商売はしない
中天に座した太陽が少しだけ歩を西に進めた頃、その下を飛んで行く影が一つ。
その、『巨大』と称するに足る影は鳥の姿をしており、その背を見る事が出来る者がいれば、そこに一人の女性と一匹の狼の姿がある事に気付いただろう。
「今日はお仕事早く終わったねぇ~」
巨大な鳥の背に乗る女性は、その高さと速さに怯える事も無く、巨鳥の姿に畏れる事も無く、ごく親し気に鳥の背を撫でる。
それを見ていた、女性に背を預けられていた狼が、その顔を女性へと寄せ鼻先を女性の頬に擦り付ける。
「おや~、ポチも撫でて欲しいのか~? 可愛い奴め~」
そう言いながら体を捻ると、今度は狼の首筋をわしゃわしゃと撫でた。
撫でられた狼は気持ち良さそうに目を細め尻尾を揺らす。
そんなやり取りをしているうちに、大きな森と、その中に一際高く聳え立つ一本の樹が見えて来る。
「樹さんが見えて来たね~。やっぱりぴぃちゃんはサラマンダーなんかよりずっと早いね!」
そんな、聞く人が聞いたらトラウマを掘り起こされる様な言葉を口にする女性を乗せて、巨大な鳥は遮るものの無い空を真っ直ぐに、その樹に向い飛んでいくのだった。
§
男性の襟足から首を出していた蛇が、何かに気付いたかのように鎌首をもたげる。
「帰って来たね」
襟足から蛇を生やした男性が机から視線を上げると、窓の外へ視線を巡らす。
その視線の先には、今まさに庭へ降り立たんとする巨大な鳥の姿があった。
「飯の準備するからイチさんは下りてね」
そう声をかけると、その言葉を理解したのか、『イチさん』と呼ばれた蛇が襟足から這い出し床へと降りる。
イチさんが下りたのを見届けてから、男性は部屋を出て台所へと向かっう。
その後ろを追いかけた蛇は、部屋から出ると器用にその扉を閉めるのだった。
§
居間を通り抜け、カウンターキッチンの内側で鍋を火にかけていると、扉の開く音がして、誰かがパタパタと駆けて来る音が聞こえる。
「『ひろ』、ただいま~!」
そんな声と同時に、今と廊下を繋ぐ扉が開かれる。
扉を開いて入って来たのは、先程巨大な鳥の上で狼と戯れていた女性だった。
「おかえり、『ふみ』。少し早いね」
『ひろ』と呼ばれた男性が、女性に向かってそう声をかける。
その声に、『ふみ』と呼ばれた女性は、にへらっと相好を崩す。
「うん ポチとぴぃちゃんのおかげだねぇ」
肩に止まった文鳥に頬擦りしながらしゃがみこみ、足元に控える狼の頭を撫でる。
気持ち良さそうに目を細めている二匹を眺めて微笑みを浮かべながら、ひろが声をかける。
「少し早いけど食事にしようか、今日はもう家でゆっくり出来るんだよね?」
スープの鍋をかき混ぜながら、ひろがふみに問う。
「うん! 今日はもうお家でゴロゴロするよ」
テーブルに腰掛けたふみがテーブルに突っ伏すと、気持ち良さそうなだらしのない顔になる。テーブルの冷たさが心地良いようだ。
そんなふみを眺めながら、ひろは手早く食事の用意を整えて行く。
「で? 今日の仕事はどうだった?」
パンを千切りながら、ひろが問う。
「ん~、やってる事はいつも通りかなぁ。思ってたより近くに固まり始めてたから、浄化の度に移動するのが短くてすんだ感じ。それで早く終わったの」
スープをすくう手を止め、ふみが答える。
「早く終わったのは嬉しいけど、あと一週間も放置されてたら危なかったかもね。今回のは四つ位だから、『大氾濫』とまではいかなかったと思うけど」
「そっか、それはお手柄だったね」
そう言いうと、ひろはふみに手を伸ばし、その頭を優しく撫でる。手入れの行き届いた髪はサラサラと指を通し、ひろの指にも心地良い感触を伝える。
「えへへ~」
当のふみはと言えば、頭を撫でられる感触に、ふにゃりと相貌を崩すのだった。
