22話 『後悔と憎悪に身を焦がして』
「はぁ、はぁ、」
僕が!僕が!母さんを殺してしまった!
後悔の念と恐怖が僕の心を覆っていた。
全力で走るしかなかった。母さんの最後の言葉が頭から離れない。
鉛のように重い足を全力で動かした。
どこに安全な場所があるかわからない。いや、もう安全な場所なんてないのかもしれない。
村は燃え、血のにおいが充満している。
何度も止まりそうになった。
だが、それでも足をうごかすしかなかった。
全力で逃げるしかなかった。
「うっ!」
なにかに引っかかった?
転倒してしまった僕は自身の足の方に目を向ける。
「ひぃっ!」
目を向けた先にあったものは、死体だった。
あたりを見渡すと多くの死体が転がっていた。
よく知っている顔、僕と同じくらいの子供の死体。
こんどこそ足が完全にとまってしまった。
だめだ!はやくにげないと!うごけ!うごけ!
自身の足を奮い立たせももう一度起き上がろうとする。あるかもわからない安全な場所を探しに行こうとする。
それでも僕の足は動かない。
くそっ!うごけ!うごいて!
その時だった。
見つかってしまった。あの血も涙もない、僕から全てを奪い去った怪物に。
やばい!逃げないと!
その怪物は不気味な笑顔を向けながら、恐怖で足がすくみ動けずにいる僕にゆっくりと近づいてきた。
まるで、怖がる僕を見るのを楽しむように、わざと恐怖の時間を長くしているように。
くそっ!くそっ!くそっ!
なんで!なんで!なんで僕が!こんな目にあわないといけないんだ‼
僕の心を支配する感情は恐怖から怒りに変わっていった。
黒い感情が心の中で渦巻いていった。
そして、怪物が僕の目の前に来る頃には爆発しそうなほど大きな感情が心を燃やしていた。
憎い
許せない
大切な人を殺したこの存在が
何気ない日常を壊したこの存在が
壊してやる
殺してやる
お前たちが僕の大切なものを奪うというのなら
僕もお前たちの全てを奪ってやる
コロス
黒い感情で心が支配されていく。それと同時に身体が、全身が燃えるようにあつくなっていった。
なんだこれ…、炎…?
僕の身体から黒い炎が飛び出した。信じられなかった。
こんな力が自分にあったのか?まるでモンスターを、いや憎い存在を蹂躙するための力。
あつい、全身がこげていくようだった。このままいけば僕は死ぬのかもしれない。
それならそれでいい。どうせここにいたらあいつらに殺されるのだから。それならあいつらを殺してから死にたい。
ミヲ、ココロヲ、イシキヲ、スベテヲ、ユダネロ
ニクインダロ、コロシタインダロ
ソレナラバスベテヲユダネロ
頭の中にこんな声が鳴り響いている。
これはきっと人の道を外れている。この声に従ってしまえばもう人間ではなくなってしまうのかもしれない。
それでもいいと思った。
どうせ人間として生きていたとしても僕には何も残されていない。
もういいんだ。
そう思った。
その力は強大だった。母さんを、村を壊していった怪物たちをいとも簡単に殺していく。蹂躙していく。
コロセ、コロセ
その声はしだいにおおきくなっていった。
「ハハハハハハ!!!」
今ならなんにでもなれる。何でもやれる。母さんを殺した怪物を殺せる。
意識を委ねればいい。意識があるうちに母さんを殺した怪物を皆殺しにしたかった。
でもそんな思いはどうでもいい。
この力に身を、意識を、自身の全てを委ねればもっと強くなれる。
委ねれば、楽になれる…。
それに伴いどんどん意識が遠のいていく。せめて母さんの仇を。
冷たい。寒い。
炎のなかにいるはずなのに氷のなかにいるようだった。
‥‥これでいい、これでいいんだ…
「させないっ‼」
はっ!
その高くて、よく響く声によって再び意識を取り戻す。
「その力にのまれてはダメ!あなたが人でいられなくなる!」
誰だ…?
「あなたには残されているものがあるでしょう!大切なものを失って悲しいかもしれない!憎いかもしれない!それでも、それでも!その力に身を委ねるのは間違っている!」
そう叫ぶのはまるで炎のように真っ赤な髪をした女剣士だった。
なにをいっているの…?この力があればあいつらをころせるんだ。
何が、今の僕に何が残されているのだろうか。
「僕にはもうなにものこってない!なら、それなら全部壊してやる!」
もうぼくには誰の声何の音も届かない。届かせやしない。
人間に悲鳴をあげさせていた怪物たちが発する悲鳴のような鳴き声も、その怪物たちが死んでいく音も、何も聞こえない。
そのはずだった。誰かの声なんて聞こえるわけがなかった。
なんとなくだが僕はこの力を理解し始めていた。
僕の憎いという感情がこの炎を燃やしている。それだけはわかっていた。
なら、それならば僕のやるべきことはこの感情に身を委ねることだ。
そうすればこいつらを殺せる。だからこの感情に身を委ねよう。そう思った。
だから何の音も聞こえるはずがなかった。心のうちから聞こえてくるこの憎しみの声しか聞こえないと、そう思った。
それなのに、その人の声は届いていた。
その声は僕の心に直接語りかけてくる。
コロセ、ジャマスルモノハスベテ
コロセ
「うぁぁぁぁぁぁ!」
冷たい。苦しい。僕が僕じゃないみたいだ。
「ジャマヲスルナ。」
身体を乗っ取られていく。今戦っているのはなんだ。今殺しているのはなんだ。
「まずい!」
「どうするの⁉この子はもう無理でしょ!じゃないとこっちがやられるよ!」
誰かが戦っている。何と戦っている?わからない。
この身に宿る炎が力を欲している。
それが直感的にわかる。
そこで僕の意識は途絶えた。




