謝りたい
椅子の横に立ち会釈する。
だが、その頭は何秒立っても上がらない。
「え、何? どうしたの? 」
俺が慌てて顔を上げるように促す。
「だって彼女を転ばせてしまって、それに具合が悪いって……」
表情はあまり見えないが本当に反省しているように感じる。
根は良い子なんだろうか。
熱の出た原因は不明なんだけどな……。
「その事はもういい。彩……彼女も驚いてはいたけど怒ってはいなかった。今だって、こうして助けてもらったんだ。本当に謝るべきなのは俺たちではなくお店側の方だと思うよ? 」
たった一回、一つの万引きで店には大きな利益が損失する。なんて話を聞いた事がある。
少女が持っていた商品は、よく見ていないが複数所持していたと思う。
今すぐにでも返すもしくは買えば、あの店員さんが許してくれる――という可能性もあるにはある。
「一緒に謝るからさ。商品を返しに行かない? 加流瀬さん」
体がピクリと動き、やっとの事で顔が上がった。
と、思ったらすぐに下を向き、もじもじと体を揺らし――
「……食べちゃった」
「え? 」
「取ってきた物食べちゃったって言ってるの! 」
下を見たまま床に向かって叫ぶ。
叫んだ後、俺と交わった視線には加流瀬さんの潤んだ瞳があった。
やっぱり罪悪感はあるらしい。
「盗みが悪い事だって分かってるの? 」
少女はコクリと頷く。
そしてキッチンの方に指を指す。
行け、という事だろうか。
仕方なく椅子から立ち、少女が指さした方向へ行ってみると、床に菓子パンのゴミが散乱していた。
数は4つで、どれも100円程度の物だが、店にとっては大きな損失だ。
深くため息をつき、ゴミを拾う。
辺りを見渡してゴミ箱らしき物を見つけ、蓋を開ける。
別に見ようと思って見た訳ではないが、ふと目線がゴミ箱の中にいく。
中には似たような菓子パンの袋しか無かった。
「なぁ」
「分かってる。悪い事だって分かって……」
「いや、そうじゃなくて。いつから盗むようになったの?」
「ぁ……ぇと」
つぶつぶと掠れた声が俺の耳まで届く。
別に怒りはしないし、俺にとってはどうでもいい事だけど、店員さんに少女を連れてくると約束してしまったから。
何か理由があるのなら聞く権利くらいは欲しい。
「事情とか理由があるなら教えてくれ。君は何のために盗みを働く? 」
少女の拳に力が込められていくのが分かる。
何かを我慢している時、怒りを抑える時、泣きそうになるのを堪える時。
人は、どこかしらに力を込める。
少女は今、そんな力の込め方をしているように思えた。
「言えないなら良いけど。誰しも悩みはあるものだから」
「……笑わない? 」
「よく分かんないけど、笑わない。絶対に」
「そ……」
少女はそう言ってテレビ台に置いてある何かを取った。
親指で優しく撫で、小さく微笑むと俺に差し出してきて、俺はそれを受け取る。
俺の手のひらにあったのは家族写真だった。
父と母の間に小さな女の子がいて3人がピースをしている。
何処で撮ったかは分からないが皆が笑っていて、楽しそうな一枚の写真。
俺の家にもこんな家族写真があった気もするな。
そんな事を思い出し、自然と笑みが零れる。
「いい写真でしょ? ちなみに私が真ん中ね」
「それくらいは分かるよ。顔がそっくり」
「あんまり変わってないかも」
「そうかもな」
でもさ、と加流瀬さんが表情を曇らせて言う。
「幸せが壊れるのってさ。最初は見て見ぬふりをしちゃうの。でも、後からだんだん崩れていって、気付いた時にはもう遅いんだよね」
「……」
「――私が盗みを働く理由だったっけ? それはね、生きるた……」
なんだか急に目の前が真っ暗になった。
加流瀬さんの言葉は最後まで聞くことは出来ず、俺は薄れていく自分の意識に身を任せる事しか出来ない。
でも、この感覚は――あの時のものと似ていて嫌いだ。




