32話 『戦士カルナ・シグルド』
どごぉぉぉぉぉんっっっ!
すさまじい音とともにその氷が破壊される。
少年の意識が覚醒する。その身には炎が纏われていた。
【条件を満たしました 能力■■を獲得しました】
何か頭の中で響いている。
【能力■■を獲得したことにより、適性:火が強制解放されます】
え、なんだこれ…。適性の強制解放?能力■■?
現状に理解が追いつかない。
それに自分の身体を纏っているこの炎は…?火属性の付与魔法なのか?
いや、それよりもこの炎は…、師匠と同じ…?
分からなかった。
だが、それ以上に驚いているのはおそらくこの場にいるもう一つ別の存在だった。
その怪物は、驚きとともに、警戒、そして先ほどまでとは違う対等な立場のものにみせる敵意をもって、その炎を見ていた。
その敵意が僕の気をもう一度引き締める。
今は、これがなんだとかどうでもいい!
今、僕がやるべきことはこいつを倒すこと!
もう一度そのモンスターと対峙する。
倒せるかどうかはわからない。傷が癒えたわけではない。全身が悲鳴を上げている。
それでも、今、示さなければならない。
自分の戦士像を。
あの声は言った。身の丈に合わないと。無謀だと。理想に過ぎないと。
しかしこうも言った。『その想いが世界を変えると。』
そして、資格を与えると。試練なんだと。想いを見せろ、と。
「やってやる…!」
短剣を握りしめ、構える。
僕はもう何も失いたくない。大切なもののために、戦うんだ。
先に動いたのはモンスターだった。
その脚力を最大限に使い、ものすごいスピードでこちらを攻めてくる。さっきまでのこっちを蟻同様に見ていたときとは違い、向こうも本気だ。
でも、見える。ついていけている。能力を獲得したことにより身体能力が飛躍的に向上している。
くっ!避けれる、避けれるけど…、攻めきれない!
怪物はその力を余すことなく発揮してくる。突進、氷魔法、全てを駆使して目の前の相手を圧倒しようとしてくる。
突進はギリギリで避け、氷魔法は炎で何とか対応しているもののこっちの攻撃は一切通らない。というより反撃する余地を与えてくれない。
火力が足りない…!はっ、しまった!
全身に衝撃が走った。
「ぐはぁっ!」
その怪物と比べたら道端に転がっている石ころと同じくらいに小さい身体が吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。
氷魔法はこの付与魔法で何とかなっている。だが、それと同時にあのスピードにも対応しなければならない。
それでも対応できているはずだった。そのはずだった。それでも次第に対応できなくなってきている。
まさか、スピードがあがっている…⁉魔法の威力も!
くそっ!くそっ!くそっ!
足りない…!
―考えなさい。戦闘中に冷静さを失っては駄目よ。
―相手を視なさい。予測しなさい。相手が何を考え、何を想い、どうしたいのか。
―じゃああなたは次、どうする?
「はぁぁぁー。」
全身の力を抜くように、不純物を取り除くように、息を吐く。
もう一度立ち上がる。いや、何度でも立ち上がってやる。
思い出せ、師匠の言葉を。思い出せ、鍛錬の日々を。
力を抜け。相手を観察しろ。そこから編み出される最高の一手を考えろ。
たとえ、能力を授かったところで相手はボス級モンスターだ。簡単に倒せる相手ではない。それでも倒せる最低ラインには達した。それだけで十分だ。
戦いながら、というよりギリギリで相手の攻撃を避けながら頭をフル回転させる。
モンスターには基本的に考えることのできる知能はない。だから戦いの中で相手の動きを読みあうというような高度な戦いは行われない。というより力と力のぶつかり合いが行われる。
だがこのモンスターはどういうわけかこちらの動きを予測し、こちらの一手先の攻撃をしてくる。いわば、力と知力の総合戦。普通のモンスターとは決して行われることのない超高度な戦闘。
普通はそんな戦闘は避けたいだろう。だが、その戦いならこっちの専売特許だ。ただの力の衝突戦でさえ相手の動きを予測して動いていた。
それをこの相手にもやればいいだけ。相手がこっちの動きを呼んでくるぶん、はまれば一気に畳みかけられる。
力が足りないのなら知力でカバーすればいい。頭を使え。燃え尽きる程に回転させろ。
まず、相手の攻撃はあの身体を使った突進と規格外の氷魔法。主にはこの二通り。
単純に考えればこの二通りをその都度考えて対処すればいい。だがこいつは違う。この二つを組み合わせて戦ってくる。
単純に考えれば警戒すべきは氷魔法。モンスターが魔法を使うなんてチートにもほどがある。
だが本当に警戒すべきはあの身体能力だ。魔法は氷と炎ということで相性がこちら側に分がある。だから対処できないほどではない。だがあの身体能力はどう対処することもできない。
それどころか氷魔法で有利なフィールドをつくることで向こうはスピードが格段にあがっている。
どうする?まずはあのスピードを何とかしないといけない。
自身を纏うこの炎をもう一度見つめ直す。そして考える。
どう考えても火力が足りない。この炎では氷を解かすことは出来ない。
それならっ!
