27話 『目の前にはただ絶望が広がっている』
クエスト内容は集落の近くに出たモンスターの群れの討伐。
難易度はE。
群れとして確認されたモンスターはEランクに分類されものばかり。
それでも群れとなっていればその難易度は格段に上がる。
難易度自体はEに分類されてはいるものの実際にはDに近いだろう。
それでも今のシレーヌさんなら簡単ではないがクリアできるレベルであるだろう。
これは異例の速さである。
彼女の特訓に付き合っていたのは二週間。
その中で急激に成長し、Dランクに近いクエストにも挑戦できるほどの力をつけた。
彼女との日々は楽しかった。
それも今日で終わる。
彼女には才能がある。
その才能を伸ばすためにはより強い仲間と、より強大な敵に立ち向かう他ない。
その道を僕は彼女とともに歩むことは出来ない。
いつかは別れる。
なら早い方がいい。まだ互いに知り合って間もない。深く関われば関わるほど別れが惜しくなる。
だから彼女との関係はここで断つ。
もう関わらないことが、彼女にとって、そして僕にとっても最善の選択だった。
「珍しいですよね、いろんなモンスターが群れをつくるなんて。」
「そうですね。」
「まあシレーヌさんなら大丈夫だと思いますよ。」
「ありがとうございます。」
「…‥。」
「…‥。」
会話が続かない。それどころかシレーヌさんはこちらを振り向きもせず、一人先に行ってしまっている。
怒っているのだろうか。怒っているのだろう。
最後は互いに思うことなく快く別れたいと思っていたが今のままでは難しそうだ。
クエストが終わるまでになんとかしないと。そんなことを考えていると早速モンスターが現れた。
現れたのはゴブリン二体。
シレーヌさん!そう声をかけようとしたときには彼女はもうすでに動き出していた。
片手には僕と同じ短剣を持ち、神様から授かった能力で強化された身体能力で敵を圧倒していく。
その華奢な身体からは想像もつかないほど速く、力強い攻撃。もうゴブリン程度なら魔法も使わずに倒すことが出来る。
やはり僕は必要ない、そう改めて感じていると、次から次へとモンスターが現れる。
そこにはゴブリンだけでなく、スライムやハイウルフ、人型の狼とも思えるコボルトまでいた。
いずれもEランクに分類されているが如何せん数が多い。シレーヌさんも徐々に手が回らなくなってきている。
「サポートします!」
そう言い、僕は戦闘態勢に入る。相変わらず彼女からは返答がないがそれでもかまわない。
何かがおかしい。僕はとりあえず目に入るだけのモンスターを倒し終わった後、ふとそう感じた。
まず、感じたのは種類が違うモンスターが群れとなって行動していること。クエストを受けた時にはそういう内容だからとスルーしていたが、実際に相手にすると違和感があった。
次に数が多すぎること。群れといっても限度がある。そもそもEランクに分類されているモンスターは群れをつくらない。群れをつくらないからEランクなのだ。
そして最もおかしいと感じたのは傷ついているモンスターがいたこと、そして何かに怯えていたこと。
これは本当に群れなのか?群れというよりも、
何か恐ろしいものから逃げた結果、一つに集まった、そんな感じがした。
全身に寒気がはしる。今日の森林は何かがおかしい。
長い間サポーターとして鍛えられた異変を察知する勘のようなものが僕に何かを気付かせようとしてくる。
「今日はこの辺で帰りませんか。今日の森は何かいつもと違う気がするので…。」
そうシレーヌさんに聞いてみるが、
「いえ、これで群れが終わりかどうか分からないのでもう少し見ます。」
結果は予想していた通り言うことを聞いてはくれなかった。
「ですが、これはギルドに報告した方がいいと思うんです。この群れは何かがおかしい。」
「そうですか、じゃああなたが行けばいいんじゃないですか。サポーターであるあなたが…。」
言ってはいけないことを口走ってしまったと言わんばかりにはっとした表情をシレーヌさんはしていた。
いつもの僕ならその言葉に傷つき、またへこんでいただろう。
だが、今はそれどころではなかった。
今まで感じていた違和感が確信に変わる。
群れをつくっているのではなく、何かから逃げている。
何かとは何か。
森林全体が静寂に包まれる。刹那何か音が聞こえる。ズシンッ、ズシンッ、という音が微かに聞こえていたと思うが徐々に大きくなっていく。
足音?何かが近づいてくる。
そしてこの足音の正体こそがモンスターの群れの原因だと確信する。
辺り全体が肌寒くなっていく。
得体も知れない相手に対して寒気がしているのだろうか。
