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何者にもなれない蝙蝠達  作者: 和菜
最年少コウモリ
7/29

コウモリから人へ

 

 三人で外に出た瞬間、外で待機していた柚希達が、一斉に俺達の元に駆け寄って来た。

 相当の重傷で気を失ったままの城嶋を賢吾に預けると、俺はインカムを取り出して、スイッチを押す。


「――瀬川華月、並びに城嶋丈、確保」


 無機質な声で手短にそう告げれば、今度はそこかしこの建物や木の陰から、スーツ姿の男達がわらわらと出て来て、その辺に駐車していた車は赤ランプを灯す。

 その様子を、俺達は静かに、けれど、痛みを耐えるような気分で眺めていた。


「華月……」


 警官達が華月に歩み寄り、連行するより前に、柚希が今にも泣き出しそうな声で華月を呼ぶ。

 だが、華月は、柚希の声に答えることはなく。

 “蝙蝠”の仲間全員と一度しっかりと目を合わせて、深く、深く、一礼した。

 誰も、何も言わぬまま、華月は警官達に連れて行かれて、城嶋は、駆け付けた救急車に乗せられ搬送されていく。

 俺達はただ……やり切れぬ思いで、その様子を、じっと、見つめ続けた。



 □□□



 看守の一人に連れられて、俺は、拘置所の、狭い面会室の一つに、通された。

 ドアの小さな灯り取りの窓以外、光を通すもののない、無機質で静かな室内。

 透明なアクリル板の向こうに、こちらとほぼ造りのスペースがある。

 俺はそのアクリル板の前に置いてある椅子に腰掛けると、奥の扉が開かれるのを、じっと待った。

 漸く、ここに来られた、というのが正直な心情だった。

 が、「蝙蝠」の隊長として、今日俺がここに来たのは、必然であり義務であり、執務、だった。

 ――あれから一ヶ月。

 華月の得た情報のお陰で、今まで警察が掴み切れていなかった組織がいくつか壊滅まで至り、結果として、華月の潜入捜査は期待以上の功績を上げた。

 だがその経緯は結果を差し置いても看過出来るものではなく、俺達「蝙蝠第七小隊」のメンバーは、警察幹部達からの尋問……取り調べ等々を受けることとなり、相応の処罰を受けることとなった。

 事後処理に追われ、報告やら何やらに追われ、ほとんど不休で働いて、やっと今日。

 俺は、ここに、やって来た。

 ものの数分と経たずうちに、向こうの扉が開き、看守に連れられて、一人の男が姿を現した。

 つなぎのような服を纏い、疲れ切ったような……それでいてとても静かな顔をした、華月だった。

 ガラス越しに向かい側に座ると、華月は俺の顔を見て、小さく笑った。


「隊長……」

「……らしくねえ顔だな。急に……おっさんになった」

「えええ……酷いなぁ……」


 苦笑交じりに冗談を言えば、華月も乗って笑う。

 だがもう、あの事務所でやり取りしていた時のような軽快さも、気軽さも、俺達の間にはなかった。

 いつもなら一度話し始めると、ずっと喋ってる華月だけれど、今日は、消え入りそうな微笑みを浮かべたまま、口を開かない。

 面会時間は限られている。

 それに俺は、華月と談笑するためだけに、今日ここへ来た訳じゃない。

 ……言わなくてはならないことが、ある。

 隊長として。上司として。

 俺は覚悟を決めると、一度目を閉じて、深呼吸をする。


「……華月、ごめんな」


 そうして、まず、そう、言った。


「……いきなり、何すか」

「今回、お前がこんな騒動起こしちまったのには、隊長として、俺にも責任がある。

 俺達の捜査なら、城嶋の悪行を事前に調べ上げるなんて、造作もない事だったのにそれを怠り、たかだかホストクラブへの潜入捜査だと甘く見て……お前に、こんな愚行に走らせちまった。

 だから……ごめん。隊長として、謝る」

「……、」

「すまなかった」


 言いながら、俺はテーブルに手を突いて、深く頭を下げた。

 メンバーの失態は、隊長である俺の責任だ。

 実際、俺がもっとちゃんと慎重に、重く事態を受け止め見据えて、きちんと的確な判断を下していれば、華月は、もっとちゃんと……「蝙蝠」のメンバーとして、お袋さんとお姉さんの仇を取ることが出来ていた筈。

