時間
10分程歩いただろうか……。
すぐ目の前に目的地の学校が見えた。
朝だからなのか、それともただ単に人通りが少ないのか、すれ違う人の人数は指で数えられるほどだった。
でも、ここは夢の中なのだろう?
どうして俺の知らない顔の人がここにいるのか疑問でしょうがなかった。
見知らぬ人が出てくる夢なんて滅多に見ない。
というか、見たことないと思う。
夢というものは、脳に蓄積された情報を整理するために見るものであるから、自分の知らない体験や人物が出てくる筈がないのだが……。
そんな事を考えていると数歩先を歩いていた彩史さんの足が止まり、左に体を向けた。
「着きましたよ」
気がつけば、俺たちの目の前には目指していた学校があった。
生徒や先生らしき人影はなく、校庭にも静寂があるのみだった。
「今日って学校あるよな? 」
「ええ、恐らく。歩呂良くんが学校を嫌っていなければ、ですけど」
静かに微笑みながら、なんだか意味深な台詞を言うと彩史さんは先に校門へと歩き始めていた。
俺は、少しの間その場に留まった。
自分の嫌いな場所、嫌いな時間、苦手な人達。
今まで何もしないで過ごしてきた退屈な生活が脳裏に蘇る。
話す人もいなければ、昼食を共にする人もいない。
信頼出来る先生もいなければ、信頼される先生もいない。
そんな嫌いな場所に戻ってきてしまったのだ。
別に虐められている訳でもないし、無視されている訳でもない。
話せる人はいらないと言ったら嘘になるが、多くの人達に囲まれるのは苦手だ。
俺は一人の時間が好きなのだ。
けど――
孤独は嫌いだ。
親から――
祖父母から――
転校先の学校の人達から――
独りにされた。
でも、今まで誰にも話してこなかった自分の胸に秘めたものは、花優にはスラスラと話すことができた。
花優と友達になって、毎日楽しいなって思った。
嫌な事を思い出してしまえば、楽しい記憶なんてすぐに、忘れてしまう。
それが今の俺だった。
もう一度、嫌いな学校を見上げる。
テストやクラス一団になって行う文化祭。
そして、自殺したあの日。
嫌だった事が全て蘇ってくる。
「ああ、こんなにも此処が嫌いだったなんてな」
鼻で笑うように、蔑むように言ってやった。
彩史さんはもう昇降口前にいる。
それを確認した後、なるべく何も思い出さないようにし、左足を刺激しない程度に小走りで昇降口に向かった。
―――――――――――――――――――――
学校に入ったのはいいものの会話がなくてかなり気まずい空気になっている。
話しかけようと思っても彩史さんは、どこか嬉しそうに教室を見たりしてしていて微妙に話しかけにくい。
二年の教室や図書館といった寄り道をしてから(時々、先生にバレそうになったが)ただ、彩史さんに付いていくだけだった。
俺はどこに向かっているのか分からず、足を動かすのみ。
しばらく階段を登って彼女は足を止めた――
「風が気持ちいいですね」
「嫌いな場所なんだけどな」
「まあまあ、いいじゃないですか」
風通しが良くて遠くまで街を見渡せる事が出来るのは屋上しかない。
薄々気づいていたけど、止めるのは野暮でここまで来てしまった。
「本当は入っちゃ駄目なのになー」
「それを歩呂良くんが言っちゃうんですか……」
呆れたように言うと彼女は何のために作られたのか不明だが、綺麗なベンチに腰を降ろした。
じっと俺の事を見つめた後、態とらしい咳払いをしてベンチをポンポンと叩く。
……恐らくだが、横に座れという意味だと思う。
彩史さんの鋭い視線が痛いので、こちらも大きなため息を態とらしく吐いてからそこに向かう。
近くまで来て、やっぱりおかしい事に気づく。
天候や時間の影響を受けるこの場所にあるベンチは、湿っていたり木が傷んでいたりするはずなのだが、そのような場所はどこにもない。
そもそもこんなベンチ屋上にあったっけ? と思いつつ、俺も端に腰を降ろす。
「それが男のする事ですか」
「彩史さんだって端に座っているように見えるけど? 」
「わ、私はいいんですよ」
プイッとそっぽ向いて拗ねた仕草をしてから、こういう会話してみたかったんだよね。と微笑みながら言ってくる彩史さんの頬は少し赤みを帯びているように見えた。
「……それで、どうして屋上なんかに? 」
なんとなく尋ねてみると
「決まってるじゃないですか。景色が良いからですよ」
と、間を置くことなく返された。
自分の羞恥心を隠すために変えた話題もたった二人の一言だけで終わっしまった。
まあ……聞きたいことは山ほどあるし、知りたいこともある。
彩史さんも、それを話すために来てくれたと思っていたんだが……。
「ねえ、歩呂良くん。ここは現実と時間がずれているって言いましたよね? 正確には私も分かりませんが、おおよそのずれはどのくらいだと思いますか? 」
俺の考えていた事が通じたのか、彩史さんが話し始める。
互いに前を向いたまま。
彼女はどんな表情をしているのか俺には分からない。
でも、そういった姿勢の方が話しやすさはあるかもしれない。
時間についてだっただろうか。
何秒、何分の違いかと思っていたが、こんな質問をするって事は俺の予想は外れと思っていいだろう。
何時間いや、何ヶ月か。でも、流石に月日ほどは違うだろうと思い……
「三時間とか? 」
結局適当な数字を時間に当てはめてみただけ。
正解か不正解かはどうでもいい。
俺が知りたいのは真実だけ。
「残念、答えを言っても? 」
「どうぞ」
「本当に私の推測にしか過ぎないんですけど」
彩史さんはうーんと大きな声を出すと、言うのを決心したのか立ち上がった。
そして、俺の前に立って――
「私の考えだとこの夢は、現実の世界と10年以上のずれが生じていると思います」