違う、冷気?物理的に、実際にこの気温が下がっている。
これはやばい、相まみえてはならない。そう感じたときには遅かった。
足音が最高潮に達したかとおもうとその音はすぐ近くで止んだ。
顔を上げられない。身体が動かせない。
その存在に恐れおののくことしかできない。この感覚は子供の頃、ゴブリンに襲われたとき以来だ。
あたり一面に冷気が充満していく。
顔を上げなくても分かる。目の前には恐怖が広がっている。それでも僅かな希望にすがりながら、僕の思い過ごしであれ、というように半分現実逃避のような思考が僕の身体を僅かに動かす。
顔を上げる。
絶望が広がっていた。
人間とは比べ物にならないほど大きな体。鋭くとがった牙と爪を持ち、そこには赤や青の液体が付いている。白い毛皮と所々についたモンスターや人間の血。特徴的なのは長く伸びた耳。
おそらく動物に例えるならばウサギであろう。だがそれとはかけ離れた身なり、顔つき。
その存在に恐怖し、思考が止まる。
しかし、瞬時にシレーヌさんを思う。
シレーヌさんは⁉彼女の方に目を向ける。
彼女は身体が震え、何もできずにいた。
その姿だけを見ればただのか弱い少女にしか見えないだろう。
神様から能力を授けられ、異例のスピードで強くなっていっている彼女でさえ、だ。
「シレーヌさ――」
一瞬だった。
その大きさからは想像もできないほどのスピード。
物凄い衝撃が起きたかと思うと、視界からシレーヌさんは消え、そこにいたのはウサギ型の化物だった。
飛ばされていた。
その化物はシレーヌさんに向かい、そのまま突進し、吹っ飛ばしたのだ。
「ぐはぁっ!」
鈍い音とともにシレーヌさんが嗚咽を漏らす。そのまま気を失ってしまう。
よかった、死んでない…!
彼女があの攻撃を受けても生きていられたのは能力で引き上げられた身体能力のおかげ。
僕が受けたらおそらく即死。いや、確実に即死だ。
化物が僕の方を向く。
対面することでその強さが、存在の違いが痛いほど伝わってくる。
こんなの知らないっ!聞いたこともない!なんだこのモンスターは‼
まさか…
ギルドでふと耳にした会話が思い出される。マリーさんが忙しそうにしていたあの日に聞いた話。
『なんでもボス級がでたらしいぞ。まだ討伐されていないらしい。』
ボス級モンスター…⁉
目で追うのが精一杯なほどのスピードと能力者をいとも簡単に吹き飛ばす力。そして何よりその凶暴な口から吐き出される冷気。
モンスターが使うことはない、使ってはならない能力。
師匠によく似た戦士を思い出させる能力。
ボス級がボス級と言われる所以。
モンスターが使うはずのない、戦士になる資格とされる神から与えられる力と同等か、それ以上の力を持ったモンスター。
神の力を使えるモンスター。
間違いない。ボス級だ。
戦闘態勢に入ることすら許さないその存在感。死んだ、そう思った。
しかし、その化物は僕から目を離し、再びシレーヌさんに目を向ける。その目にはすでに瀕死ともいえる下等生物にとどめをさそうとする殺意がこもっているように思われた。
まさか、僕を相手だと認識していない⁉
能力を授かっていないが傷を負っていない僕と能力を授かってはいるが気を失っているシレーヌさん。
怪物の目には後者の方が自身の生命にとって危険であると映ったのだろう。
くそっ!
柄にもなく悔しさを覚える。しかしそんな感情はすぐに消えた。
シレーヌさんが危ない!
おそらくもう一度攻撃を受ければシレーヌさんは死んでしまう。
「くそっ!」先ほどとは違う感情でさっきと同じ言葉を吐き捨てる。
背負っていたバックに手を伸ばす。そして赤い玉を取り出し、それを対象向かって投げる。
それは命中し、爆発を起こす。
能力を授かっていない僕には常に死が付きまとう。少しでも格上に出会ってしまったら即死。
そんな状況を打開するためのアイテム。
もちろん値段はそこそこする。なけなしの金で死ぬよりましだ、と思い購入した。
だがいまは金銭事情などどうでもいい。すぐそこに死が迫っているのだ。
それを次から次へと投げまくる。その度に爆発を起こす。
倒したとまではいかないが、せめて大傷を負っててくれ、と願いながらその煙の中で願う。
しかし、現実は残酷だった。
大傷どころかかすり傷一つ付いていない。
そしてもう一度、その怪物がこちらを向く。
鬱陶しい、お前から殺してやる、そう言っているように思える視線。
足が震える。身体が硬直する。
だがすぐに自分を鼓舞するようにあしを叩く。
「ふーーー。」
深く息を吐く。気持ちを固める。覚悟を決める。戦闘態勢に入る。
やってやる。
戦ってやる。
最後の最後まであがいてやる。
「来い!」




