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何者にもなれない蝙蝠達  作者: 和菜
最年少コウモリ
6/29

コウモリのやり方

 

 俺が華月の入隊当時に聞かされたのは、連続暴行と殺人未遂の話のみ。

 何故そんな馬鹿なことしてしまったのかは聞かなかったし、知りたいとも思わなかった。

 知る必要もないと思った。

 ただ暴れ回るだけだった当時の華月が突き止められなかった、薬物の売人。

「何でも有り」の違法捜査で、華月の過去を調べるうちに、俺はその答えに行き着いた。

 それこそがこの――城嶋丈。

 こいつは当時、まだ駆け出しのホストだったが、その顔の良さ故に当時からそこそこ指名を受けていて、今とほぼ同じ手口で薬を売り続けていた。

 同じ悩みを持ってる人にも分けてあげて下さい、と優しく甘い言葉で囁いて。

 それが、巡り巡って華月の姉さんとその友達の手に渡ったのだ。

 母子家庭で何かと苦労の多かっただろう彼女は、その、薬の快楽と安堵に抗い切れなかった。

 そして華月もまた、この潜入捜査の過程で、母と姉を死に追い遣った元凶が城嶋であるという事実に、辿り着いてしまった。

 ……最初からきちんと下調べをしておけば、こんな事、すぐに分かることだった。

 簡単な潜入捜査で済むと高を括って、華月をこんな愚行に走らせることはなかった。

 完全に、俺のミスだった。

 ――言葉を詰まらせ、俺を睨み据える華月に、俺はもう一歩、近寄る。


「お前の気持ちは分からないじゃねえ。けど……今そいつを殺しても、お袋さんも姉さんも喜びやしねえだろ」

「……知った風な口を、叩かないで下さい! あんたがそんなこと言えた義理じゃないでしょう!」

「……、」

「それでもまだ、あの時は……俺だって冷静だったんすよ……こいつが、客の一人に薬を渡すのを見た時までは」

「………」

「いつも通り、さり気なく、何気なく情報を聞き出して、絶対的な証拠掴んで、こいつを警察の元に誘導して……そうやってちゃんと、任務をこなすつもりだったんです。

 でも……」


 華月の瞳に涙が溢れ、やがて零れ落ちる。


「でも……こいつ、何て言ったと思います……? 彼女達は城嶋さんを信用して薬を受け取って、苦しみから逃れたくて毎日必死で、そういう話聞いてて、薬物渡しちゃうなんて、ちょっと良心が痛まないっすか? 最後には女達ボロボロになるんすよ、って言った時」

「……何て言ったんだ」


 一声ごとに憎悪を吐き出すように語る華月に、俺は一瞬だけ、ちらりと城嶋を見遣った。


「“俺の知った事か”って」

「、……」

「薬物を渡したのは確かに俺だけど、受け取るのも飲み続けるのもボロボロになるのも、全部自己責任。やばいと思った時に辞められないのは、そいつの意志が弱いだけだ、って。

