10話 『殺すことを躊躇うくらい彼女は優しかった』
「はじめまして。わたしはシレーヌ・ヴァーグといいます。シレーヌと呼んでいただいて結構ですよ。」
僕たちはクエストのために都市の外に出て少し歩いたところにある平原に来ていた。
「はじめまして…シレーヌさん。カルナ・シグルドといいます。僕もカルナでいいですよ。」
そこで僕たちはそんな風に自己紹介をしていた。
「呼び捨てでいいですよ。歳も見たところ変わらなさそうですし、それに今回のクエストは私のお願いでついてきてもらっているので…。といっても一番簡単な薬草採取なんですけどね…。」
「いやいや、こっちも一緒にパーティを組んでくれる人がいなかったから丁度良かったですよ。」
「そうですか…、それはよかったです…。」
……………………
会話が続かない…
そりゃあ無理に決まってるよ!今まで二人でパーティなんて組んだことないし、しかもよりによってもう一人は女性⁉それもかなりかわいい!
今までちゃんと話したことある女性なんてギルド職員のマリーさんと、師匠と、故郷にいた女の子たち。それから……母さん…?
終わった。ここで母さんを挙げてしまうほど僕は女性経験が少ないのか…。
いや、しかしここは僕から話しかけなければ…!さっきは向こうから話しかけてくれた。ならば次は僕からだ…!
「あの、シレーヌさん…。」
僕は勇気を振り絞って話しかけた。
「…はい?何でしょうか?」
シレーヌさんは少し不服といったような表情で返事をした。
呼び捨てで呼んだほうがいいのだろうか。いや、僕にはハードルが高すぎる。やめておこう。
「一つ聞いていいかな?どうして僕とクエストに参加しようとおもったの?」
「そ、それは…」
僕が何気なく聞いた質問に対して明らかに口ごもっている。
あ、ミスった。
僕は質問してから気が付いた。失態に。
あぁ、シレーヌさんが答えずらそうにしている…。ま、まさかほかの冒険者に強要されて?それとも罰ゲームか?いや、シレーヌさんがそんな子でないことを願いたい…。
「も、もしかして誰かに強要されたとか…?」
「い、いえ!そういうわけではだんじてありません!えっと、私、適性が発現したのがつい最近で能力を手に入れたのも本当に最近なんです。だから、戦士になってなにをどうすればいいかわからなくて…。」
よ、よかったぁ…。別に無理して僕と組んだわけではないのかぁ。
彼女の返答に少なからず安心を覚える。
いや、待てよ。じゃあ何で僕なんだ?その疑問をそのままぶつけてみる。
「それなら尚更どうして僕なんかを?初めてならサポーターじゃなくてほかの戦士たちと行動するのがセオリーじゃあ?」
「そ、そうなんですけど…。」
「?」
「その、他の戦士たちはどこか威圧的で怖くて…。それに初心者向けの薬草集めに同伴してくれる人なんていなくて…。」
彼女の説明を聞いて納得をした。それはそうかもしれない。
戦士たちは常に命を懸けているが故にどこか一般人とは違う雰囲気を醸し出しており、僕と同じくらいの女の子が一人で全く知らない人のパーティに入るのはかなり難易度が高い気がする。
その点、僕は見た目はどこかなよなよした感じで弱そうで確かに戦士たちに比べたら話しかけやすいのかもしれない。でもそんな選び方でいいのか?
「でも、僕すごい弱いよ?」
謙遜でもなくありのままの事実を伝えた。
「え、でも噂では……、きゃ、きゃぁっ!」
せっかくいい感じに会話が続きそうだったのに…少し残念に思いながら彼女の目線の先を見ると、そこには二頭のハイウルフがいた。
先日の生き残りか、ハイウルフなら一対一に持ち込めば何とかなる、そう思い、恐らく初めての戦闘であろうシレーヌさんに指示を出す。
「僕は右の方を相手します!シレーヌさんは左の方をお願いします!」
そう言い放ち、戦闘に入る。
いくら低級モンスター一匹、怪物の森林での戦闘を経験した僕にとって脅威であることに変わりはない。
僕は腰に装備してある短剣を抜き、戦闘態勢に入る。
ハイウルフはモンスターの中でも知能が低い部類に入り、目の前にいる敵を本能のまま襲ってくる。
だから二手に分かれるのは容易であった。僕は右側にダッシュし、一方を引き付ける。
よし、うまく誘導できた…あとは定石通り倒すだけだ…!
