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宿命の人 運命の人―瑠璃花敷波―  作者: 深森
part.01「水のルーリエ」
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総合エントランス・前

中庭に行く途中の、長い長いアーチ回廊で、十数人くらいのウルフ族の治療師や入院患者と行き逢った。


何で治療師と分かったのかというと、フィリス先生が灰色ローブの下に着ている男女共通の治療師ユニフォームと、共通だから。聞けば、灰色ローブを着用できるのは、『魔法使い』資格を持つ者のみだとか。


清潔が特に要求されるような治療室とかで毛髪を落とさないためだろう、みんなキッチリと髪をうなじでまとめたり、アップにして結わえたりしている。


フィリス先生もうなじで髪をまとめているけど、メルちゃんみたいな見習いは、治療室には入らないから、普通に髪を流してオーケーらしい(今は『狼体』状態で、わたしが押すサービスワゴンの上で、楽しそうにハァハァしてるところ)。


ちなみに、わたしが入った病室は、ディーター先生の研究室と直結している特別室だそうで、予期せぬ魔法事故に備えているという事もあって、隔離病棟スタイルになっているそうだ。


道理で、渡り廊下を過ぎてアーチ回廊に入るまで、他の入院患者の姿――生成り色の無地のスモック姿――を、見かけないと思ったよ。


頭部に包帯を巻いて、『人類の耳』と『呪われた拘束バンド』を同時に隠している状態だからか、『ウルフ耳が生えてない』という奇妙な外見に対して、他の治療師や入院患者からは、疑問を含んだ眼差しは来ていない。


大怪我をして『耳』が取れてしまうなどして、《高度治療》魔法による組織再生手術を受けに来たという患者は、数は少ないけど居るそうだ。利害トラブルがこじれまくって内戦になってしまった危険指定エリアとか、モンスター襲撃エリアから搬送されて来るケースが、ほとんど。


高難度の魔法を用いる《高度治療》が可能な医療機関は非常に限られていて、ここ『茜離宮』付属・王立治療院は、その数少ない中のひとつ。


――こうして何人かと行き逢ってみると、ウルフ族の男女の体格差が大きいのが良く分かる。


ディーター先生とフィリス先生の、大人と子供のような体格差は、最初はビックリしたけど、これが普通なんだ。ちなみに変身魔法で『狼体』になると、先祖の狼さながらに、成体の体格差は余り変わらなくなると言う。変身魔法って、いろいろ謎だよね。


アーチ回廊を行くうちに、この『茜離宮』付属・王立治療院の、中央病棟の総合エントランスだという場所に入った。


天井が高く、広い受付ロビーになっている。大広間と言って良いくらいの広さだ。長椅子やカフェテーブルのセットが、あちこちにある。


治療を受けに来た怪我人や病人が多い。でも、特に用事の無さそうな人も、顔見知り同士で集まって、軽食やお喋りをしながら時間を潰している雰囲気。ちょっとした社交場だ。普段から人でザワザワしている場所みたい。


エントランスの端に落ち着いたところで、フィリス先生が説明を始めた。


「この総合エントランスで、ウルフ族患者とイヌ族患者を振り分けているの。他の種族の患者もね。種族によって治療方法が違うから。竜人や鳥人、魚人の患者も、たまに来る事があるわ」


成る程、確かに――ウルフ族とイヌ族が入り交ざっている。半々くらいという感じ。ウルフ王国に一番多く入って来ているのが、イヌ族だそうだ。そしてチラホラと、レオ族、クマ族、ウサギ族やネコ族といった姿が見える。


イヌ族は、垂れ耳&巻き尾の割合が多い。種族的な特徴なんだろう。ほとんどが丸っこい目。でも、ウルフ族に良く似た外見を持つイヌ族も多くて、こちらは全く区別が付かない。女性だったら茜メッシュの有無で一発なんだけど……男性の方は、ハッキリした背丈の差が無いタイプだと分かりにくいんだよね。


男女ともに華やかなのがレオ族だ。分かりやすい。獣人の中で、最も華麗な外見を持つのがレオ族と言って良いみたい。エントランスに居る人々の中でも数は少ない方なのに、存在感からして目立つ。


レオ族男性は、タテガミが付いている。若いうちは小さなタテガミだけど、年と共に、貫禄のある大きなタテガミになるみたい。独身者は別にして、1人のレオ族男性を4人以上のペアルックのレオ族女性が取り囲んでいる。一夫多妻制ハーレム型と言うのが傍目にも見て取れる。