§
この世界、『アルスート』には、『淀み』と呼ばれる現象が存在する。
空中に浮かぶ黒い渦の様なそれは、どこから来たのかも、どうやって発生したのかも謎に包まれたままだ。
わかっているのは、その渦からは『魔物』と呼ばれる、六総のいずれにも属さない異形の者が生み出される事。
淀みから生み出された魔物は、周囲の生有る物を無差別に襲うという事。
そして、幾つかの淀みが重なった場合、生み出される魔物の数、速度が飛躍的に上昇し、場合によっては『大氾濫』と呼ばれる事象が引き起こされる事。
そして、過去においては、この大氾濫によって幾つもの都市が滅んだという事。
また、淀みを浄化した後に残された暗石と呼ばれる物体が、精製する事で魔力を抽出する事が出来る事。
精製された暗石を人々の生活で利用される設備や機械の動力として用いる技術が開発されてより現在まで、『淀み』とは人々の生命を脅かす存在でありながら、人々の暮らしに無くてはならない、矛盾した存在となっていた。
現在、世界には『大陸間浄化互助機構』という組織が設立されている。
淀みを探知できる能力を持った『|捜索者』と呼ばれる人間。実際に現地へ赴き浄化作業を行う『|掃除人』と呼ばれる人間。
そして、それらを支える事務方等で構成されるこの組織は、三総の大陸に本部を置き、六大陸全てのあらゆる都市、町村に支部を置き、淀みの探索、浄化。暗石の売買を行っている。
捜索者になるには資格試験が必要となるが、掃除人については特に規制は無く、成人した者であれば誰でも登録する事が可能である。
ふみはこの世界に転移した後に掃除人として互助機構に登録し、一年程経過した今では、全掃除人の中でもトップクラスの成績を上げている凄腕掃除人として知られており、その容姿も相まって『浄化の光姫』とも呼ばれるようになっていた。
§
(徒歩で十日もかかる所に在る淀みを、一時間で潰しにいけるしなぁ)
目の前で行儀良く食事を取るするふみを見ながら、ひろは思考する。
その行動範囲と移動速度、そして浄化にかかる時間の短さから今の実績を誇っているが、ふみ本人の能力は一般人と変わらない。
その並外れた実績は、偏に常にふみに付き従う二体の眷属の力によるものだ。
ふみに付き従っている二体を含めて、二人は六体の眷属に守護されて生活している・先程『イチさん』と呼ばれた蛇もそのうちの一体だ。
『六総』と呼ばれる、この世界を統べる六柱の存在。その分身体であり、一体でも一国の軍隊を滅するだけの力を持った神獣。
ただの人間である二人が、その六総の分身体を眷属として従えているのには、些かの理由が有る。
六総を生み出したと言われる二柱の意志。双創と呼ばれる存在が、ある時手違いから別次元の存在である二人をこの世界に招き入れてしまう。
異世界の日本と言う国に住んでいた二人を元の場所に戻す術は無く、双創は二人がこの世界で暮らしていくために、『特別な』力を与えた。
始創が『東 文乃』に与えた力は、この世界に存在する全ての意志ある存在を従える事の出来る【従属】
終創が『榊 和弘』に与えた力は、思い描いた全ての意思なき存在を、時間や空間すら飛び越えて呼び出す事の出来る【召喚】
その力を与えられたとき、何気なしに行使された文乃の【力】は、この世界の創造主である双創すら自らの眷属とする事が出来てしまった。
眷属となった双創に対し文乃がお願いしたのはただ一つ、
『ひろと二人で、平和に暮らせること』
その願いを聞き届けた双創は、所謂人間の住まう三総の大陸、その王都から程近い ―― と言っても人間の足で徒歩三日程度はかかる ―― 深い森の中に二人の住まう土地を用意し、守護者として六総の分身体を眷属として遣わしたのだ。