ハイウルフの武器はその鋭くとがった爪である。神に能力を分けてもらった者ならともかく生身で戦っている僕がその爪で攻撃を受けたら恐らく致命傷になる。
といっても、それを防ぐために防具を装備しているので大きな問題はない。
正面から向かってくる相手に対してそれをきれいにかわす。
そしてかわすのと同時に首を一切り。
『ヴゥアアアアァァァ』
ハイウルフが苦しむように吠えた。
そして怒り狂ったようにさらに突進してくる。さっきよりも動きが速い。
僕はそれも難なくかわす。ずっと続けてきた修行が確実にいきていた。
〈モンスターは本能のままに攻めてくるの。知能の高いのも時々いるけど大概はそう。だから相手をよく見て。そして動きを予測しなさい。〉
モンスターと対峙するといつも思い出される懐かしい記憶。今の自分を支えてくれている剣技を授けてくれた師匠の言葉。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
真正面から突っ込んでくるハイウルフの足に攻撃を繰り出す。
『ヴルルルァァァァ!』
痛みを感じていてもひたすら攻撃してきたモンスターの動きが止まった。
ここ!とどめだ!
手の力を緩める。力が入りすぎると逆に剣に力が伝わらず。うまく切れない。
そのまま剣の重みを利用し、一撃目にダメージを与えたところに一振り。
「はぁはぁはぁはぁ。」
ハイウルフは動かなくなっていた。
あの日以降、どこか戦い方に変化が表れていた。つまり、前までなかった余裕が現れていた。モンスターを見ればテンパってしまっていた以前と違い、今までにないほどの死線をくぐった今は戦いの中で修行の時と同じくらいの思考をめぐらすことが出来るようになっていた。
こんなちっぽけなことではあるけれど、自身の成長を感じることが出来るのが嬉しかった。
シレーヌさんはどうだろうか。もう倒して僕の戦いをみているかもしれない。
ま、待てよ。モンスターが急に出てきたという事態だったとしてもサポーターである僕が、戦士の彼女に指示を出してしまった。
モンスターを倒し、冷静になった頭で自分の行動を顧みて後悔していた。
さすがにシレーヌさんはそんなことで怒らないと思うけど……
いやでも…
頼む…!怒ってないでくれ…‥‥‥‥!
恐る恐る彼女が戦っているであろう方に目を向ける。
しかし、そこには僕の予想とは全く違う光景が広がっていた。
シレーヌがひたすら逃げ回っていた。
「カルナさぁぁぁぁぁん‼助けてくださぁいぃぃぃぃ!」
そう言いながらひたすら走り回っていた。
な、なんで…?
彼女は確かに戦士だと言った。ここでいう戦士とはギルドで戦士登録した人のことを言う。
ギルドでの戦士登録の条件はたった一つだけ。適性を認められ、神から能力を授かっていること。
つまり、シレーヌさんも少なくとも神から何かしらの能力を授かっているわけで、間違ってもハイウルフのような低級モンスターに負けるようなことはないはずだ。
「だ、大丈夫ですかぁ⁉」
「大丈夫じゃないですぅ‼ひぃやぁぁぁ‼」
頭が混乱していたがとりあえず彼女のもとへ向かう。
ハイウルフはシレーヌさんしかみえていない……なら…!
シレーヌは必死に逃げていた。
怖い、怖い、怖い!
後ろからいかにも狂暴そうな狼の強化種のような怪物が追いかけてくる。
カルナの方を見ると何が起こっているかわからない、というように戸惑いながらこっちを見ている。
「カルナさぁぁぁぁぁん‼助けてくださぁいぃぃぃぃ!」
今自分が出せる最大の声であらん限り叫んだ。カルナはよくわからないという風に、大丈夫ですか?と返してきた。
大丈夫じゃないってばぁぁぁぁ!
心の声が漏れてしまう。足がどんどん回らなくなってきた。
彼女の身体は神からの能力献上により機能が飛躍的に上がっていた。だからこそいま足の速いハイウルフからも逃げきれている。それでも限界はある。
モンスターに追いかけられているという恐怖が身体の疲れに追い打ちをかける。
疲れと恐怖にシレーヌの足はもつれてしまった。
そのまま前に転倒する。
後ろからはそんなのお構いなしにハイウルフが迫ってくる。
もうすぐそこにハイウルフが来ている。鋭い爪を輝かせながら迫ってくる。シレーヌは目をつぶる。
もう、ダメ………!やられる…
しかしその攻撃はいつまでたってもやってこなかった。
恐る恐る目を開けるとそこには血を流したハイウルフの死体と一人の少年が立っていた。
「大丈夫…?」
カルナのシレーヌを心配するような優しい声が耳に響く。その声が届き、生きていることを実感する。
「カルナさぁぁぁぁぁん!」
シレーヌは泣きじゃくりながらカルナに抱きついた。
「ちょ、ちょっと、シレーヌさぁん⁉」
カルナは顔を赤らめながらモンスターに遭遇したときと同じくらい、あるいはそれ以上に慌てていた。




