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何者にもなれない蝙蝠達  作者: 和菜
最年少コウモリ
4/29

暴走

 

 華月から電話があったのは、その日の深夜のことだった。

 時刻にして午前一時。普通に寝ている時間である。

 まあ、ホストクラブはまだ開いてるのかもしれないが。

 それでも変な時間の唐突な電話に睡眠を邪魔された俺は、寝起き特有の気怠い声を隠しもせずに、応じる。

 スルーしても良かったが、仕事柄緊急事態ということも考えられるので、それは出来ない。


「……もしもし?」

『………』

「もしもし……? おい、華月だろ? 何か緊急の報告か?」


 何度呼び掛けても返事のない華月に、俺の意識は少しずつ覚醒していく。

 華月がスマホを落とし、それを誰かが拾ってくれて、とりあえず着信履歴の一番上に表示されてた番号に掛けてみている……というようなパターンを想定してみたが、どうにも、違う。

 受話器越しに感じる雰囲気もそうだが、何より、普通の人間ならそんなことはせず、交番にでもさっさと持って行くだろう。

 俺は不審に思い、咄嗟に、スマホの録音ボタンを押す。


「おい、華月、どうした? 何かあったのか? 返事をしろ」


 尚も呼び掛けるが、やはり、返事がない。

 緊張が、じわじわと足元から這い上がって来る。

 それでも俺は自身を落ち着かせて、ベッドの側のテーブルに置いてあるタブレット端末を開いた。

 素早く開き、GPS機能を使って華月のスマホの位置を探り始める。

 だが。


『……隊長』


 消え入りそうな声が、受話器から漸く聞こえて来る。

 その声も口調も、普段の明るく人懐っこい彼とは、まるで掛け離れていて。


「華月……?」

『隊長……すみません。俺……余計な事、突き止めちまった、みたいです』

「余計な事だと? 一体何の話だ?」

『すみません……俺、どうしよう……どうしたら……』

「おい……!」

『俺、自分を抑え切れないっす……すみません……』


 そこで、華月はぷつっと電話を切った。


「おい! おい、華月!」


 途切れてしまった電話は、無機質な音のみを繰り返し奏で、俺の声も華月の声も届けない。

 タブレットを凝視するが、どういう訳か華月の奴、位置情報をオフにしているらしく、何処に居るのか掴めない。

 俺はすぐさま家を飛び出して、彼が潜入しているホストクラブへと車を走らせた。


 車を走らせている最中、もう少しで繁華街に着く、という頃、再び電話が鳴った。

 一瞬もしやと思ったが、相手は華月ではなく柚希だった。

 ワイヤレスイヤホンのスイッチを押し、少々苛立った声で電話に出ると、柚希もそれに負けないくらいの焦り声で、


『大変よ! すぐに華月の潜入してるホストクラブに来て!』


 と言った。


「もう向かってる! 華月が妙な電話寄越しやがったんでな!」

『華月が!? でもあの子……!』

「一体どうしたってんだ!? 何があった!?」

『っ、……とにかく、あんたも早く来て!』


 半ば一方的に言うと、柚希はこっちの返事も待たず電話を切った。

 このくそ急いでる時に限って、何度も信号に引っ掛かって、焦りばかりが募る。

 警察が極秘に抱えている部隊とはいえ、俺達は警察じゃない。どんなに急いでても道交法に則った運転をしなくてはいけない。

 これも規則の内だ、破って御用になったら元も子もない。

 俺は募る焦りと苛立ちを必死で抑えながら、法定速度ギリギリで飛ばし、繁華街へ急いだ。

 ……嫌な予感がする。

 いや、柚希があんな切羽詰まった声で電話して来た辺り、とうにその予感は当たってるだろう。

 俺はぎり、と奥歯を噛み締めて、アクセルを踏み込んだ。


 現場に辿り着くと、辺りは騒然としていた。

 ホストクラブを取り巻く野次馬、その人々を近付けさせまいとする複数の警官、数台のパトカー、そして。