ひろはそこに、自らの能力で家を建て、田畑を切り開き生活の基盤を整える。ふみはその間にこの世界の事を学び、掃除人として身を立てる事を思い立ったのだった。
当初ひろは反対していたが、ふみのお願いに抗う事が出来ず、自分か眷属が同行する事を条件にそれに同意した。
最初に何回か同行し、眷属の力とふみの判断力を確認してからは、仕事はふみと二匹の眷属に任せ、ひろ自身はもっぱら自宅とその周辺の開発に専念している。
§
「そういえばさ」
「ん?」
食後のお茶を飲んでいたふみが、思い付いたかのようにひろに尋ねる
「ひろは商売とかしようと思わないの?」
質問の意図を図りかねてひろが首を傾げる。
「だってさ、ひろみたいな能力を貰った人は、その力で色々呼び出して、それを売って大儲けして~みたいな話になるでしょ?」
「あ~」
以前に読んだラノベの事を言っているのだと気付き、得心がいったと声を漏らすひろ。それから顎に手を当てると少しだけ思考し考えを纏める。
「それも考えなかった訳じゃぁないんだけどね」
「うん」
「考えた結果、『必要無いな』という結論に至った。理由は他にもあるけど、それが一番大きいかな」
「はい?」
今度はふみが首を傾げる番だった。
「まずさ、商売をする理由の一番大きな目的は、金を儲けることだよね」
「うん」
「で、金を儲けたい最大の理由は、『何かを買いたい』とか、要は『金を対価に手に入れられるものを手に入れたい』からと言う事になる」
「ん~、そうだね」
「で、ふみもさっき言ってた通り、俺の能力をは色々召喚出来る。言い換えると、『金を対価に手に入れられる物』は全て召喚出来てしまう訳さ」
「あ~」
「だから、今は街なんかで買い物をするときの為に、ふみに仕事をして貰っているけれど、極論してしまえばそうやって外貨を稼いでもらう必要も無いのさ」
「む~」
自分の仕事を無駄と言われたようで、ふみが頬を膨らます。
そんなふみをの頭に、ひろが苦笑しながら手を伸ばす。
「誤解しないで欲しいのだけれど、あくまで『極論したら』の話だからね? この世界の物はこの世界で買った方が経済的にも効率的にも良いし、何よりふみが楽しそうに仕事をしているのを見るのは俺も嬉しいよ」
そう言いながら頭を撫でると、ふみは一瞬でだらしい顔になる。
「うへへぇ~」
「ふみ、ちょっと他人には見せられない顔になってるよ」
「ひろ以外には見せないからいいんだよ~」
「そっかそっか」
そうして、暫しお互いの感触を堪能すると、元の姿勢へと戻る。
「それで、『一番大きい理由』って言ってたよね? 他にも理由はあるの?」
「そうだな……これはあくまで俺の感情の話になるのだけれど」
「うん」
「『俺個人の能力で賄うような商売はするべきではない』というのがあるね」
「どゆこと?」
またもやふみが首を傾げる。
「確かに、俺の能力を使えばこの世界には存在しない物、例えば化学的に合成、精製された物も簡単に、際限なく呼び出す事が出る。良くある話だと塩とか砂糖、薬品、化粧品の類だね。酒や加工食品なんかも含めて良いと思う」
「ハ・カ・タ・の・塩! って奴だね」
日本で見たCMを思い出してふみが合いの手を入れる。
「ちなみに、ハカタの塩の『ハカタ』は、福岡県の博多じゃなくて、瀬戸内海にある愛媛県の伯方島の事だね」
「えっ! そうなの?」
「ああ、ちなみに、製造工場は伯方島の他に、大三島にもあるし、伯方の塩の原料である塩田塩は、メキシコやオーストラリアから輸入してる」
「はいぃっ!?」
「日本の法律では、『そのものになった』のが国内であれば、国産を名乗れる事になっているからね」
「んん~?」
ふみが首を捻る。
