22話 『正義の危うさ』
ギルド内の喧騒はいつもと変わらなかった。そこにはいつもの日常が流れている。
「おい、この資料誰がまとめた」
その中で厳しい声が飛ぶ。ギルド職員のタイラであった。だがその声に返事をする者はいない。それを不審に思ったのか数人は顔をあげてタイラが手に持っている資料を見つめる。しか自分ではないと分かるとすぐに自分の仕事に戻っていった。それほどまでに忙しいのがこの仕事である。
その中で一人がそれに気が付き、一人の職員に本人にだけ分かるように囁く。
「ねぇ、あれ、マリーがまとめた資料じゃない?」
だが、それにも返答はなかった。
「ねぇ、マリー。マリー」
何度も囁くが当の本人は上の空だ。まるで何かを考えているように。その様子をタイラが見逃すはずがなかった。
「おい、マリー」
その声はマリーという名なら誰しもが振り向くように、いや、マリーという名でなくてもつい振り向いてしまうような明確な怒りが込められていた。
「は、はい!」
やっとその女性は長い瞑想から戻ってきたようだ。
「これはお前がまとめたのか」
その資料は確実にマリーがまとめたものであった。
「あ、そうです…」
あぁこれは確実に怒られるやつだ。誰もが確信していた。だが皆の予想とは裏腹にタイラははぁと短くため息をつき諭すように口を開いた。
「自分の仕事に集中しろ。最近のお前はどうも集中力に欠ける」
怒鳴りはしなかったもののそこには明らかな忠告と警告が含まれていた。
「すいません…」
「仕事に戻れ」
そういいタイラは自分の仕事に戻っていく。
マリーも自分の仕事に戻るがその日彼女は仕事に手を付けることはできなかった。
―遅い。遅すぎる。
マリーの心中は穏やかなものではなかった。そのせいでここのところ仕事に手が付かなくなってきている。今まではそれでもなんとかミスなしでやり遂げてきたが今日ついにミスをしてしまった。
いつもならそのことに落ち込み、それでもまた明日からと自分を鼓舞するが、今回ばかりはそれどころではなかった。
その原因は明白だった。
彼の、カルナのパーティの帰還があまりにも遅すぎる。
確かに難易度だけで言ったら彼らは挑戦に出たのかもしれない。だが、彼らが出発してから約二週間。それまで何の音さたもない。見つからないにしても何かしらの連絡を送るはずだ。それなのに、連絡の一つもなかった。
それはおかしい。
彼は階級こそ駆け出しではあるがその経験はかなりのものだ。サポーターとして過ごした期間は彼にクエストでの立ち回りを教え、最善の一手を考えさせるのには十分だったはずだ。
つまり、彼がこれほどの期間なんの連絡をよこさないのはおかしい。もしかして、連絡できない何かしらの理由があるのか。もしかしたらそれは―
最悪の事態が脳裏に浮かぶ。一度それが浮かんでしまえばそれが私の思考を取って離さない。
それだけで、行動を起こす理由なんて、それだけで十分だった。
マリーは仕事を終えるとすぐに上司のもとへ行く。上司は怪訝そうな顔をしているが関係ない。私にできることなど、これぐらいしかないのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「私が行きます。いえ、行かせてください」
ショートカットに切られた髪にまだ幼さが残りはしているものの将来は美人になるだろうと予想される顔立ちだった。そしてその幼さとは対照的に口調、立ち振る舞いは誰よりもハキハキとしていた。
それに向かい合うもの、つまり、彼女の上司にあたる人物はすぐに返事をしなかった。ただ、無表情に、それでもその眼鏡の奥からはじっと彼女を見つめていた。
そして、その沈黙は暗に否定を示唆していた。それでも彼女はめげなかった。
「私があの戦士を見定めます」
その瞳には彼女の正義が確かに宿っていた。
しばらくの沈黙の後、その無表情の男の口が開かれた。
「我々のすべきことは、都市の安全を守ることであり、それこそが正義だ。今回確認すべきは戦士カルナ・シグルドが戦士たるか、だ。それだけは忘れるな」
その言葉の意味を彼女はすぐに理解した。
「はい!」
そう大きな声で返事をすると辺りはもう暗いというのに出発の支度を始めた。
はぁと短いため息がその男から洩れる。
彼は危惧していた。
彼女の幼さを。
幼いが故の危うさを。
彼女の正義の危うさを。
その場から離れる。そして、数人の者に声をかける。
「お前たちもついていけ。…正義を遂行しろ」
その部下たちは静かに返事をする。
彼女は出発する。彼を見極めるために。
都市の喧騒から離れ、その村に。その道中は嵐の前のように静かだった。