 ぐちゃぐちゃに荒らされた店と。血を流し呻き声を上げ蹲るホスト達と、客達。

 救急車も何台か来ており、見るからに重傷な者から病院へと搬送されていく。

 その様子を、俺は、人だかりを押し退けつつ最前までやって来て、呆然と見つめた。


「何、だよ……これ」


 誰がどう見ても只事ではない。

 酔って暴れた上での喧嘩、にしては度が過ぎている。

 だが俺はすぐさま我に返ると、蹲る怪我人の方をもう一度見遣り、華月を探した。

 こういう現場は見慣れている。

 怪我人どころか、死体だって何度も見た事がある。

 動揺している場合ではなかった。今はまず、華月を探すのが先決だ。

 そう思って、制服警官達に気付かれないよう、慎重に視線を巡らせた。

 だが……いくら探しても、華月の姿が見当たらない。

 それどころか……今回の標的である、城嶋の姿も。


「……大和」


 不審に思っていると、真後ろで女の声が届いた。

 俺の背中に抱き着くような姿で、顔を俯かせ声を潜ませる女は、傍から見たら、怯えて俺に縋っている俺の恋人、のように見えるかもしれないが、違う。


「柚希」

「こっち」


 言いながら、柚希は俺の腕に半ば抱き着くようにして、俺をこの場から連れ出す。

 野次馬を抜け、尚も集まって来る人だかりを抜け、やがて俺達は、裏路地へと入って行った。


「……何があった」


 非常事態であることは言うまでもない。

 恐らく、華月が絡んでいることも。

 俺は一瞬にして冷静さと冷酷さを纏い、柚希に問い掛ける。


「華月が……城嶋を拉致したわ」

「何!?」


 だが、その報せは、俺が思いも寄らなかったばかりか、完全に予想外の事態だった。



 □□□



 翌日、俺は賢吾と夏鈴に緊急招集を掛けた。

 今日は日曜日、本来ならば休日で、この事務所も一日無人なのだが、今日はそんなことを言っている場合ではない。

 緊迫した形相で、デスクに座る俺を見下ろす三人の顔を一人ずつ見遣って、俺は、小さく息を吐いた。


「柚希、報告を」

「はい」


 言って、柚希は座る俺の隣まで移動すると、残りの二人と向かい合うような形で、静かに、毅然と、昨夜あった事を説明した。


「昨夜、華月が突然、城嶋に暴行を加えた後、城嶋を攫って逃亡しました」

「……理由は」

「不明です。本当にいきなり、大声で怒鳴った後彼を殴り、止めに入った他のホストにも暴行を加え、店内で大暴れしたとか」

「で、でも……華月君は潜入捜査中だったんですよね……? どうしてそんなこと……」


 狼狽えた様子で夏鈴が問うと、柚希は苦し気に首を横に振った。


「分からないわ。ただ、華月は店内で散々大暴れした後、騒ぎに乗じて城嶋を連れ去り、そのまま行方知れず。

 昨夜から何度も連絡を試みているけれど、携帯は一向に出ないし、混乱の中だったために、華月と城嶋がどの方向に去っていったかを見た人もいない」

「……“蝙蝠”の隊員だからこそ、出来た芸当ですね」


 舌打ちに交じりに賢吾が言うと、その場に重い沈黙が下りた。

 自然と皆の視線は俺に集まり、言葉を待っている。

 今回、俺が華月に命じたのは潜入捜査。

 城嶋が麻薬の売人であるという証拠を掴んで、逮捕へ誘導しろ、というもの。

 だが奴は、不要な暴力を振るったばかりか、何の関係もないホストや客にまで危害を加えている。

 たとえ「蝙蝠」の隊員でなくとも、許される事じゃない。

 そして俺は……隊長として、冷静に、冷酷に、的確に、命令を下さなければいけない。

 俺は、机の上に肘を着き、組んでいた手をぎゅっと握って、一瞬、目を伏せた。


「……華月を探せ。どんな手段を使ってもいい。一刻も早く見付け出すんだ」

『……はい』


 俺の重い声で紡がれた指示に、皆も、重い声で応え、思い思いに事務所を出て行った。

 一人になり、やけに静かになった事務所内で、俺は、暫くそのまま動けなかった。

 思い出されるのは、昨夜の華月の電話。

 余計な事を突き止めてしまった、もう自分を抑えられない。

