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何者にもなれない蝙蝠達  作者: 和菜
女コウモリ
11/29

究極の違法行為

 

 全員でビル階段を下り、地下一階に当たる場所へ赴く。

 そこに行くための階段は、普段は「関係者以外立ち入り禁止」区域として封鎖されていて、外から悪戯に入ることは出来ないようになっている。

 鍵を開けてドアを開けると、その先には、だだっ広いだけの部屋があった。

 地下なので窓はないが、防音設備が完璧に整えられたここは、第七小隊が所有する、訓練場。

 時々、ここで賢吾がトレーニングをしたり、武道の心得がない新入りが入隊した時とかに、稽古をつけてやったりしている。

 ちなみに、この一つ下の階にも部屋があるのだが、そこは、射撃訓練場だ。

 やはり新入り隊員に銃の使い方を教えたり、俺達自身の銃の練習に使っている。

 俺と崎原は訓練場の真ん中辺りまで、一定の距離を保ちつつ歩いた。

 賢吾と夏鈴、柚希は部屋の端に固まって待機し、じっと俺達の様子を見守っている。


「……もしもの時は、俺が止めます」

「……頼むわ」


 小声で賢吾と柚希がそんなことを話す中、俺は、来ていたスーツの上着を脱ぎ、シャツの袖を捲る。

 ホルスターを外し、そこに装着していた銃を引き抜くと、それを床に置き、崎原の方にスライドさせるように放った。


「まだお前専用の銃は用意してないからな。それを使え。弾は六発だ。大事に使えよ」


 すると、崎原はさっと銃を拾い、素早く安全装置を解除すると、両手でしっかり構えて俺に銃口を向けた。


「ばーか!」


 狂ったように大笑いしながらそう言って、躊躇いなく、引き金を――引く。

 ――ぱぁん!

 けたたましい音が、広い室内に耳鳴りのように響き、余韻を残すけれど。

 音は、それだけ、だった。


 音はそれだけ、つまり、俺は、無傷である。


「え……え!? 何で!?」


 崎原は面白いくらいに戸惑っている。

 当然ながら、側で見ていた三人も、何ら動揺はしていない。


「くそ!」


 続けて崎原は見境なく銃をぶっ放すけれど。

 どれも、俺には当たらない。

 馬鹿はてめえだ。

 俺は冷めた目で、冷めた気分で、崎原に向かって足を踏み出す。

 両手をズボンのポケットに突っ込み、その辺をただ呑気に歩くような足取りで。

 崎原はそんな俺の態度に苛立って、銃を連射するけれど……そのうち、あっという間に六発撃ち終わってしまった。


「大事に使えっつっただろうが、馬鹿野郎」

「な、何で!? 何で当たらないんだよ!?」

「あのなぁ。初めて銃を使う奴が、そんな簡単に狙い通りに当てられる訳ねえだろ。

 ましてやそんなへっぴり腰で、照準もブレブレ。それで狙った場所に正確に当たったら、最早そりゃ神業だぞ」


 確かに銃は危険だ。持って相手に向けて威嚇するだけで、多くの人が一瞬で怯む。

 当たれば一発であの世行きだ。

 だから、世間知らずの馬鹿の中には、持っているだけで無敵になれると思ってる奴が存在するようだが、そんな危険な代物だからこそ、正確に扱うには訓練が必要になる。

 そして、ここで間違えてはいけないのは、その危険な代物を俺達が所持、使用を許可されているのは、俺達が、崎原の言うような意味での“選ばれた罪人”だからでは、ないということだ。