レオ族女性は何故か、全員ナイスバディ。どうやったら胸があんなに大きくなるのか……不思議だ。彼女たちの頭部で、キラキラしたビーズや飾り石をレースのように編み込んだココシニク風ヘッドドレスが目立っている。そのヘッドドレスの左右から、お下げのような感じで、細かいビーズや飾り石を長くつないだ房が何本も流れている。


――『花房』と言うそうなんだけど、光の粒で出来た滝みたいにシャラシャラと輝き揺れていて、綺麗だ。レオ族男性のタテガミの豪華さと釣り合っている。富裕アピールを兼ねているらしく、いかにも富豪なグループでは、レオ族女性のココシニク風ヘッドドレスの意匠も派手かつ大振りなサイズ。


ネコ族とウサギ族も分かりやすいタイプだ。顔立ちの特徴も、『耳』『尾』の特徴も、他とは大きく違うし。


クマ族の成人男性は、まさに『クマのような』って感じ。ヒゲ面が成人男性の基本ファッションみたいだし、身体全身の毛もすごい。


クマ族女性は、獣人に属する女性の中では最も髪を長く伸ばす習慣を持っていて、背丈より長い見事な髪の持ち主も多いそうだ。三つ編みや編み込みヘアスタイルが基本。髪が長くなったら真似してみたいなと思うような、可愛い変形バージョンも見かける。


ちなみに、パンダ族は、エントランスの人々の中には居なかった。パンダ族は数がすごく少なくて、見かけるのは珍しいという話。パンダ族が1人でも居れば、珍しがって人が集まって来るので、すぐ分かるそうだ。


パンダ族の外見は、人体というよりは、先祖そのものの毛皮付きの本体に近く、言わば『二足歩行パンダ』。現在でも、笹で作った腰巻ファッションを続けている――というか、何も着てない状態に近いらしい。だから、独特な白黒の毛皮模様は、一見の価値ありだって。


*****


イヌ族は『自称・レオ帝国』において、王国に相当する自治権を持たない。しかし、群れごとの団結力が強く、各個の独立組織と言って良い。群れごとの縄張り社会というスタイル。部族社会を想像すると分かりやすいらしい。


これはこれで別の問題があって、部族をまたぐ総合医療が成り立ちにくいそうだ。高度治療を必要とするイヌ族患者は、あらかじめ個別に、金融魔法陣と身元証明をセットした契約を交わして、ウルフ王国に入国して処置を受けると言う訳。


そして、この世界、必ずしも性善説で成り立つものじゃない。


古代からイヌ族とウルフ族は、特に相互交流が深かった。色々な意味で。イヌ族スパイがウルフ王国に潜入していて、ウルフ族スパイがイヌ族の諸々の群れに潜入しているのは、もはや常識だとか。


過去、戦国乱世だったころは、犬と狼のヤクザ抗争……いやいや、相互のスパイによる暗殺事件も珍しくなかったそうだ(そうやって獣人同士で争っているうちに、レオ族が、ちゃっちゃとレオ帝国を樹立して、諸王国をまとめる帝国体制を完備してしまった。さすが百獣の王と言うか、レオ族のリーダーシップはスゴイ物がある)。


ともあれ、実際問題として。


イヌ科の男性について、ウルフ族かイヌ族かを見極めるのは、茜メッシュの有無で見分けがつく女性の場合に比べて、遥かに難しい。


当人の『耳』と『尾』を確認しても曖昧な場合は、下級魔法を使って、手持ちの『魔法の杖』をチェックするそうだ。ウルフ族とイヌ族とで、『魔法の杖』の設定が異なっているからなんだけど、熟練のスパイとなると、そうもいかないらしい。


スパイの変装技術は、男性バージョンの方が発達している。究極的には《宿命図》で決着が付くんだけど、《宿命図》を判読できるのは一定レベル以上の魔法使いのみ。


わたしが地下牢に放り込まれた理由の一部が、『イヌ族の忍者または暗殺者』だったのも納得。しかも、あの後、割り振られた隊士たちがわたしの『魔法の杖』も探していたんだけど、何故か見付からなかった。


と言う訳で、あの時、どの種族の者かキッチリと調べるためもあって、上級・中級魔法使いが当直で詰めている取り調べ室に運び込まれていたんだそうだ。ディーター先生とフィリス先生が当直で詰めていたのは、たまたま当番でそうなっただけなんだけど、この点は本当に運が良かったと思う。

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