対比
夢なんか持たくていい。
目の前にあるのは現実なんだから。
いや、ここは夢の世界だから現実ではないのか……。
それに、誰も夢をコントロール出来るなんて言ってないじゃないか。
……ちょっと期待してたけど。
俺は水を飲み干し、一息つく。
加流瀬さんはというと、勉強机の椅子に気が抜けたように座っている。
会話はなく、無言の時間が続いており、気まずい空気が漂う。
「なんか、ごめん。それとありがとう」
加流瀬さんは分からないが、俺は賑やかと静寂のどちらが好みかと言われれば後者である。
それでもこの空気感は好みじゃない。
お邪魔させてもらってる身なのに気を使わせてしまっている事。
それに、この家に押し入ってしまったのは俺であり、倒れた彩史さんと最悪のタイミングで現実で目が覚めてしまった俺を助けてくれた事。
申し訳ない気持ちとありがたい気持ちが入り混じって変な感じがする。
「……それってどっちなの? 謝罪してるの? 感謝してるの? 私、ごめんなさいとかすいませんって言葉嫌いなんだよね。なんか、言わせてる感あるじゃん? 」
そう言うと加流瀬さんは立ち上がり、俺に背を向けてベッドに腰を降ろした。
俺は加流瀬さんの話を無言で聞いた。
「誰しも謝罪の言葉が聞きたくて手を貸す訳じゃないんだからさ……。何かあったらありがとう。この一言でお互いが笑顔になれる。だから、ごめんは言わなくていいんじゃない? 」
「じゃあ、ありがとう? 」
「なんで疑問形なの……」
「……ありがとう。助かった」
「よろしい! 」
加流瀬さんが体をこちらに向けて、満面の笑みを浮かべた。
それにつられて俺も笑みをこぼす。
ごめんなさいじゃなくてありがとうか……。
俺も言葉に気をつけてみようかな。
また、加流瀬さんに怒られるかもしれないし。
立ち上がり、部屋を出ようとドアノブに手をかける。
「どこ行くの? 」
きょとんとした顔で、加流瀬さんが聞いてきた。
俺は後ろを振り向き首を傾げる。
「彩史さんの様子を見に行こうと思ってさ」
「ああー……」
掠れた声を漏らすのと同時に少女は遠い目で壁を見つめる。
悲しそうな、寂しそうな、それでいて悔しそうな……。
たった一瞬だったけど、それは誰に向けるものでもなく、自分自身に向けられたものだと思った。
他人のプライベートに口を挟むのは俺にとっても加流瀬さんにとってもメリットはない。
人間、誰しも言えないような胸の奥にしまい込んだ秘密や思いが必ずある。
俺にも、加流瀬さんだってあるし彩史さんや悲羅義、そして花優。
皆がみんな、信頼できるような人に過去を打ち明ける事が出来たらどれだけいい事だろうか。
それが出来たら、俺は今頃……。
いや、今更過去の事を振り返るのはやめよう。
脱力し、ドアノブを握っていた手がそこからするりと抜けてドアに背を向ける。加流瀬さんはまだ壁を見つめたままだった。
「俺が倒れる前にしてた話覚えてたりする? 」
「倒れる前にしてた話?……あー、物を盗む理由?」
「そう。聞き取れなかったからさ」
視線は交えず、互いに顔を合わせないまま俺たちは会話をする。
加流瀬さんは表情一つ変えずにゆっくりと顔を上げ天井を見上げる。
「さっきは生きるためって言おうとしたんだけどさ、考えてみればちょっと違うのかなって」
「考えが変わったって事? 」
少女は首を振る。
「考え方が変わっただけ。私が存在しているのは生きる為じゃなくて、死なないためなのかなって」