 ずっと、彼のあの言葉の意味を考えている。

 泣き出しそうな、迷子の子供のような声だった。

 いつも明るくて、隊内のムードメーカーのような男で、元受刑者であることを時々忘れてしまいそうなくらい、曲がった事が嫌いで。

 その彼が、何故、こんなことを……。

 ――いや。

 考えたってしょうがない。

 考えても答えの出ない事をここで一人悩むより、すべきことがある。

 俺は気持ちを切り替えて立ち上がると、自分も事務所を出た。

 華月達の捜索は、とりあえず柚希達に任せるとして。

 俺は俺で、別の事を調べてみよう。




 俺が独自に調べ始めたのは、城嶋の経歴と、華月の経歴だった。

 何でもいい。何か、手掛かりになりそうなものがあれば、掴みたかった。

 俺は、得意の「何でも有り」の違法捜査で、城嶋と華月の経歴を徹底的に洗った。


「……そりゃ、本当か?」

「は、はい……」


 そうして、漸く有力な情報に辿り着いたのは、華月が消えて四日目の事だった。

 割と洒落ているカフェの、一番奥の席で。

 きっちりとしたスーツに身を包んだ俺の向かいに、まだ年若い女性が座っていた。

 華月と同じか二つ三つ下、といったところか。

 苦し気に、悲し気に俯く彼女は、今にも泣き出しそうだった。

 思い掛けなかった事実を知って、思わず俺は大きく息を吐き出した。

 彼女の名は三雲紗矢(みくもさや)。華月の、学生時代の恋人だった。

 華月の経歴を、犯罪に手を染める前まで遡って調べていくうちに、辿り着いた女性だった。

 本職は伏せて探偵と名乗り、訳あって華月と華月の家族を探している、というような事を伝えると、彼女は少し躊躇いながらも、華月の事を話してくれた。

 だが、紗矢が語った華月の人生は……想像を絶するような、過酷な現実だった。


「その後、華月とは?」


 重い口調で問えば、紗矢は力なく首を横に振った。


 ――酷い話、なんてもんは、割と何処にでも転がっている。

 仕事柄、俺はそういう話を沢山見て来たし、聞いて来たし、そして、その現実に押し潰されて、犯罪に手を染めてしまった奴を山程見て来た。

 今回の華月も、とどのつまりそういうことだ。

 華月の過去を調べ、紗矢と話して、辿り着いた答えはそれだった。

 入隊する時、メンバーはその部隊を仕切る隊長に、簡単なプロフィールと、自身の罪状、下された罰則や判決の内容を記した用紙を提出するのが決まりになっている。

 当然、華月が入隊した時も、俺は彼からその用紙を受け取った。

 何処の出身で、何処の学校に行って、どんな罪を犯して、どれだけ服役したのか。

 書いてある内容はその程度だ。

 そして俺は、どんな奴でも、どんな罪でも、そこに書いてある以上の詮索はしないと決めていた。

 過去なんてどうでもいい。

 今、俺や他の仲間達と共に、罪を犯して逃げ回っている馬鹿共を見付け出す役目を、担ってくれるのなら。

 だが、過去に傷のない奴なんていない。

 傷の痛みから逃れるために、痛みに報いるために、犯罪という手段を選ぶ奴も、確かに、居る。

 今回の件が正にそれだった。

 ――何で、俺は華月を今回の任に当たらせてしまったのだろう。

 ルックスが良い、コミュ力がある、順応性や忍耐力がある……馬鹿か。

 結局、華月だけでなく、他の奴らの事だって、そんな表面的な部分しか見れてなかったから、結果こんなことになったんだ。

 カフェを出て、車に乗り込むと、俺は、思い切りハンドルに拳を叩き付けた。

 こんなことしたって、もう何も取り返しなんて付かないけど。

 どんなに悔やんだってもう、後の祭りだ。


「……、あー……」


 やり切れない思いを吐き出すように、わざと鬱陶しい声を上げた。

 目を閉じて、無理矢理、思考を止めた。

 ちょっとだけ、考えるのを、止めさせて欲しい。

 後悔で、具合が悪くなりそうなんだ。


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