「伯方の塩を例にすると、輸入した塩田塩を日本の海水で溶かして、そこから再結晶させて『伯方の塩』という製品になるんだけど、この『製品になったのが』国内の工場なので『国産の加工品』という表示になる訳だね。厳密に言えば色々と細かいんだけど、大雑把なイメージはそんなところだと思って貰えれば」
「わかったようなわからないような……」
「濃縮果汁を輸入して、国内で発酵させれば『国産ワイン』というのも、まぁ同じ理屈だね」
「えぇ~」
少しの間、ショックを受けた様な顔をしていたふみだが、直ぐに気を取り直す。
「そういえば、塩と言えば岩塩もあるよね? どうせ売るなら、岩塩の方が美味しくて売れるんじゃないかな?」
「そもそも商売はしない前提なんだけど、岩塩ねぇ……」
あまり気乗りしない様子でひろが応じる。
「どしたの?」
「岩塩であればこの世界にもあるだろうし、大儲けの商売とはならないだろうなぁというのが一つ。それと、良く言われている事ではあるけれど、精製された海水塩、所謂食卓塩だけど、それと岩塩に味の違いは無いんだよ」
「ええ~っ!? だってみんな『岩塩の方が味がまろやかで美味しい』って言ってるよ?」
「岩塩は食卓塩と比べて粒子が大きいから、舌の上で溶ける速度がゆっくりになるんだよ。だから、塩辛さがゆっくりと伝わって、その結果まろやかに感じるんだ」
「そうだったんだ……」
「溶けるのがゆっくり=味が染み込みにくいという事で、食材の下味をつけるのや漬物には不向きと言うのもあるね」
「ふぅん……」
ひろの言葉に何事か考え込んでいたふみが、何かに気付いたように顔を上げる。
「あ、岩塩にはミネラルが豊富って聞いたよ? 健康にも良いんじゃないかな?」
ふみの言葉に、ひろが首を捻る。
「そもそも『ミネラル』って何か知ってる?」
「えっ? ミネラルはミネラルじゃないの? 『必須ミネラル』って聞いたこともあるし、なんか体に良さそう! って感じがするよね」
ひろの言葉に小首を傾げるふみ。
「まぁ、ミネラルという言葉の定義は置いておくとして、岩塩で言う所のミネラルっていうのはマグネシウムの事を指す事が多いけど、岩塩は結晶化する際にナトリウム層やマグネシウム層に分かれていて、そのナトリウム層を採掘するから、岩塩にミネラルが含まれている事はほぼ無いと言って良いだろうね。逆に含まれるミネラルは海水塩、伯方の塩とかだね、そちらの方が多いと言う話もある」
「ええ~……」
「後は、例えばピンク岩塩なんて言われている岩塩は、見た目がピンク色でいかにも色々含まれていそうに見えるし、鉄分が豊富と言われているけれど、あれは鉄は鉄でも赤鉄鉱の色であって赤鉄鉱は体に吸収されない。他の色付きの岩塩も大体同じようなものだね」
「そうなんだ……」
「基本的に、岩塩に含まれるミネラルについては、味や健康に影響するほどは含まれていないと思って良いし、そもそも健康に影響があるほどのミネラルを摂取する為に塩分を摂取すのは本末転倒じゃないかな」
「あれ、ヒマラヤの岩塩に甘味があるっていう話は?」
「確かな事はわかっていないけれど、岩塩に含まれている苦みの成分が舌を刺激して、相対的に甘味が引き立つので甘味を感じる。というのが今のところの見解らしいね。塩をかけた西瓜が甘く感じるのと一緒だね」
「なんだかなぁ~」
「まぁ、なんでもかんでも岩塩を使って『岩塩は美味しいです』とか言ってる自称料理人なんかは正直眉唾物だね、広告料でも貰ってるんじゃないかな。とにかく、岩塩には岩塩の、食卓塩には食卓塩の良い所も悪い所も有るから、それを理解した上で使い分けるのが大事じゃないかな」
「そうだね」
「余談だけど、『三温糖』は色が違うだけで上白糖と成分は一緒、黒砂糖とは別物だよ。メイラード反応、要は焦げて色がついてるだけ、プリンのカラメルと同じだね」
