1話 『僕には、夢がある』
夢があった。
人を救い、希望の光を照らすはまさに勇者。
何人にも縛られない、自分の力で未来を切り開く姿はまさに英雄。
そして、どんな状況であろうと、どんな凶悪な敵であろうと屈しない、その凛々しく気高い背中はまさに戦士。
モンスターが人を蹂躙するこの世界で僕が目指したものは―
夢とはいつも残酷だ。自分に届かないものほど欲しくなる。目指したくなる。その高みに手を伸ばしたくなる。自分に向いていることは他にあるのに、もっと無難で安全な道があるのに、用意されたレールがあるのに。
目指さずにはいられない。
溢れ出す衝動が、止まらない熱い想いが、僕を燃やす。
今やってることは無駄かもしれない。理想の姿にはなれなのかもしれない。そんな不安が常に付きまとう。
諦められたら、手放してしまえば楽なのに、諦められない。手放せない。
死んでしまいたくなるほどの葛藤であり、まだ死ねないと生きる意味でもある。
それが夢だ。
僕には夢があった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「うわぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ‼」
カルナ・シグルド、十五歳、職業 サポーター、は追いかけてくる大量のモンスターから逃げるため森林を駆け回っていた。
追いかけてくるモンスターはハイウルフ。名前のまんまの通りの狼型のモンスター。その強そうな見た目の割にモンスター特有のその凶暴さを除けば大した特徴があるわけではない。
実際、ハイウルフはランク付けされるモンスターの中で一番弱いとされているE級に指定されている。
適性が発現せず、力を授かることのできなかった僕でも一対一なら恐らく勝てるだろう。
だが、「塵も積もれば山となる」の言葉通りで、大群で襲い掛かってこられたら太刀打ちできない。
あの人たちはどこだ⁉
数十分前、僕は、自分を含め三人のパーティーでクエストをこなしていた。
クエスト内容はハイウルフの討伐。近隣の村を襲う危険があるため討伐要請が出された。
しかし、依頼してきた村を訪れ、目撃情報があった森を探索していたがいっこうに発見できないでいた。
「全然いねぇじゃねぇか。どこにいるんだよ。」
「せっかく手軽に稼げる依頼だとおもったのによぉ。」
同伴している戦士たち,いや、同伴させてもらっている戦士たちは苛立ちを隠せないでいた。
ぼくの職業はサポーター。戦士たちに同伴し、後方援護や、回復などを行い、戦士をサポートする職業だ。
これがまた重要な役割を担っており、サポーターの後方援護があったから達成できたクエストや回復が遅れたために失敗したという話はよく聞く。
それは高難度のクエストになればなるほどである。
だがそれはあくまで適性を発現させ、神によりモンスターに対抗しうるだけの力を与えられたサポーターに限る。
実際僕はパーティの足を引っ張ることはないものの、十分に活躍できているわけではなかった。
それでも僕はサポーターという役職をやめることはなかった。いや、やめることができないのかもしれない。
それはあの日、あの瞬間、自分の人生を大きく変えたある戦士との出会い。
絶望にのまれ、自分を失いかけたその瞬間、僕を闇から引きずり上げてくれた存在。
そこから少しずつ、そして今では自分を突き動かすほど大きくなったその想い。
『人を守りたい』
その想いがある限り僕はとまれなかった。たとえそれが身の丈に合っていない想いだとしても、ぼくはとまれなかった。
結果、今僕はモンスターの群れに追われている。
一緒に行動していたはずの戦士たちの姿は見えない。
なんで僕だけ⁉
モンスターは物事を考える理性などは存在せず、本能のままに人間を襲う。
つまり見つかった僕のことを襲ってくることは理解できるにしても襲われているのが僕だけというのはおかしい。
もし、行動を共にしていた戦士たちがモンスターに遭遇した場合、十中八九彼らは魔法を使うだろう。それこそがモンスターに対抗するために神から与えられた能力なのだから。
だが、魔法が使われた形跡もなにも感じられない。
ということは、考えられる場合は二通り。
彼らが魔法を使わずモンスターを撃退したか、もしくは彼らのところにはモンスターがいっていないか。
いずれにしてもこの数は尋常ではなかった。
はっ…、もしかして…
僕は背負ったバッグの中身を思い出す。
確か入っているのは…、回復薬数本、予備の剣、水分、モンスターの特徴が書かれた本、それから…
あの人たちにもらった紙袋。もしかして⁉
嫌な考えが頭に浮かぶ。
その考えに追い打ちをかけるように足が止まる。
「い、行き止まり…」
お、終わった…。
逃げ回っていたが、それも万事休す。モンスターに囲まれ、完全に逃げ場を失った。
《ファイヤーブレス》
その時だった。一つの火がモンスターを一掃した。
窮地に立たされた時、そこへ駆けつけさっそうと現れ、助ける。
運命の出会い。
そこからその存在へ少しでも近づけるようにと誰しもがうらやむような力を手に入る。
そして少年は誰よりも強くなっていく…。
どこかで聞いた夢のような話。
ぼくにもそんなことがあったらいいなと思った。
だが、現実はそんなに甘くない。
「よっしゃ‼一気に全部たおしてやったぜ!」
「やっぱり人は使いようだな。どんな奴でも正しい使い道があるってもんよ」
数メートル離れた先にはぐれたはずの戦士たちが気分よさそうに、そして僕を馬鹿にするように笑っている。
つまり、ぼくはモンスターたちをおびき寄せ、集めるための囮にされていたのだ。
はぐれる前に渡された紙袋、これはモンスターをおびき寄せるための肉だった。
「はぁ」
これがサポーターとしての僕の日常だった。