 ……そう言われた瞬間俺……目の前が真っ暗になって、頭に血ががぁっと上っちまって……気付いたら、この様ですよ。

 こんな奴……こんな奴のために、俺の姉ちゃんと母ちゃんは……

 だから俺は、こいつを絶対生かして帰さない。ここで、ぶっ殺してやります」


 俺は、静かに息を吐きながら、そっと、目を伏せた。


「……隊長。ここまで痛め付けて漸く、城嶋の口から吐かせました」


 すると華月は、不意に静かな口調でそう言って、銃を持ったまま、上着の内ポケットから一枚の紙を取り出すと、俺に向けてそれを放った。

 受け取ると、折り畳まれたそれを慎重に開く。

 中には、数組のやくざの組名が書かれていて。


「警察にその情報を渡して下さい。俺の、「蝙蝠」としての、最後の仕事。せめてもの、お詫びです」


 そうして華月は、再び、銃口を、城嶋のこめかみに当てて……ついに、撃鉄を起こした。


 刹那。

 俺は身を屈め、一気に踏み込んで、華月との距離を詰めた。

 って言っても、大したスピードじゃない。ほとんど素足で、お世辞にも歩き易い場所でもないし。

 だが、華月の不意を突くには充分だったようで。

 まさかここで、俺が突撃して来るとは思わなかったんだろう。

 下手に動いて、引き金を引く指に僅かでも力が入れば、城嶋の命は尽きてしまうのだ。

 多分、軽率な行動に入る。真っ当な警察官ならばやらない。

 が、生憎俺は真っ当でもなければ警察官でもない。

 俺は、狭い室内を華月に向かって一気にダッシュで駆けると、すかさず城嶋に突き付けられている銃を鷲掴みにした。

 更に両手で掴み上げ、城嶋から離し、そのまま、ぐい、と華月の腕を引っ張って、彼の頭に頭突きを一発喰らわせた。

 ぶっちゃけ、痛い。

 が、今は構ってられない。

 当然華月も痛がっているので、俺はその隙を逃さず、痛みの余り仰け反った華月の腹に、今度は拳を一発叩き込む。


「ぅあ……っ!」


 止めに、華月の体を背負い投げて、すかさず銃を奪い、華月の顔の前に突き付けた。


「……馬鹿野郎。お前が俺に勝てる訳ねえだろ」


 呆然と俺を見上げる華月に、俺は敢えて低い声で言い放つ。


「……被害者が加害者に同じ報いを与えて、何がいけないんですか」


 すると華月は、忌々しそうな目をして、そんなことを言った。


「そんな……死んで当然の腐った野郎、生きてる価値なんてない。

 分かるでしょう、あんたや俺には。死んだ方がいい類の犯罪者の臭いってやつ。

 いいじゃないっすか。殺させてくれりゃあ、そいつの息の根が止まった瞬間、俺を、今度は殺人犯で警察に連れてけば、万事解決っすよ」


 いっそ狂ったような笑みで言う華月が、まるで、別人のように見えた。

 ……こういうのも、見るのは初めてじゃない。

 犯罪を犯した奴の心が、壊れていく瞬間だ。


「――そしてまた、お前は紗矢ちゃんを独りにするのか?」


 だから俺はそう言った。

 その名前は、最後の希望であり、砦だった。

 その名を口にした瞬間、華月の眉がぴくりと反応する。


「今更、紗矢が何だって言うんです」

「……今更じゃない。だってあの子はまだ、お前の事を待っているから」

「……は……?」


 間の抜けた声を上げた、その瞬間。

 漸く、華月の瞳に淡い輝きが灯ったのが見えた。

 俺は上着のポケットからスマホを取り出して、画面を操作し、そっと、華月に向けて差し出した。


『――華月君』

「っ、!」


 ほんの数秒後、スマホから発せられた声に、華月は今度こそ目を瞠り息を呑む。

 二日前に会った時、伝えたいことがあれば伝えておく、と言って彼女を促して、その声を、言葉を録音して来ていた。

 もし万が一俺が彼を止められない場合、最後にその可能性があるとしたら、彼女の言葉なのだと思ったから。


『華月君、元気ですか? 私は元気にやってます。

 今、何処で何をしてますか?

 ……言いたい事は沢山あります。訊きたい事も沢山。文句だって、山程。

 でも……でも、今はこれだけを』


 そこで音声が一瞬途切れる。

 この時の事を、俺もよく憶えている。

 震える唇を噛み締めて、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出して。

 瞳に涙を浮かべて、それでも真っ直ぐ、強い目で前を、向けたスマホを見つめて、言い切ったのだ。


『華月君。私は今でも、貴方を愛しています』

「――……っ!!」

『未練がましい女でごめんなさい。でももし、まだ貴方が私の事を忘れないでいてくれてるのなら、一度、連絡を下さい。待っています』


 メッセージはそこで終了した。

 俺はスマホを仕舞い、改めて華月と目を合わす。

 目を瞠り、体を細かく震わせて、彼は、ただただ呆然としていた。


「……何で……」

「それは、何に対しての疑問符だ?」

「……、っ……」

「何にしても俺はその“何で”の答えを持ってない。知りたきゃ自分(てめえ)で考えろ。

 だがあの子の名を聞いて、声を聞いて、動揺しちまう程度には、お前の中でもまだ、あの子の事は“過去”じゃねえって事なんだろう」


 そう言うと、俺は一度目を伏せて、銃を下ろすと、未だ拘束されたままの城嶋に歩み寄った。

 縛られたロープを解き、彼の身を解放してやる。

 だが華月はそれを咎めることも阻むこともなく、倒れ込んだまま微動だにしなかった。


「城嶋のためでも、ましてやお前のためでもない。

 俺は、何年も経ってるのに未だにお前を愛しているあの子のために、お前を止めに来たんだよ。

 お前自身、もうあの子をそこまで愛していないのだとしても。

 お前がすべきことは、こいつを殺す事じゃなくて。

 彼女に伝えていない大事な事を、ちゃんと伝える事じゃねえのか」


 たとえそれが、彼女を傷付けてしまうような言葉でも。

 何も告げられず、独りで何処にも行けず、ただただ華月の事を想い待ち続けて生きて来た彼女には、それくらいの事は、人としても男としても、当然、すべき事だろう。

 柚希達に言ったら怒られるかもしれないが、俺が単身乗り込んだのは、それを、最後に華月に言い聞かせるためだった。

 隊長として、最後に、教えてやりたかったから。

 ――気絶して起き上がれない城嶋の腕を、自分の首に回して支え起こす。

 未だに華月は動こうとしなかった、けれど。

 ……やがて、その瞳から、一粒、滴が零れ落ちた。


「……狡いっすよ、隊長……よりにもよって、紗矢なんて……

 これが、柚希さんとか夏鈴さんなら、俺も……迷わなかったのに」

「………」


 嗚咽に震える唇から、俺への恨み言が漏れるけれど、その声には何処か、安堵の色が入り混じっているようにも、聞こえた。


「……何とでも言えよ。けど、これが、俺達“蝙蝠”のやり方だ。

 罪を犯して逃げてる奴をとっ捕まえるためなら、どんな所にでも行くし、どんな事だってやる」


 背を向けた瞬間に、言い放つ。

 倒れたまま腕を持ち上げて、少々乱暴に自分の目元を覆い、ごしごし擦ると。

 漸く、華月は体を引き摺るように、起き上がった。


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