ゴールのある道など無い。
「取り敢えず、あの人が走り去った方向に来てみたはいいものの……」
「何も無いですね」
探してからそんなに経っている訳ではないが、本当にこっちで合っているのかと不安になる。
顔も分からなけらば、素性も知らない。
情報が何も無いのだ。
それで見つけるのは無理難題な気もするが……。
「ねぇねぇ歩呂良くん。ちょっと走りましょうよ」
「めんどくせぇー」
何だかんだ言って、今はこの時間が楽しくて――
「よーい、ドン! 」
「へ? ……あ、 ずるいっ! 」
「別にずるくないしー。自分のタイミングで走り始めただけだからー」
「絶対勝つもん……」
自然と笑みがこぼれる。
何故だろう、と考えた時に思い浮かぶのは、やはり病院だ。
例え夢でも、偽りの世界だとしてもこの場所は俺にとっていろんな事を教えてくれる。
だから――
ゴール地点など、俺達には無い訳で。
どこかを目指すでもなく、ただただ走る。
まだ慣れない走りに苛立ちを覚えるも、悪い気はしなかった。
誰かと競走なんて、小学生以来ではないのだろうか?
「あれ? 歩呂良くん遅くないですか? 」
「だって、本気出したら彩史さん泣いちゃうでしょ」
「私を何歳だと思ってるんですか……」
「さあ? 」
くだらない話をしながら、どこまで続いているのか分からない長い長い道を、走り続けた。
ゆっくりと――
―――――――――――――――――――――
「はぁ……はぁ……疲れた」
競走は思ったより長く続き、15分ほど走りっぱなしだった。
体力は衰えてしまっていて息切れが酷い。
脚の痛みも増し、筋肉がはち切れそうだ。
それなのに、あれだけ走っても一本道はまだ続いている。
かなり本気で走ってたから、まだ続いているのを見ると嫌気がさす。
「休み、ませんか? 」
銃で撃たれたんじゃないか。
そう思うくらい、両手で必死に横っ腹を抑えた彩史さんがフラフラと近づいてきて――
「ぉっと……って、え? 」
倒れそうなところを何とか受け止めた。
受け止めたのだが……。
呼吸が浅い。
頬も赤く染まっている。
「だ、大丈夫? 」
「…………」
返事はない。
それが答えだとすぐに分かり、少し強引に肩を掴む。
ゆっくりとその場に体を降ろし、彩史さんの額に手を当てる。
「まじかよ……」
もの凄い熱さで自分の手も熱を帯びそうなほどに。
発熱だ。
風呂の温度くらいあるのではないだろうか。
でも、いつから?
具合悪そうには見えなかったし、そんな症状も見えなかった。
なら走りすぎたせいか?
考えれば考えるほど分からなくなる。
今は頭をよりも体を動かせ。
分かってはいる。
分かってはいるのに……。
どうすればいいか分からない。
早く決断しなければ、時間だけが過ぎていく。
なんの知識も持ち合わせない俺に出来る事は……。
横になれる場所に移動させてあげる事だろう。
それからの事はそれから考えればいい。
横になった方が彩史さんも楽だろう。
「俺の背中に体を預けてくれないか? ……ちょっと居心地悪いと思うけど我慢してくれ……」
一度、彩史さんを起こす。
俺は彩史さんに背中を向ける。
手を伸ばすと、ゆっくり体を預けてくれた。
「走るけど、体調が悪化するようなら言ってくれ」
「うん……」
掠れた小さな声で頷いた。
彩史さんが俺に体重を預けてから、立ち上がる。
人間、完全に力を抜くと全体重が乗っかってくるので、普段より重くなると聞いた事がある。
けれど、元々彩史さんは軽かったのだろうか。
お世辞抜きにしても本当に軽い。
そんな事を思いながら、走り出す。
さっきの疲労も残っているが、気にしていられる状況ではなかった。
とにかく走る。
行先は分からない。
横になれる所……
病院に戻るという手もあるが、ここからだと遠いだろう。
だからと言って、外で休むとなると体が冷えてしまう。
どうしたら良いのだろうか……。
脚の痛みよりも、疲労よりも――。
どうしても焦りが勝ってしまう。
そんな時――
「あ……」
全く住宅の見えなかったこの道の外れに1軒だけポツリと家があるのが見えた。
幸いにも電気は付いている。
「あの家に事情を説明して上がらせてもらおう……! 」
見つけた途端、嬉しさと安心が同時に込み上げてきて、一気に緊張が解けた。
そのせいでバランスを崩し、転びそうになったのは彩史さんにバレてなければいいのだが……。
見つけてからもスピードは緩めず、自分が出せる限界の速さでその家に向かった。
3分程で玄関前まで来る事が出来た。
頼む……出てくれ……!
必死に祈りながら玄関のチャイムを鳴らす。
しばらくして、二階からドスドスと音を立てながら誰かが降りてくる音がした。
「は〜い」
声がして、安心したのは束の間で……。
「は? 」
「え? 」
勢いよくドアを開けた小柄な少女は、俺達が店で見た人にそっくりな服装だった。




