マッチ!
……マッチングゲームって知ってる?
同じ色の玉を三個つなげると、球が消えるってやつ。
あれに、どっぷりハマった私。
つまらない日常をかえてくれた、夢中になれるゲーム。
時間を忘れて、熱中できるゲーム。
うるさい親を無視して、没頭できるゲーム。
友達なんかいなくても、ゲームさえあれば、幸せ。
朝から晩まで、玉を揃えて、消して。
三個以上で消しては、テンション上げて。
何度も連鎖しては、歓喜の雄叫びをあげて。
歩きスマホで、道路に飛び出しちゃって。
まさかの工事中の穴にはまって、打ちどころが悪くてご臨終。
ヒビの入ったスマホに手を伸ばすも、すり抜けちゃって。せっかく、七連鎖してたのに、ご褒美アイテムのガチャも引けず。
死んじゃったことより、ゲームの続きができないことを、嘆き、悲しみ。
なんでマッチできないの?なんで次のステージに行けないの?なんでシークレットまであと二玉だったのにこういうことするの?開発者ともスペースでお話したのに、トップアスリートにもなったのに、アップデートも近かったのに、攻略本も出ること決まったのに、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……!
ちょっと、後悔?憤怒?しすぎちゃった、みたい。
……おかしなことに、なっちゃった。
「あ、黄色、発見!あっちの黄色と合わせて…、よし、右から黄色がくれば!」
フワリフワリと、宙に浮く私が見つめる先には、頭の上に、カラフルな玉をのせた、人、人、人、人……。
私は、黄色い玉の乗ったおじさんを、手前の交差点に移動させた。信号の向こう側から渡って来るのは、黄色い玉の乗ったおじいちゃん。
右の方から、黄色い玉をのせた学生さんが自転車でやってきた。
3つの玉が、横一直線に、並んだ。
────ピコーン!
軽快な音が鳴って、黄色い玉が、消えた。
────しゅっ!
微かな音がして、おじさんと、おじいちゃんと、学生さんが、消えた。
私、マッチで、消せるようになったんだ、人を。
……はじめはね、頭の上に、見たことある玉が乗ってるなあって、ボーッと見てたんだ。
ある時、たまたま、色が揃ったのを見かけたんだ。
ちょうど、歩いてきた人の色が、信号待ちして立ち止まっていた人たちと同じだったんだよね。
あ、同じ色が3つ揃うな、そんな風に思ったら。
懐かしい、マッチの音が聞こえてきて、テンション、上がった。
「え?……うそ!」
人が、消えたのを見て、テンション、下がった。
頭の玉を三個揃えると、人が消えちゃうって知った。
すごく、怖くなった。
でも、その瞬間、頭のなか?に、消えた人たちの人生が、流れ込んできた。
なんというか、走馬灯みたいな、やつ?
それなりに人生を送った人。
幸せな人生から転落した人。
ずっと小さな不幸せが付きまとっていた人。
幸せが続くと思っていたのに突然終わった人。
努力が実らなかった人。
誰かに人生を狂わされた人。
……みんな、最後は、悔やんでいた。
この、人通りの多い交差点を行き交うのは、死者たち、だった。
消えることで、成仏できてるのかなと、思った。
はじめは、偶然同じ色が並ぶのを見ていたんだけれど。
「ああ…、あのお兄さんがこっちにくれば、そろうのに!」
青い玉をもつお兄さんが、離れていくのに苛立ったわたしは、手を、伸ばした。
「え?…うそ!動かせる!」
自由に動き回る人の、頭の玉に触れると、自由に動かす事ができると知った。
私は、人を動かして、玉を、消すことに夢中になった。
玉の色は、人生の色だった。
黒は、闇に染まって死んだ人。
白は、病気を恨んで死んだ人。
赤は、他人を妬んで死んだ人。
青は、悲しみに包まれて死んだ人。
緑は、自分を失くして死んだ人。
黄色は、自分の過ちに気がつかないで死んだ人。
他にも、いろんな色があり、たまにしか現れないレアな色もあった。
成仏できない、かわいそうな人たちを、どんどん、消した。
まるで、救世主にでも、なった気分だった。
さ迷う魂を、救っているような気がした。
……自分の間違いに気がついたのは、一人のおばあちゃんを消した時だ。
幼いときから、孤独に付きまとわれた、かわいそうな、おばあちゃん。
一人でいい、自分と共にいてくれる誰かが欲しい。
そう願い続けて、孤独に人生を送った、おばあちゃん。
走馬灯の姿を見て、はっと気がついた。
この、おばあちゃんの、若い頃の、姿。
……見覚えが、ある。
人に人生を狂わされた、おじさんの走馬灯に出てきた女性だ。
人助けだと思って、容赦なく消しまくっていた私は、消した人が、初めからいなかったことになる事を、知った。
後悔するような人生を送るのであれば、はじめから生まれなければ良かったのだという、究極の、救い。
悔やんだ誰かは救われたかもしれないけど、また、別の悔やむ誰かを、生み出している。
……ああ、だから、この交差点には。
