戦士が話しかけてくる。
それと同時に私は日常に引き戻される。心はまだどこかにあるようだったけれどそんな素振りは一切見せないようにしていつも通り笑顔で対応する。
「はい、どうかなさいましたか?」