「賢吾、お前の銃を貸してやれ」

「………」

「いいから。これは命令だ」

「、……はい」


 弾切れとなった銃と、狼狽える崎原を見据えたまま、俺は吐き捨てるように賢吾に命じた。

 渋々賢吾は、懐から自身の銃を取り出し、さっきの俺と同じように、崎原に渡す。

 崎原はそれを見て、さっさと俺の銃を捨てると、足元に転がって来た賢吾の銃を拾う。

 またしても性急に俺に銃口を向ける崎原だったが、流石に学習したらしく、今度は無闇に撃って来ない。


「よーく狙えよ、崎原。俺を、殺したいんならな」


 崎原に先程のような余裕の笑みはない。


「今度こそ……!!」


 言って、崎原はまた、引き金を引く。

 やっぱり、当たらない。

 そうして俺はまた、崎原に向かって歩き出す。

 忠告してやったものの、彼の銃を握る手は、やはり震えまくり、その状態で、二発目、三発目を放つ。

 でもやっぱり、当たらない。

 まあ、そんな簡単に扱えるようになる訳ないんだが。

 崎原は顔色一つ変えず歩いて来る俺を前に、じりじりと後退りを始めた。

 当たる訳がないと分かっているから、銃を向けられているこの状況でも、何ら怯むことはない。


「この……っ!」

「っ、!」


 だが、次に放たれた一発は、俺の左上腕を掠った。

 反射的に痛みで足を止め、片目をぎゅっと瞑る。と、崎原の気が一気に緩んだ。


「は……ははは! どうだ! 俺を馬鹿にして甘く見てるからだばーか!」


 崎原の荒い呼吸交じりの嘲笑が、虚しく室内を木霊する。


「――で?」


 だから俺は、一層低い声で、一層冷たい眼差しで、崎原を見据えた。


「ああ、十発目にして漸く当てることが出来たな。はいはい、よく出来ました。

 で? 次は?」

「つ、次、って……」

「おいおい、忘れたのか。俺を殺すんだろう?」

「な、何言ってんだよ。マジだったのかよ!? 今当てられたってことは、次も当たるかもしれないんだぞ!? ほんとに死んじゃうかもしれないんだぞ!?」

「だから、そうしたかったらそうしろって言ってんだろ。

 そのためのハンデじゃねえか。

 それとも何か? てめえは……その覚悟もなしに、この俺に……

 “蝙蝠”の“隊長”に喧嘩吹っ掛けたのか?」


 あからさまに、崎原の肩がびくっと震えた。

 思った通り、こいつは、俺の挑発を、本当に“ただの挑発”としか取っていなかったらしい。

 だが生憎だが、俺のはこいつが事務所で散々宣ったような、人を散々からかって遊ぶだけの安い挑発じゃあ、ない。


『――“蝙蝠”の隊長はな、“蝙蝠”で居ちゃ、いけないんだよ』


 かつて、先代の第七小隊長は俺にそう言った。

 罪を犯して逃げ回っている奴らを見付け出し、追い詰めるために組織された、刑期を終えた元罪人のみで構成される極秘部隊。

 刑期を終えているから“一般人”であると同時に、“罪人”としての自分の価値を利用し、ありとあらゆる違法行為を犯し続ける、警察公認の“現行犯”であり。

 故に、その隊長となった者は、“蝙蝠”で在り続けてはいけないと言った。


『隊長になるために必要な資格はない。あるのは、条件を満たす度量だけだ』


 何処にも行けず、何処にも行かない事を承諾した元罪人達を束ねる長を務めるために。


『その条件とは……――』


 ――そこで、俺は思考を一旦、止めた。

 徐に、腰を落とし、身を屈める。

 その、ほんの一呼吸の後。

 崎原に向けて、ダッシュを掛けた。


「っ!!」


 崎原が息を呑んで、咄嗟に銃の引き金を引く。

 驚きと狼狽の余りに反射的に撃たれた弾は、出鱈目な照準であるにも関わらず、今度は俺の右足を掠めた。

 だが当然、俺はそんなことでは止まらない。

 銃身を乱暴に引っ掴み、そのまま崎原の腕を引き自分の脇に挟むと、彼の手から銃を奪い取る。

 その体勢で、空いている方の手で崎原の手首を掴んだまま、彼の胸元に銃を持った腕の肘を打ち込む。彼が呻くのと同時、腕を離し、俺は傷を負った足を高く蹴り上げて、その踵を、崎原の後ろ首に落とした。

