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・・・  作者: 青斗輝竜
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病院から

「歩呂良くんは、生きてますよ」


彩史さんは笑って言ってくれた。


よく知っている笑顔が、俺にとっては救いだったのかもしれない。


安心したのか、全身から力が抜けていった。


でも、それと同時に何かしなければいけないことがあると思った。


「そっか」


「はい」


「……ちょっと立ってみていい? 」


「どうぞ」


俺が聞くと彩史さんは、また笑って頷いてくれた。


このタイミングで看護師の人達が入ってきたら嫌だなと思いつつも、俺の右足はゆっくりと床に向けて進んでいく。


久しぶりに床に足を置いたせいか、置くだけでもバランスを崩しそうだった。


だが、そんなことは気にせず骨折していた方……左足もベッドから離していく。


「――やっぱりか」


左足を床に置いても痛みはなかった。


筋肉が衰えてしまったのか、両足で立ってもバランス感がなかった。


ぎこちない歩きにはなってしまうかもしれないが、決して歩けないという訳ではなかった。


ベッドの横を軽く十歩ほど往復した所で彩史さんがドアの前で手招きしているのに気がついた。


俺も遅い足取りで、ドアの方に向かう。


「あー……。改めて質問するけど、俺は何をすれば良い? 」


向かい合ってから、最初に口を開いたのはやはりこちら。

さっきから、俺たちの会話は質問と応答でしか成立してない気もするが、それでいい。


それが今は必要な事だ。


「答えを見つけろ、とは言わないようにしましょう。こちらも改めて質問に答えましょう」


彩史さんは姿勢を整えると、深く頭を下げてから


「夢似 歩呂良くん。改めに改めてようこそ、あなたとそして、有馬 花優の夢の中へ」


……なんとなく気づいていたのかもしれない。


自分が死んでいない、と言われた時から。


でも――


「花優と俺の夢? 」


二人の夢ってどういう事だ?


現実の世界でも、俺と花優は会っているのか?


不安と謎は大きくなるばかり。


「ここは二人の夢の中です。薄々気づいてるかもしれませんが、現実の世界でも二人は出会っています」


俺の考えを汲み取るように彩史さんが説明していく。


――出会っている。


……この言い方には語弊がある。


ここは夢の中。


それも俺と花優のだ。


けれど、俺が自殺に失敗してから目を覚ましたのはこの世界。


現実では1度も目を覚ましていないはずだ。


なのに、出会っているってどういうことなんだ?


「なあ。俺は屋上から飛び降りて、目が覚めたらここにいた。それなのに現実でも会っているってどういうことだ」


気がついたら先に口が動いていた。


彩史さんは特に動揺などしていなかったが、一瞬だけ眉を(しか)めていたように見えた。


「……非常に言いにくい話になってしまうのですが、歩呂良くんは現在、植物人間のような状態になっています。そこに元からそのような状態だった花優の夢が干渉してしまった」


無意識に視界の隅に花優の寝顔が入る。


ついさっきまでは起きていたのに、彼女は小さな寝息を立ててぐっすりと寝ていた。


植物人間……ね。


聞いた事くらいはある。


動けないが眼を開く事はできる、くらいしか知らない。


ん……?


眼を開く事ができるのに、どうして夢を見るんだ?


自問するが、答えは分からない。


「植物人間のようなって事は、完全な植物人間じゃないんだな? 少なくとも、眼は開けられない。と」


「……よく分かりましたね。そうです。原因不明の症状。本来の症状なら眼は開けられる。普通の人と同じで規則的な睡眠はできます。ですが、二人には――」


「俺達には、眼は開けられない。寝たり起きたりすることは無く、眠ったままの状態が続いていると」


「はい。それともう一つ違いがあって、二人は意図や思考を要する活動ができます。例えば、眠ったままでも、腕や脚を動かす事が容易にできる」


「本当ならそれは出来ないのか? 」


「私もそこまで医学に詳しい訳ではありませんが、恐らく……」


現実の俺たちを心配してくれているのか、声は小さくなり、表情もなんだか暗くなってしまった。


それとは裏腹に、俺はきっと怪訝そうな顔をしてしまっているのだろう。


何故、彼女がここは夢だと分かるのか。


何故、俺たちの状態を知っているのか。


何故、ここにいるのか。


不安は更に大きくなり、気がつけば……


「彩史さん。君は、どんな存在なんだ」


また、口が動いていた。


だが、彩史さんは微笑んでいた。


嬉しそうに、でも少し淋しそうに。


そして――


「分からないんです」


彼女は笑っていた。


誰にも悟られないように、作った笑顔で。


誰にも見破られないように、偽った自分で。


そんな顔をするのはきっと事情がある人しか出来ない顔なんだって、俺は知ってる。


だから……


「そっか」


きっとここにいる理由を自分では分かっているんだろう。


だけど、理由は聞かない。詮索もしない。


彼女が自分から話してくれるのをただ待つだけ。


少なくとも、今は。






「……それで話変わるけど、俺はどうすればいいの? 」


「どうせ、聞きたいことは山を超えるほどあるでしょ。だから、外で話しましょうよ。これからの事も、さっきの続きの話も」


「え……? 」


俺が反応する前に、腕を掴まれていた。


彩史さんに引っ張られながらも、上手く使えなくなった足で床を蹴り早足で歩く。


心の中では転ばないようにと祈るばかりの俺だったが、病室を出る前、花優の方に顔を向ける。


まだ眠っていた。


「ちょっと出かけてくるよ」


聞こえてないと思うが花優の耳に届いている事を願って、俺たちは病室を後にした。

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