「もうお腹いっぱいです……」
畳み込まれる新事実に頭から湯気が出そうになりながらテーブルに突っ伏すふみ。ひろはその頭を撫でながら苦笑するのであった。
「話が逸れてしまったけれど、商売の話だね」
ややあって、ふみが復活したのを確認してから、ひろが話を続ける。
「さっきも少し言ったけれど、『俺個人の能力で賄う商売はするべきではない』というお話だね」
「うん」
「良くある話ではあるけれど、塩や砂糖、化学合成された化粧品や日用消耗品なんかは、確かに売れば評判になるだろうし大儲けも出来るだろうね」
「うん」
「その他、俺達は日本の生活水準を知っているので、この世界の不便さを感じるが、同時にその不便さを解消する手段を知っている」
「うんうん」
「この家なんかはその最たるものだろうね。はっきり言って、どんな王侯貴族の屋敷よりも便利で快適な空間だし、やろうと思えばそれこそ屋敷どころか城にだって適用する事は可能だ」
「エアコンにガスコンロにガス給湯器、LED照明にウォシュレット。この世界の人達から見たら夢のような空間だよね~」
「あ、ウォシュレットはTOTOの登録商標だから、一般名詞としては温水洗浄便座とした方が良いな」
「は?」
「宅急便と一緒だね」
「また話がずれるよ~」
「おっと」
「まぁ、そんな訳だから、全く問題が無い訳では無いけれど、商売して大儲けしていずれは国どころか世界一の大商会に! っていうのもあながち不可能な話ではない」
「でしょでしょ」
「ただし、俺が生きている間の話だけどね」
「えっ?」
「だから、俺が生きているうちは俺が商品を生み出せば良い。でもその後は? 俺の子供達が商会を引き継いだとして、どうやって商品を調達する?」
「あ……」
「俺が商品を生み出すって事は、俺が居ないと商品が生み出せないって事だから、俺が死んだら商会には商品が無くなってしまうという事だね」
「そう……だね」
「それを見越して大量に在庫を生み出しておくことは可能だけれど、それも無限では無いから、いずれは底をつく事になる。そうなったら商会は終わりだ。あっという間に閑古鳥が鳴いて屋台骨が揺らぐどころか、あっという間に倒壊って事に成り兼ねない」
「あ~」
「そんな訳で、とっかかりはそれでも良いと思うんだけど、いつまでもそれだけじゃ将来が無いからね。そうなると、この世界でも調達、製造の出来る何かを見つけないといけなくなるのだけれど、正直そこまでするのは面倒臭い」
「そっか~」
「まぁ、将来を見据えるなら、品物そのものでは無くて、技術や知識を提供する方が建設的って事だね」
「言われてみるとそうかも」
ふみの返事を聞いたひろが、自慢げな顔で何物か取り出しテーブルの上に置く。
「そんな訳で、『算盤』を作ってみた」
「なんで!?」
「いや、本当は電卓を作ろうと思ったんだけど、あれ結構面倒なんだよね」
「面倒なのはわかるけど、なんでそこから算盤になるの?」
「いや、この世界って未だに手計算しってるっぽいし? 熟練者になれば下手に電卓使うより計算早いし? 技術革新的な何かになるんじゃないかな~って思って。さっきも言った『知識の伝道者』的な?」
ドヤ顔で語るひろの言葉に、ふみは溜息を吐く。
「で、誰が教えるの?」
「え?」
「『えっ?』じゃないよ! 確かに算盤に慣れてる人の計算は早いよ? でも最初は使い方を教えなきゃいけないでしょ? 誰が教えるの? ひろが教えられるの? 教えるとして、片落とし? 両面落とし? そもそも九九から教える必要があるんじゃないの?」
「うっ……」
ふみの追及に、ひろはたじろがざるを得ない。
「それと、言い難いんだけど……」
「な、何かな……」
