20話 『炎の剣は形を成す』
真っ先に飛び出していったのはヴィティさんであった。B級戦士である彼女は誰にも負けないスピードで敵の群れに向かって真っすぐ走っていく。
「シレーヌさんは村人の避難をお願いします。と言っても‥‥」
今の時点でどれほどのことができるだろうか。遠くに行こうにも間に合わない。そもそもこの混乱した村人たちを起き上がらせ、数十人を一気に移動させることなど不可能に近い。
「わかりました。任せてください」
確かに彼女はそう言い切った。水色に輝く瞳を燃やしながら確かに言い切った。彼女だって理解しているはずだ。今の現状を。それでも言い切った。その覚悟に僕も答えなければならない。
「お願いします」
そういいヴィティさんに追いつくため全力で走り出す。あの時の感覚を思い出せ。足に全神経を集中させる。それとほぼ同時に身体から発せられた炎は両脚に集中していく。瞬間、地面を思い切り蹴り飛ばした。E級では出すことができない、出してはならないスピードだった。
あなたについていくと僕が言ったから、振り落とされるわけにはいかない。彼女を全力でサポートする。
その群れはもう山の下層域にまで到達していた。その先団が山から出ようとしている。大きな木々に阻まれようと、その速さを緩めることはなかった。木々を倒し、前進してくる。一体一体はそれほどであるのに、数が集まったそれは巨人の様相を呈していた。
その群れの中に彼女は何の躊躇いもなく、突き進んでいく。
その数秒後、血潮が飛んだ。僕もそれに続く。
切り倒し、時には燃やし、また切った。
彼女も切り倒し、時には凍らせ、また切った。
それでも埒が明かない。
はっ!しまった!数体逃した!
その数体を追おうと全身をその方向に傾けようとするが他の蟻たちに阻まれる。
くそっ間に合わない!
刹那、もう一つの剣筋が現れる。その剣筋は音を立てることなく、その蟻を切り捨てた。コンマ数秒遅れて血が飛び出てくる。
「こっちは気にするな!僕がシレーヌのサポートと逃した蟻の相手をする!カルナは前に進め!」
ラルウァさんが叫ぶ。その後もシレーヌさんが行っている避難指示に遅れた人を連れ遠くへ離れていく。あっちは大丈夫だ。あの二人なら任せられる。
何体かは逃がしても何とかなる。
それよりも考えるべきはこの群れもとになっているものを排除しなければ。
「思考している間も手を緩めるな!」
遥か前方より怒号が飛んでくる。その姿は見えないが、彼女は前に進みながらも僕の様子をうかかがってくれていたのかもしれない。駄目だ。今のままじゃ。完全に足を引っ張ってるだけだ。
そうだ。手を緩めてはならない。相手を倒しながら思考しろ。考えて、動いて、考えつくせ。
まずは下層部の蟻の殲滅をしてからだ。山の下層部に足を踏み入れ、蟻の進む速さに負けじと蟻を切り刻んでいく。
その数はとうに十体を超えた。それどころか二十、三十、それ以上であった。つまり、その群れは百どころではなかった。それ以上の、もはや数えきれないほどの群れであった。
と、ふとした瞬間に感触が変わる。それは山の中間部まで進んだ時であった。相手の身体を覆っている甲羅が妙に硬くなる。よく見ればその色も若干違う。
まさか、上位種?
そう思った瞬間一つの鳴き声が轟いた。
「ギィィィィィーーーーー‼」
その鳴き声に呼応するかのように蟻たちが二手に分かれた。一方は今まで通り村方向に全身を続けている。もう一方は、僕の行く手を阻むかの如く一斉に僕の方に進んでくる。
嘘だろ…。その前身はもはや命など投げうって出る。蟻たちは自身の生存よりも種としての目的を優先しているのだ。
炎を纏った身体で、最大限引き伸ばされた身体能力で対抗する。だが終わりが見ない。倒しても次の相手が、それを倒しても次が来る。次第に相手の攻撃を捌ききれなくなっていた。もはや前進していった方の蟻たちを考える余裕などなかった。
数の攻撃は確実に体力を奪っていく。息が切れ、剣筋が鈍くなっていく。それを待っていたかの如く蟻たちは僕に噛みついてくる。身に纏う炎に恐れをなすことなく噛みついてくる。着実にダメージが溜まっていく。それでもやるしかない。
足りない。もっとできるはずだ。燃えろ。燃えろ。燃えろ。
その意志に比例するように纏う炎が大きくなる。
耐えられるはずだ。こんなもんじゃなかったぞあの時は。
自然と剣を握る手に力が集まる。それと同時に、脚に炎が集中したのと同様に、今度は剣に炎が集中した。
感覚は掴んでいた。あの夜。ヴィティさんと戦ったときに。炎を一点に集める方法と、イメージを具現化する方法。そして一つの可能性を見出していた。
「あの時は夢中だったから分からなかったけど今ならできる」
ある一つの炎をイメージする。
それは大きな剣の形をしていた。
昔、一度だけ師匠が見せたあの炎。一度だけだったけれど今でも鮮明に覚えている。
そのイメージが具現化する。炎が大剣となってその手に宿る。
今まで何のためらいもなく前進してきた蟻たちの攻撃が一瞬止み、動きが止まる。それは彼らに残された生存本能か。いずれにしてもその止まった蟻たちを僕は逃さない。蟻たちの前進が止まったことでできた間を埋めるように今度は僕が前に出る。その大剣を握りしめ走り出す。そして、その炎の大剣を一振り。
もはや一振りで十分だった。その場にいた蟻たちは一瞬にして燃えさかり、灰になっていく。その炎は一体、また一体と伝播していく。
その炎が僕を足止めしていた蟻たちを一掃する。それと同時に炎の剣は姿を消す。
ガクっとめまいがする。倒れそうになるところをすんでのところで耐える。体力、魔力の限界が近いことは一目瞭然だった。それでも。
まだ、だ。あの人に追いつかなければ。それまでは倒れられない。休んでいる暇なんてない。
そう強く想い、山の上層部を目指す。そこからはわずかな冷気が漂い、モンスターの鳴き声と共に大きな爆発音が聞こえてくる。それと同時に確かに感じるこの殺気。あのモンスター、ボス級にも劣らない、身の毛がよだつほどの殺気が奥から感じられる。
確かにそこには死の気配がした。




