痛みと毒と名前
彼女の前で煩くするつもりはない、と少女に腕を引っ張られ、一階に連れて行かれる。
リビングらしき部屋に入り、少女が電気を付けるためにボタンを押した。
真っ暗だった視界に明かりが灯り、部屋が露になる。
「そこに座って」
指示されたのは4人用のダイニングテーブル。
小さくため息をついてから指示された場所に向かう。
「……ぅッ! 」
なんだ。
なんだこれは。
突然、心臓に激痛が走った。
無意識に胸の辺りを力強く握る。
そして、鼻から思いっきり酸素を取り込む。
……が、心臓と同時に肺が圧迫されすぎて一瞬呼吸が出来なくなる。
軽く咳払いをすると今度は喉が焼けるように熱く、口から血が出たんじゃないかと思うくらいだった。
でも、体の激痛は一瞬だけで、痛みはもう無くなっていた。
俺が安堵していると、変に思った少女が台所で何かをしていた手を止めてこちらを見る。
「どうかした? 」
「あ、いや。何でもない」
さすがに心臓が急に痛いとか言っても伝わらないだろう。
大人しく椅子に座る。
俺が座ったのと同時にお盆に乗った菓子とお茶が机に置かれる。
「こんな物しかないけど、どうぞ」
「ありがとう」
そういって俺の前に座る。
長い沈黙。
気まずくなってお茶の入ったコップに手をつけようとした所で伸ばした腕がピタリと止まる。
これ……毒入ってるんじゃね?
もしかしてさっきの激痛は予兆だったりするんじゃ……。
そんな考えが脳裏を過り、お茶を飲むことは出来なかった。
「毒なんか入ってないんだけど……」
小さな声で目の前の人物が呟く。
考えが読まれ、驚きを隠せなかった。
少女はジト目で俺を見つめた後、お互いのコップの位置を入れ替える。
そしてコップに口を付けて何の躊躇いもなくお茶を飲んだ。
「飲んでみ? ただの麦茶だけど」
俺の前にコップが置かれる。
いつからだろうか。
目の前に死があるかもしれないのに、避け始めたのは。
今日だって学校の屋上に行った時、飛び降りればよかった。車に引かれに行けばよかった。
今だって、もしかしたら死ねるという可能性があるのに。
何故その道を選ばない?
その答えが分からず、勢いに身を任せる。
コップを手に取りお茶を口に含み、一気に飲み込んだ。
「ね? 普通の麦茶。出会って間もない人を殺そうなんて思わないし、そもそも此処に来るなんて知らないし。てか、毒とか薬物とか持ってないし」
「はい。すいませんでした」
只只、謝ることしか出来なかった。
俺が何度も頭を下げると手で口を隠して、少女はクスクスと笑う。
それを見て俺は苦笑いを浮かべる。
「あのー」
「ね……私の後、追っかけて来た? 」
俺が本題に入ろうとした所で、先に相手の口から言葉が出た。
「此処に来たのは偶然。連れが本当に倒れてしまって何処かの家に入れてもらおうと思ったんだけど近くにあった唯一の家が此処だったって訳」
「なるほどねー。ここら辺、全く家がないからさ」
「本当だよ。どうしてこんな所に家を建てたんだか」
「その発言は失礼だぞ。君」
「はい。調子に乗りました。すいません」
暗い雰囲気になると思っていたが、むしろ明るい……ような気もする。
この子とは話しやすい。
多分、俺と違って学校に友達も沢山居るんだろう。
「そういえば、名前を聞いてなかったな」
「そういえば、言ってなかったね」
少女は軽く咳払いをすると――
「加流瀬 大羽と申します。先程の店の件は誠に申し訳ございませんでした」




