頼み事
「何で俺たちが……」
「仕方ありません。頼まれたのだから出来る事はやってみましょうよ」
辺りはすっかり暗くなり、街灯の少ないこの道では月明かりだけが頼りというくらいだ。
建物も少なく、人影も全くない。
川沿いを歩いているせいか、川の面を伝ってくる微風が妙にひんやりとしていて肌寒い。
もうすぐ夏だというのに。
横を見れば彩史さんが腕をさすっていて、こちらまで更に冷えてくるような感じがする。
「早く見つかるといいんですけどね」
何気ない一言だったがさっきの事もあってか、不安が混じっているような気がした。
「早く見つけて、戻ろう」
「はい……」
こうなったのは俺のせい……だと思う。
寄り道をしなければこんな面倒な事にもならなかっただろうに。
あの人があんな事を言わなければ――
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「相当焦ってたな……彩史さん怪我は? 」
「特には。ちょっと腰周りが痛いですけど」
俺が手を差し出すと、おどおどしながらも手を取るとゆっくり立ち上がった。
やっぱり気になるのだろう。
ぶつかって来た人が走り去った方向を眺めていた。
「ちょっといいか? 」
そんな時、俺たちの背後から野太い声が耳に響いた。
「は、はい……」
恐る恐る振り返ると、そこには図体の大きい男性が仁王立ちしていた。
「ぉ……」
あまりの厳つさに後ずさりするも、よくよく見ると店の店員である事を示す制服と名札をしている事に気づき、胸を撫で下ろす。
横の彩史さんはと言うと、怖くて後ろを振り向けないようで、脚をガクガクと震わせながら俺の方をチラチラと見ていた。
多分だけど、後は頼む的な感じなのだろう。
「何でしょうか? 」
大丈夫。声は震えてない。
自分の頬を冷や汗が伝うのが分かるほど、俺は緊張していた。
だってこんなデカくて厳つい人が、目の前に現れたら誰だって怖い。
「背丈の低い少女とすれ違わなかったか? 」
その人は目を細くし、睨みつけてくる。
あまりの獰猛さに思わず息を呑んでしまう。
俺は頷く事しか出来なかった。
次は何を言われるのかと、身構えていると……
「……はぁ。君達、何かされてないかい? 」
「え? あ、ああ……ちょっと後ろの連れがぶつかってしまって……」
「本当か!? それはすまない。私が対応していれば……」
さっきの緊迫した空気が嘘のようになくなり、唖然としていると、その店員さんは彩史さんに駆け寄った。
「大丈夫ですか? 怪我は? 」
「い、いえ。大丈夫です。」
彩史さんの状態を聞くと、その人は安堵して、またため息をついた。
「彼女、最近よくこの店に来るのだが、何も買わないで出ていくんだ。だからおかしいなと思ってこっそり見てたら、案の定商品をパクられてましてな」
「見つけた時に捕まえてしまったら良かったのでは? 」
「客の人に変態扱いされて、奴にバレちまってな。……逃げられちまったよ」
「それは災難でしたね」
話してみれば普通の店員で、やっぱり世の中顔と体じゃないなと再認識させられた。
「バイトが終わるまではまだかかるしな……」
その人は大きな両腕を組みながらボソボソと何か言っていた。
「ねぇねぇ、歩呂良くん」
肩を優しく叩かれ、後ろを振り向くと彩史さんが何かを閃いたような表情をしていた。
「ど、どうしたの? 」
閃いたのは本当だろうが、口角が上がっておりニヤニヤしているのが目で見てとれた。
何か良からぬ……面倒くさい事を考えているのでは、という予感がしてしょうがなかった。
「フード被ってた子、私達が探しましょうよ」
「良いのか!? 」
反応したのは俺の後ろにいた店員だった。
その人は深い深いお辞儀をすると、俺たちに握手を求めてきた。
彩史さんはすぐに店員さんの手を握ったが、俺は少し躊躇った。
この手を握れば探さなければいけない事になる。
そんな面倒な事をするのは避けたかったが、彩史さんが早くしろ、と言わんばかりに口をフグのように膨らませていた。
それを見たら、なんだか面白可笑しくて自然と笑みが零れた俺の手には、一際大きな手が握られていた。
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あれ? 今、こんな事になってるのって俺のせいだけじゃなくね!?
俺の心の声でのツッコミは誰にも届く事は無く、夜の闇に消されたであろう。