その動きを僕は全力で追う。
それに気づいた相手はさらに速度をあげる。その速度はもう目で追うことは出来ない。
その身体からは想像できないほど速度で僕の周りを回転する。
瞼を閉じる。耳を澄ます。全神経を集中させる。
感じ取れ。勝負は一度。タイミングを間違えれば死。
森林が揺れる。あたり一面は氷に包まれ、冷たいはずなのに僕の周りだけは熱に満たされている。
額から頬へ、そして地面へ一粒の汗が流れ落ちる。
短剣を腰の左側に持ち、左手を添え、右手で握る。その力は強すぎず、弱すぎない。腰を落とし、集中力を高める。
相手の速度が一定となる。動く角度が変わる。
来るっ!
案の定、風の動きが変わる。切り裂くような空気の流れができる。
ここ!
タイミングは完璧。ギリギリまで引き付け、最小限の動きで攻撃をかわす。
そして、一撃。
「ぐをををををぉぉぉぉぉぉっっっ!」
血潮が飛び散る。
悲痛にも似た雄叫びが森全体に広がる。
完璧にとらえた。相手の右足に一発。炎を纏ったその短剣が相手のスピードそのものを生み出す武器を壊す。
相手は態勢を崩す。火薬玉で与えていたところに追撃。そのダメージはかなりきているようだ。
確かに相手のスピードは脅威だ。こちらから攻撃しようとしてもかすりもしない。だがくる方向、動く方向が分かっていれば対処の仕様はある。
それはこちらを攻撃する瞬間。その瞬間だけはどこに向かってくるか分かる。
あとはどの方向からどの速度でくるか。そして相手が捉えたと思ったその瞬間。
「はぁはぁ、何とか上手くいった…!」
正直、この作戦は賭けだった。うまくいけば相手のスピードを封じることが出来る。だがもしタイミングを少しでも間違えれば、即死だっただろう。
これで何とか―
「は、はは。冗談だろ…?」
もう笑うしかない。
その雄叫びがもう一度森林に響く。
その雄叫びにはもう悲痛など含まれていないようだった。
そこには、怒り、憎しみ、苦痛、そんな安っぽい感情を超えたものが含まれているようだった。心なしか、その怪物は笑っているように見えた。
―よくここまで追い詰めた
―よくここまで楽しませてくれた
―これでやっと―
そう訴えかけているようだった。僕は今この怪物と心が通じているようだった。
だから分かる。
おそらくこの怪物は次の一撃に全身全霊をかけてくるだろう。
僕とは次元が違うはるか上の存在が、僕を認め、力の限りを尽くそうとしている。
そこにはもう高度な駆け引きも思考の読みあいもなかった。
そこにあるのは力と力のぶつかり合い。
ならば僕もそれに答えなければいけない。
それが僕が戦士になるためにすべきことだと思った。
この試練を、この壁を乗りなければならない。
心が燃える。心に宿したその意志を燃料として心が燃える。
―人を守りたい―
確かに宿したその意志が、燃える。
空気が熱くなる。その意志の熱さと連動し、空気が燃える。
僕は本能的に理解していた。おそらくこの炎は僕の意志と繋がっている。
つまり意志が、想いが熱く想えば想うほどその炎が強く、明るいものとなっていく。
ならば、今やるべきことはただ一つ。想いを叫ぶこと。その意志で、想いで全身を満たすこと。単純で明白。だけど意外と難しい。何度も折れそうになった。いや折れた。
諦めた方が楽だと、何度も諦めようと思った。
でも諦められなかった。
でもその度に誰かに助けられた。誰かに勇気づけられた。