「地球の算盤の歴史って、紀元前にまで遡るんだよ? 流石にそれに近い物は存在してるんじゃないかなぁ」
「なん……だと?」
ふみの言葉に虚をつかれるひろであったが、ややあってがっくりと項垂れてしまう。
「いけると思ったんだがなぁ……」
下げられたひろの頭を、今度はふみが苦笑しながら撫でて上げる番だった。
§
「そう言えば」
ややあってひろも持ち直し、ソファーに二人並んで座りながら二人で寛いでいると、ひろが声を上げる。
「ん?」
「異世界で商売をする系のお話で、日本と異世界を行ったり来たりするパターンのお話があるでしょ」
「うん」
「たまに、能力で異世界のお金を日本のお金に変えるお話があるんだけど、あれってどうなってるんだろうね?」
「と言うと?」
「日本銀行券、所謂お札だね。お札には、それぞれ唯一の番号が振られているのは知ってるよね?」
「うん」
「だとすると、能力で手にしたお札の番号はどうなってるのかなって思ってさ」
「うん?」
今一つ飲み込めていない様子のふみに、ひろが言葉を続ける。
「番号が重複していたら、どちらかが偽札って事になる。知っての通り偽金作りは重罪だよ。どこかに存在していたお札を持って来ているなら、それは窃盗と言う犯罪になる。例えば将来採番される番号を先行して振っているなら、それは意図しない紙幣が市場に出回る事になり、極端な話をすればインフレの原因になりかねない。そもそも紙幣は漠然と刷られている訳では無いからね」
「あ~」
「まぁ、所詮はフィクションだからね、そんな事を考える方が無粋なのかも知れないけれど」
そう笑いながら締め括ると、ひろは再び茶を啜るのだった。
§
「そういえばさ……」
ややあって、今度はふみが声をあげる。
「うん?」
「えっと、その……さっきの話なんだけど……」
「お札の話? 算盤の事だったらあれは忘れてくれ……」
自らの恥ずかしい歴史を近々で掘り起こされたと思ったのか、ひろが片手で顔を覆う。
「あ、そっちじゃなくてね……」
「そうなの?」
そう答えたひろが隣を見ると、そこには少々赤くなったふみの顔が有った。
「その、商会の話の所でね? ほ、ほら、私達の子供達が~みたいな話があったじゃない?」
「ああ、したね」
「その、ひろもそういう事考えてくれてるんだな~って」
そう言うと、赤くした顔を隠すように、ひろの肩に顔を埋めてしまう。
「そ、そりゃね。ふみとは恋人同士だし、将来結婚も考えていたし、こんな状況だし……」
つられて赤くなりながら、何事か理由を並べ立てるひろの袖を、ふみが軽く引く。
「だ、だったらね、その……ね、今から子作りとか……す――きゃっ」
上目遣いで放たれたふみの言葉を最後まで聞くことなく、ひろがふみを抱え上げる。
そのまま寝室へと向かう二人を見送り、三匹の眷属は気を利かせたように家の外へと向かう。
―― 扉の開閉は、イチさんが器用に行っていた ――
§
「ひろにいちゃんのベッドやくざ……」
空も白み始めた頃、ひろの自室のベッドの上で、ふみがジト目を向けていた。
「すまん……」
結局この日、ふみは仕事をお休みして、ひろと二人、ベッドでごろごろしながら過ごす事になるのだった。
§
知合いの商人のところに、ひろが試しに持ち込んだ算盤をきっかけに、今までバラバラだったそれらが統合され、『シュザン』と呼ばれるようになるには、それから幾許かの時間が必要となる。
何も考えてません。
あと続くかもわかりません。
お話とは全く関係ありませんが、全年齢対象のなろうなのに
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ノクタならわかるのだけれど……。
普段の自分の行いのせいなのか?(悩