十年
太陽の光が眩しい。
自然と目を細めてしまう。
「聞いてますか? 」
逆光で見えなかった彩史さんの顔が、距離を詰めてきたせいで目と鼻の先にある。
「き、聞いてるよ。聞いてるから少し離れて」
ならいいですけど、と言って彩史さんは、自然と横に座った。
「……で、歩呂良くんはどう思いますか? 」
「どうって言われてもなー」
十年以上のずれがあるって言われても、俺はどういった経緯でその情報が手に入ったのかすら分からないしな。
「ま、歩呂良くんが分かるはずないんですけど」
「じゃあ質問するな」
「それは失礼」
彩史さんは口を手で抑えて微笑する。
呆れながらも俺もつられて笑う。
少ししてから、彩史さんが真剣な表情になって――
「教えますよ。夢の中はどんな所なのか」
―――――――――――――――――――――――
彼女がここに来たのは俺と同じ日。
でも、目覚めたのは全く違う場所。
彼女が一番最初に見た景色は一面にある広大な空だったらしい。
現在俺たちがいるこの学校の屋上が彩史さんの最初の場所。
別に、彩史さんは自殺を図った訳でも、病気でもなかった。
――ということは覚えていると。
彩史さんは現実世界の記憶がないらしい。
名前、顔、学校、言葉。
覚えているのはこれだけ。
その他は何も知らなかったという。
なら、何故俺を知っていたのか。
それは教えてくれなかった。
彼女は俺たちに出会うまで情報を集めて回っていた。
学校の資料、自分の家。
調べるとこはそこしかなかったが、眠りについた時、この世界の全てが夢に出てきたという。
それが俺と花優。
それと本。
でも、その本にはどんな手を使っても文字を書くことは出来ないのだという。
方法が分からないから、直接俺たちの所に来た――と。
彩史さんの夢の中ではあの本に物語を紡ぐと本当の夢から目覚めるのではないかという。
そして、彩史さんが行動を起こした事で冒頭が書かれていた。
鍵は俺たちにある――
―――――――――――――――――――――――
「ちょっとだけ分かりましたか? 」
「……本当にちょっとだけ」
「でも、不思議ですよね」
「うん。10年のずれがあるっていう話が出てこなかったのが不思議でしょうがないよね」
「あ……」
彩史さんは素で驚いたのか、目を大きくして開いた口が塞がらないようだった。
それがちょっと面白くて彩史さんの顔を見ないように反対を向いて笑いをこらえた。
む〜という音というか声というかが、耳にまで聞こえてきた。
「でも、歩呂良くんはここに来た時からおかしいなって思ったんじゃないですか? 私も最初に見た時変だなと思ったので」
「まあね……明らかに変なものはあるよ」
「ですよね」
「うん」
お互いに何がとは言わないが、考えていることは同じだろう。
「ベンチだよな? 」
「ベンチですね」
「こんなの現実にあったっけ? 」
「ないと思いますが……」
疑心暗鬼になりながら二人でベンチを見る。
変と言えば変なのだが、普通と言ってしまえば普通だから、困る。
「10年後の未来にこのベンチがあると思いますか? 」
彩史さんが口を開く。
「なさそうだよな……」
「そういえば、ここ立ち入り禁止って紙ありましたっけ? 」
「あ……」
この先も屋上には立ち入り禁止だと言われるだろう。
なら、屋上がまだ出入り出来る時の物だという考えも出来る訳で――
「つまりだな」
「はい」
「この夢って十年前の世界? 」
「……」
静かな風が通りすぎる音だけが耳に残る。
10年前……
10年前なら俺の両親は――
そう思った瞬間、俺の足は上手く動かないくせに走り出していた。
「歩呂良くんっ……! 」
彩史さんの声が遠い。
聞こえはするが、振り向くことはしなかった。
この足は目的の場所に着くまで止まらない。
目的の人に会うまで走り続ける。
会えると信じて――
一つの可能性に賭けてみよう。