今度は僕が誰かを照らす番だ。そう思った。
剣を構える。攻撃態勢に入る。そして思いを叫ぶ。
「俺は、守れるようになりたい。いや、守るんだ‼」
モンスターが吠える。その牙と、その爪、そして全身からあふれ出る冷気。
そして、その怪物は発動した。全身全霊の一撃を。
「うごぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
その幾人を殺めてきた凶悪なほどに鋭い爪に集まった氷とその炎が激突する。
力の差は歴然。相性を考慮しても埋まることのない差。
その冷気が全身を覆う。
その冷たさが訴えかけているようだった。
―無理だろ。諦めろ。適性なしが。
―お前のその軽はずみな考えが人を殺す。
―お前に人は救えない。
―お前はこちら側には来れない。
だから何だ、だから何だっていうんだ!
誰かに言われて諦められるほど安い夢じゃないんだ。
ここでこいつを倒して戦士になる。証明してやる。僕が人を救えると。
炎が一層燃える。
身体が熱い。燃え尽きそうだ。関係ない。ここで限界を超えていけ!
【条件を満たしました。適性:火が炎の加護に強制進化します。】
熱さがましになる。でもまだだ。もっと、もっと、もっと!
【条件を満たしました。炎の加護が聖火の加護に強制進化します。】
ある言葉を思い出す。炎が一層強くなる。
【条件を満たしました。聖火の加護が炎帝の加護に強制進化します。】
優しく包み込んでくれたその人が、僕の可能性を見出し、強くしてくれたその人が、僕の弟子となり、慕ってくれたその人が言った言葉を。炎が一層明るみを増す。
【条件を満たしました。炎帝の加護が限界進化します。炎帝の加護が進化し、限界適性:サラマンダーの加護を獲得しました。】
炎が燃え上がる。森林を、空気を、そこに存在した全てを包み込む。
―あなたなら
―君は
―カルナさんは
―戦士になれる!
「僕は、戦士なるんだ‼この想いだけは誰にも負けない!!!!!!」
僕は吠えた。ずっと内に秘め、潰されそうになりながらも結局は捨てることが、諦めることが出来なかった想いを。
怪物の氷と僕の炎が激突する。魔力、能力値、相性、今ならどれを見ても負ける気がしない。
それでも勝ちきれない。傷だらけの相手がそのすべてをぶつけてきている。原因はこの能力をしっかりと扱いきれていないこと。
それでも負けられない。本能的に理解する。炎が拡散していると。
意識を短剣に集中させる。
それと同時に炎が短剣に集中する。
己の武器と武器が衝突する。
徐々に炎が押してきている。その氷を溶かしてきている。
怪物の目が見開かれる。信じられないという様子だった。一度はただの石ころだと決めつけ、殺すことさえ面倒だと感じた相手が、訳の分からないことを叫び、自分の存在に恐怖していた少年が今自分を倒そうとしている。
ふっ。
ならば俺もあがこうじゃないか。この少年に敬意を払って。生にしがみつこうじゃないか。
短剣が砕け散る。少年の炎に、いや、少年の想いに耐え切れないと言わんばかりにその剣は砕け散る。
それでも少年は止まらない。
少年の纏っていた炎が剣の形を成し、その内なる想いを具現化する。
その刃は怪物の氷を溶かし、その爪を砕き、その身体を引き裂いた。
まだ名前もない、技と呼ぶにはまだ未熟すぎるその刃で相手を切り裂く。
その炎が相手を燃やし尽くす。
その瞬間、勝負は決した。
正真正銘、少年の勝利だった。




