きっといつか
「はあ……疲れた」
二人で同時に、公園の草木が生い茂った地面に倒れ込む。
季節は現実と変わらないのか、一面に緑が広がっており、空を見上げればさっきまであった陽光がオレンジ色に輝き、雲一つなかった青空も、視界の隅から隅まで茜色で染まっている。
「……もう、急に走り出したりしないでくださいね」
乱れた呼吸を整えながら彩史さんが睨んでくる。
俺は必死に頭をブンブンと縦に振るしかなかった。
――十年前と知り無我夢中で走り出してから、学校を抜けて500mほど離れたこの公園で彩史さんに捕まった。
「だいたい、君の家はね――」
そんな事知ってる。
走ってどうにかなる距離じゃないと分かっていても、この足が勝手に動き出してしまったのだから仕方ないだろう。
どうせ彩史さんは、両親が他界したことの辛さを知る由もない。
どれほど悔やんで、悲しんで、泣いて……。
その果てに得たものは生とは無価値だという考え。
何のために、何をするために、誰のために生きるのか、その全てを見失った。
或いは、見つけられるチャンスを逃したかもしれないし、最初から見失っていたかもしれないが……。
「いいですか? ここは夢であって現実ではありません。十年前……だというのは恐らく合ってますが、脳の記憶によって構築された世界でしかない。……はっきり言いますが、会った所で何か変わるんですか? 何か得られるんですか? 今のあなたは十年前のあなたになれない。あの幸せだった空間の邪魔者でしかないんですよ。……過去の自分を邪魔してでも、親御さんに蔑まれてでも行きたいなら、私は止めません。決めるのは私ではないですから」
横を見ても彼女の表情は見えなかった。
ただ、話している時の声が少し震えているのは分かった。
疲れを癒してくれるような、ひんやりした風の音だけが俺たちの沈黙の間を通る。
……友達に説教をされたのは初めてかもしれない。
過去に戻ってきたといっても、夢の中でしかない訳だ。
もし俺の強い記憶が影響していたとして、両親も祖父母も家にはいない。
けれど、影響していなくてもきっと彩史さんの言う通り、邪魔者でしかない……。
夢の中でしかなくても、過去を邪魔されるのは誰だって嫌だもんな。
でも、この夢から覚める前には……。
「止めるよ、家に行くの。でも、彩史さんは家に帰りたいと思わないの? 」
「私は……」
横目に唇を強く噛む彩史さんが見えた。
感情を抑えるために、ボロを出さないためにした仕草なのかは分からないが、俺にそれを聞くことは出来ない。
「そろそろ帰ろう」
今はそれだけ。
俺は先に立ち上がり、彩史さんに手を差し出す。
「どうも」
俺の手を取って彩史さんも立ち上がり、病衣に付いた泥を払ってから俺たちは病院に向かって歩き始めた。
後30分もすれば完全に太陽は山に隠れてしまうほど、陽は傾いていた。
来る前とは違い人通りが多く、白い服装の俺たちは目立つかもと思ったが、それほど視線を浴びなかった。
俺たちはあの人達からしたら、どんな風に写るのだろうか。
そもそも見えるのだろうか?
存在しない人、見えない人……。
――幽霊、といった所だろうか。
「……ここ寄らない? 」
建物に指を指しながら彩史さんに聞く。
お金はないが確かめたい事があった。
「いいですよ。買いたい物があるんですか? 」
「いいや? 特には」
首を傾げた彩史さんを気にせず、目の前にあったコンビニエンスストアに足を運ぶ。
自動ドア目前に、フードを深く被った小柄な人が店の端の方から出てきたが、お腹が痛いのか両手で横っ腹辺りを抑えており、下を向いていたのか、俺にぶつかってきた。
「す、すいません」
俺が謝るとその人は突然走り出し、後ろにいた彩史さんに気づかなかったのか、また勢いよくぶつかって二人で尻もちをつく。
「大丈――」
彩史さんが声を掛けようとした時、その人の服の下から出てきた物が地面に転がってしまった。
「……ッ!!! 」
その人は慌てながらもすぐに品物を拾うと、走り去ってしまった。
突然の事に俺も彩史さんも呆気に取られてしまう。
「彩史さん大丈夫? 」
「う、うん。大丈夫だけど……今のって」
「万引き、だな」
走り去った人の姿は、もう見えなくなっていた。




