17話 『ただ強く、ひそかに、想う』
目を閉じると昼間の光景が瞼の裏に浮かぶ。村長の懇願。村人たちのあの視線は明らかに僕たちを良くは思っていないだろう。この村の過去に何があったかは分からない。
だがもしこの村に何かあったのなら、その感情が村長にないわけがなかった。
それにもかかわらず、僕たちに依頼をした。嘘をついても、違反をしても。
その覚悟がいかなるものか。分からないわけがない。村長として、この村を守るものとして個人の事情を押し殺して。
僕はその覚悟に応えられるだろうか。当初よりも難易度の跳ね上がったこのクエストを達成することが出来るだろうか。それだけの力が、僕にあるのだろうか。
僕の能力は、この炎は、それだけの潜在能力はあると思う。だが、それを使いこなせるだけの技量が僕にはなかった。
一度思考をめぐらせてしまえば、なかなか眠りにつくことはできなかった。横ではラルウァさんが横になっている。それを起こさないようにそっと立ち上がり、部屋を後にする。
考えていても始まらない。なにか行動を起こさなければ、今できることをしなければ。僕は弱いのだから。
外はとても静かだった。虫の音しか聞こえない。今夜は満月か。月明かりが異様なほど眩しい。先ほどの部屋から見た月よりも幾分大きく見えた。都市の喧騒を長年浴び続けたせいかその静けさがやけに異様に感じた。
どうもこの静けさを壊す気にはなれなかった。というかみんなきっと寝ているのだから起こすのは悪い。そう思い、山に足を踏み入れようとして、一度立ち止まる。
本当に大丈夫だろうか。いま巨大蟻と遭遇したら。
頭を振り考え直す。もし遭遇したところで何だっていうんだ。どちらにせよ倒さなければならない。それがたとえ僕一人であったとしても。
そうして、大きくそびえたつ山に一歩踏み出した。
できるだけ村から離れよう。そう思い山の奥まで足を進める。できればモンスターに遭遇でしたかった。一人でトレーニングするよりも実戦で経験を得たかった。その方が技術力が上がる。だがそんな思いとは裏腹に、山道はとても静かだった。本当にこんなところに巨大蟻の群れがいるのだろうか。
そろそろこの辺で。そう思ったときだった。
そこは山の中に切り開かれた野原のようだった。その空間だけが高く伸びた木々が一本も存在せず、草原が広がっていた。
その中心に月光が集まっている。そして、そこには空を見上げ、黄昏る一人の女戦士がいた。
赤く伸びた髪は月夜に照らされその赤みが半減している。それでもその佇まいは彼女そのものだった。
―美しい
そう思ってしまうほど、彼女が月の光を集めているかと錯覚してしまうほど、風景にとけこんでいた。
ヴィティさんは僕に気が付くと、はっと驚いた表情を見せたがすぐにいつもの冷徹な表情に戻って見せた。
「何をしている」
その声はこの地ではやけに大きく聞こえた。
「あ、えっと、少し身体を動かしたくて…」
「はぁ、お前もか」
「え?」
「今回の難易度はお前が想定しているよりもずっと高い。万全な状態で臨めたとしても成功するか分からない。それなのに今から身体を動かす?馬鹿なのか」
相変わらず口調は厳しいものだったが的は得ていた。休めるときに休まなければ、この先もたない。いつどこでどれほどの数が襲ってくるか分からない緊張感は身体だけでなく精神力も削っていく。ここは素直に寝ておくのが正解だろう。
だが、それでは、この気持ちは、どうすればいい。
この不安はどうすればいい。
「それは分かっています。それでも‥‥」
「はぁ」
ヴィティさんは深くため息をつく。
「一度だけだ」
そう言うと腰から剣を抜き構えて見せた。
「相手をしてやる」
驚きで声が出なかった。この人が僕に付き合ってくれるのか。動きが止まってしまう。
「どうした。やらないのか」
それはこの人が僕の能力を見定めたいだけなのかもしれない。だが、それでもいいと思った。この人の胸を借りれるなんて滅多にあることじゃない。断る理由がどこにある。
「お願いします!」
そういい僕は剣を構えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁっ!」
そう飛び起きると外はとても明るかった。その部屋に一つだげついた窓から気持ちがいいほどに朝日が差し込んでいた。
起き上がろうとすると全身が悲鳴を上げたかのような痛みが走る。
「あー」
痛い。ほんとに痛い。てかあれなんで部屋にいるんだ?
思考を昨日の夜までさかのぼらせる。確か、山で身体を動かそうとして、ヴィティさんにたまたま会って、それから‥‥。
なんだか嫌な記憶が蘇ってくる。たしかあの後ヴィティさんと戦って、ボコボコにされたんだ。
僕はガンガン能力使ってたのに、あの人は能力を使ってなかったのに。それでそのまま気を失ったのか。
なるほどそれならこの全身の痛みに説明がつく。
「やっと起きたかい」
見ると一階から上がってきたラルウァさんが部屋に入ってきていた。
「おはよう。いやーずいぶん気持ちよさそうに寝てたね」
「おはよう…。それ本当?」
「夜中にヴィティがカルナを抱きかかえてきたときはびっくりしたけどね。もしかしてカルナとヴィティってそういう関係?」
「そ、そんなわけないだろ!」
そう言う関係とは。僕だってさすがにわかる。身体の体温が上がっていくのが分かる。
「あははは、だろうね。まぁどーせ戦っていたんだろ?寝返りうつたびに痛みに悶えてたよ」
ラルウァさんはケラケラ笑っている。全くこの人は…。
「まぁとにかく起きなよ。朝ごはんできてるからさ」
朝ごはんまで用意されているのか。僕はどれだけ寝ていたのだろうか。申し訳ないと思い、悲鳴を上げている身体に鞭をうち起き上がる。
「あ、でも愛しのヴィティは先に行っちゃっていないけどね」
「だから違うって!」
ラルウァさんは心底楽しそうに僕をからかっていた。きっと当分はこのままだろう。
そう思うと自然とため息が出た。