 犯罪者を捕まえるために、犯罪者だけで構成された極秘部隊。

 その隊長を務める以上、俺は、どんな小さな判断ミスも、油断も、許されない。

 その許されない判断ミスを、俺は、犯してしまった。

 だから今回華月に、こんな真似をさせてしまったんだ。

 そう痛感していた俺は、華月に会ったらまず、謝らなくてはと決めていた。

 後悔に押し潰されながら、額をテーブルに付けて詫びた。

 ……すると、暫くして、華月が大きく息を、吐き出した。


「……隊長、俺……そういうのマジ、胡散臭いって思ってたんすよね。

 下が馬鹿やった時、上の、上司とか親兄弟とかが頭下げて“私の責任です”って言うの。

 そう言って同情買おうとしてるみてえだって。

 本気で、下の奴の馬鹿、自分のせいだって思ってる奴なんかいねえだろ、って」

「……、」

「けど……あんたは、違いますよね。

 俺の知ってる、第七小隊の黒咲大和(くろさきやまと)隊長は……

 だから皆、あんたの下に居る」


 ゆっくりと顔を上げて、半ば、恐る恐る華月の顔を見遣れば……。

 彼は、とても、すっきりした目を、していた。


「大和隊長。詫びなきゃなんないのは、俺の方です。

 今回の事……ほんとに、色々、すみませんでした……」


 そうして彼は、俺と同じように頭を下げる。


「それから……ありがとうございました。俺の事、止めてくれて」

「え……?」

「正直、ここに入って最初の頃は、時々、城嶋の事さっさと殺しておけば良かったかもなって、思うこともあったんすけど……今は、何処か、ほっとしてるっつうか……隊長が止めてくれて、良かったなって思うんです」

「……そうなのか?」

「はい。だから、ありがとうございました」


 憑き物が落ちたような、穏やかで優しい、表情だった。

 初めて見る表情だった。

 けれどこれが、時に子供っぽくて、賑やかで明るい普段の華月の、俺達と出逢う前の本当の彼の姿なのかもしれないな、とも思う。

 その穏やかな瞳が、俺を真っ直ぐ捉え、ほっとしたような輝きは、俺に、優しく語り掛けていた。

 もう、大丈夫だよ、と。

 ――何だか、泣きたくなった。

 けれど俺は、ここで泣く訳にはいかなかった。

 再び、大きく息を吸い込んで、吐き。

 しっかりと、微笑む華月の、優しい瞳と目を合わせて。


「瀬川華月」


 決して短くはない間、苦楽を共にして来た仲間の名を、唇に乗せて。


「お前を」


 そして、告げる。

 今日俺が、本当に、言わなければいけない、言葉を。


「お前を……“蝙蝠”第七小隊より、除名する」


 お前はもう“蝙蝠”の一員ではなくなり、ただの、犯罪者へと逆戻りとなり。

 二度と、俺達と会うことも、言葉を交わすこともない。

 それが……潜入捜査中に規約違反を犯し、一般市民に危害を加え、容疑者に許可なく不要な暴行を加えた瀬川華月への、警察と、俺が下した処罰、だった。

 その、除名処分を言い渡した、瞬間。

 華月は、決して動じることもなく、泣く訳でもなく。

 ただただ静かに微笑みを浮かべて――


「……はい。長い間……お世話に、なりました」


 そう、言って、再び、深く、頭を下げたのだった。


 タイミングを計ったように、俺の背後でドアが開く。

 俺に与えられた面会時間が差し迫っていたので、華月は俺を迎えに来た看守だと思ったことだろう。

 だが、その、開けられたドアの向こうから姿を見せたのは……看守では、なかった。


「……、っ」


 椅子から立ち上がって振り向くと、俺が予想していた通りの女性が、そこに、立っていて。

 華月は笑みを消して、目を見開いた。


「……紗、矢……」


 呆然と呟かれた名に、彼女……紗矢は一瞬、気まずそうに目を逸らす。

 狼狽える華月だったけれど、俺は別段何も驚いてなかった。

 そりゃそうだ。今日彼女を呼んだのは、この俺なんだから。

 俺は小さく笑みを浮かべて立ち上がると、そっと彼女の側に歩み寄った。


「俺の面会時間はここまでだ。そしてこの瞬間から、俺とお前の関わりは一切なくなった。

 後の事は……お前らで決めればいい」

「隊長……!」

「――達者でな、華月」


 それが、俺にとっては最後だった。

 ドアで立ち尽くしたまま動けずにいる紗矢ちゃんの肩を、励ますように、応援するようにぽん、と一度叩いて。

 俺は、自分でドアを閉めて、拘置所の出口に向かって歩き出した。


 その後、二人がどんな会話をして、どんな答えを出したのか。

 俺は勿論、知る由もない。




 第一話 終


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