 だがまだ終わらない。最後に俺は、膝を着いた崎原の胸倉を掴むと、勢い良くその体を地面に叩き付ける。


「っ、ぐ……!」


 先程まで余裕たっぷりに人を蔑んでいた唇から、苦しそうな呻きが漏れた。

 その瞬間。


「!!」


 俺は、崎原に馬乗りになり、奪い取った賢吾の銃の銃口を、崎原の額に押し当てた。


 今度こそ完全に、崎原の顔から余裕が消える。

 唇をわなわな震わせ、まるで凶悪犯を見るような目で、俺を見上げている。

 ……いや、多分今の俺は、その凶悪犯すら真っ青になるくらいに、とんでもなく冷酷な顔をしているだろう。


「ひ、卑怯だぞ! お前、武器は一切使わないって……!」


 それでも負けじと、崎原が俺に言い募るけれど。


「そんな約束、した覚えはねえな」


 俺は、いけしゃあしゃあと言い切ってみせる。

 崎原の顔は益々蒼白になり、瞳が怒りと恐怖が綯い交ぜになったような色になる。

 俺の計算が正しければ、賢吾の銃にはまだ一発だけ弾が残っている。

 俺が今引き金を引けば、こいつは死ぬだろう。


「確かに俺は、武器は一切使わない、と言った。

 けど……一切使わないことを、()()()()()()()()()

「な……」

「お前の言う凶悪犯が、約束をきちんと守るような良心的な奴らである保証が、何処にある?

 俺が、“隊長”という立場だからって、良心的な言葉を律儀に守ってやるような、優しく甘い男だと、何故思う?」


 ……自分でも分かる。

 今、自分がどんな目をしているか。どんな顔をしているか。

 銃を持つ手の人差し指が微かに痙攣している。

 俺の理性と裏腹に、俺の指はこいつを黙らせたくてうずうずしているらしい。


「一つ、隊長としてお前に教えてやるよ。

 お前が“蝙蝠”にスカウトされたのは、お前御自慢のそのおつむを評価された訳でも、女を襲うスキルを買われた訳でもない。

 お前が、二度と娑婆に出る資格のない、ただのゴミだからだよ」

「っ、っ……!!」


 冷えていく。

 指先が、腹の底が、一言毎に。

 だがそれは、こいつに残酷な事実を告げている故に、心が痛んでいるからじゃない。

 この勘違い野郎が絶望していく様が、堪らなく滑稽でくだらな過ぎて、反吐が出そうだからだ。


「“蝙蝠”は、犯罪者を見付け出し追い詰めるために、犯罪者の心理や手の内を知り尽くしている“元罪人”のみで構成された組織。

 選ばれた者達、と言えば聞こえはいいが、実際は、娑婆に出てまた罪を犯すかもしれねえ奴らを、警察が監視して手駒にするために作られた、ただの捨て駒集団だ。

 娑婆に出してまた余計な手間を掛けさせられるより、極上の餌をぶら下げて懐柔して、手元に置いて体よく利用してやった方が後々色々都合がいいって、ただそれだけのことなのさ」


 そんな馬鹿な、とでも言いたそうに、崎原の目が見開かれた。


「そして“蝙蝠”の隊長ってのはな、そんなゴミ溜めを仕切って、常に整頓された状態にしておく力を、備えてなくちゃいけない。

 その力の有無を図るため、必要なのが……二つの条件をクリアする度量と覚悟だ」


 撃鉄を起こす。

 その時、俺を制止しようと、柚希が切羽詰まった声で俺の名を呼んだけれど、俺はそれを無視した。


「一つは、そのゴミ溜めの中から、蟲が湧いて出た時、そいつを躊躇いなく駆除出来る事」


 照準を、しっかり、崎原の額に定める。


「や、やめろ……!」


 蟲を駆除する。その言葉の意味が、崎原にも理解が出来たのだろう。

 狼狽え、懇願する彼の腹に、俺は膝を立て、踏ん付ける。


「もう一つは、その“害虫駆除”に、何の感情も持たない事」


 ――賢吾が、俺を止めようと走り出そうとしているのが、視界の端で見えた。

 が、それよりも、俺の方が、早い。


「人が、害虫を殺す時に、同情や憐みや、罪の意識を持つことはない。それと一緒さ。

 そしてこれは、“蝙蝠”の隊長にのみ許された、究極の“違法行為”だ」


 ――ばぁん!!


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