悔やむ人たちが、いつまでたっても、あふれているのか。
消そうか、消さないでおこうか、悩むようになった。
安易に人を消せなくなった私は、玉の色を絶妙にずらしながら、集めるようになった。
……一人消したら、また一人、新たな人が。
人を消さないように、同じ色の玉が集まらないように、整頓する事にした。
ゲームをやりこんでいたからか、同じ色を二個づつかためて、並ばせていく。
……いざとなったら、連鎖で一気に消せるように。
どんどん、交差点が、埋まってゆく。
積み上げゲームのように、交差点がいっぱいになったら、ゲームオーバーになると思っていたのだけれど。
いつまでたっても、ゲームオーバーには、ならない。
みっちりと埋まる、交差点をみて、途方に暮れた。
ここまで積み上げてしまうと、連鎖する勇気が、出なくなったのだ。
一気に消せば、一気にここに来る人が増える。
自分のしでかした事に、恐怖を感じた。
逃げ出したくなった。
人たちが見えない場所に行こうと、空を飛んだ。
だけど、どれだけ飛んでも、違う場所には行けなかった。
人たちの、カラフルな玉の、見えない位置には、行く事ができなかったのだ。
逃げられない。
私は、この、人が溢れる場所で、他人の後悔を昇華し続け、他人の人生を弄び、他人の人生を見せつけられ、自分の人生を送ることもなく、ここで、永遠に……。
「あ、あああああああ!」
頭を、抱えて、叫んだ、時。
指の先に、つるりとしたものが、触れた。
私の、頭の、上に。
玉が、乗っている。
私は、プレイヤーでありながら、ゲームのパーツでもあったようだ。
玉を手に取る事はできず、色を確認することはできない。
けれど、私は、この玉の色を知っている。
なぜ、こんなところに来てしまったのか。
なぜ、こんなところで頭を抱える事になったのか。
なぜ、こんなところを抜け出せないのか。
自分が消えたら、ここにいる人たちも消える。
自分が消えたら、ここにくる人たちも消えるかもしれない。
カラフルな玉は、連鎖消しできるように積み上げられている。
連鎖の、着火となる玉の色は、……黄色。
私は、黄色い玉を頭の上にのせたおばさんとチビッ子の横に、並んだ。
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────連鎖ボーナス!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────連鎖ボーナス!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────連鎖ボーナス!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────連鎖ボーナス!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────ピコーン!
────連鎖ボーナス!
────ハイスコアボーナス!
ボーナスを、付与します!
夢をゲット!
目標をゲット!
学びをゲット!
思いやりをゲット!
縁をゲット!
逆行をゲット!
誰もいなくなった、交差点を見ながら、私は……。
「ほのか!あんまり頑張りすぎないで!いくらテスト前だからって、根詰めたらダメなんだよ?!」
「うん、あと一頁で終わるから。」
小さい頃、見知らぬお姉さんに転んだところを助けてもらった私には、夢がある。
テキパキと怪我の手当てをしてくれた、お姉さんのようなお医者さんになることだ。
何かあったとき、行動できるような、りっぱな大人になりたい。
困っている誰かを、助けてあげたい。
私は、その夢を叶えるために、日々邁進しているんだ。
……よし、今日のノルマ、達成!
下に行って、お母さんのごはんたべよ!
「あ、お姉ちゃんきた!」
自室から出て、階段を降りていくと…、テーブルでスマホゲームをしている妹が声をかけてきた。
「もう!ゲームばかりして!来年は中学生なんだよ、もう、いいかげんゲームは卒業したら?」
最近スマホを買ってもらった妹は、このところマッチゲームにはまってるみたいなんだよね。
同じ色を3つ揃えて消すやつ?
私も、スマホを買ってもらったばかりの頃、一時期ゲームにハマりそうになったから、気持ちはわからないでもないけど。
小学校卒業と共に、ゲームの類いは全部卒業したんだよね。
仲良しが歩きスマホして足の骨折っちゃったから、怖くなったっていうか。
「わかったー、これ五連鎖したらやめる!」
「もう!」
テーブルの上には、おにぎりののった、お皿。
お母さんが作っておいてくれたみたい。
「いただきま~す!」
ぴっちり海苔の巻かれたまんまるおにぎりが、3つ。
全部たべちゃお!……おいしい!
「お姉ちゃん、それ全消ししたら、宿題教えてね!」
スマホを閉じた妹にお願いをされた、私は。
おにぎりをかじりながら、にっこりと笑顔を、むけた。