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宿命の人 運命の人―瑠璃花敷波―  作者: 深森
part.01「水のルーリエ」
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今、起きている事

話が一区切りつき、ディーター先生が「さて」と言いながら、真剣な顔になった。


「嬢ちゃんの体内にある《宿命図》には、名前の欠片が不完全に残ってるんだ。『リエ』という断片が残っている。本名を突き止めないと、変身魔法や魔法署名などで不具合が出やすいから、非常に悩ましい問題でなあ。完全に名前部分が吹っ飛んだのなら、新しく名前をセットする治療魔法が出来たんだが」


名前って、そんなに大事な物だったんだ。でも、わたしは名前を思い出せないし、どうしたらいいの?


ディーター先生は、頭をひねり始めた。ブツブツと呟いている。


「女の子の名前で『リエ』を含む物というと……『アマーリエ』、どうかな?」


ピンと来ない。そこまで、セレブ風な名前じゃ無かったような気もするし。


「ラエリアン……これは違うな。マリエ。ジュリエット。リエラ。アリエル……」


色々あるんだ。ディーター先生は早くも名前の候補ストックが尽きたみたいで、半透明のプレートに国民名簿っぽいデータを呼び出している。


フィリス先生が少し首を傾げた後、わたしを見て来た。


「確か、出現場所は、あそこの外れの噴水だったのよねえ。あの噴水の水中花の名前、『ルーリエ』種って言うんだけど……『水のルーリエ』、どう?」


わたしは思わず、息を止めていた。


――今までの名前のリストと違って、ピンと来る物を感じる。『これ!』というような感じ。


無意識のうちに尻尾がパタタッと跳ねたらしい。ディーター先生とフィリス先生が『おや』と言うような顔をして来た。


「ほう。《水霊相》生まれの女の子の定番の名前か。難しく考える必要は無かったらしいな」

「一件落着ね。呼称の方は『ルーリー』って事になるかしら」


2人の先生は、ホッとしたような顔になった。もっと手こずる事を想定していたみたい。


*****


ディーター先生の話は、次に、目下の情勢の説明になった。


ちなみに、これは、わたしの扱いに関する限りの、特例だそうだ。わたしの身柄は、体調管理や拘束具の調査研究を含めて、当分の間ディーター先生の管理下に置かれる事になっている。


わたしが一応は16歳で、基本的な分別は付く年齢である事、そして凶悪すぎる拘束具をハメて現れて来たと言う、その異常性を考慮しての事だと言う。


この異様な拘束具に関する懸念は非常に大きく、大陸公路の魔法使いネットワークを通じて、獣王国を構成する全諸族に調査を依頼しているところ。


特に、わたしに対して問題の拘束具を用いた奴隷商人、或いは拘束具を製作した魔法使いを捕まえたら、聞かなければならない事が山ほどある。拘束具をハメた上に、何故に更に、対モンスター用の最高強度の《雷攻撃エクレール》魔法を撃つ事になったのかを含めて。


――そう、くだんの《雷攻撃エクレール》魔法、禁術指定の魔法だったんだよ。


バラバラ死体とか、腐乱死体ゾンビみたいなメチャクチャな死体になるのはまだ良い方で、死体すらも残らないというのが普通。竜人の場合は、途方もなく頑丈な竜鱗を備えているお蔭か、辛うじて生存記録はあるそうだ。


わたしが竜人なみに、身体全身のカクカクと記憶喪失で済んだのは、非常に珍しいケース。


身体の不自然なカクカクとした動きは、大量のエーテルが急激に体内に流入したせい。《雷攻撃エクレール》魔法を食らった時の症状らしい。エーテル調整をやったから、今は無理しなければ徐々に回復するとの事。元々、体内エーテル許容量に余裕があったと言うのが大きいみたい。


エーテル許容限界を超えると、身体のカクカクでは済まない。エーテル過剰は、心神喪失と凶暴化――バーサーク暴走を起こしまくるそうだ。過剰アルコールによる酒乱が、もっと有害になったようなもの。


故意に人に対して《雷攻撃エクレール》魔法を使うのは禁じられていて、『大陸公路』共通の、第一級の犯罪でもある。今回の魔法発動者――間違いなく中級から上級の魔法使いレベル――の正体は分からないけど、今回の事で、お尋ね者の扱いになっている。


禁術《雷攻撃エクレール》魔法を撃ったのが誰なのかは、さておき。


魔法使いでも何でもない、一般向けの『魔法の杖』は、そもそも《雷攻撃エクレール》のような超・重量級の魔法を発動できるようになっていない。


衛兵や親衛隊が持ってるような『戦闘用の魔法の杖』――あの警棒のような物だ――は、充分に『重い』ので、強大な魔物を駆除する時に、安全装置を外せば《雷攻撃エクレール》発動が可能だ。でも、それだって、使用者によっぽどの魔法パワーや身体的・精神的ガッツが無いと発動できないし、きっちり使用記録を取るようになっていると言う。


ともあれ。


何故に『殿下』が、あれ程に恫喝して来て、あまつさえ拷問も辞さぬと言う決断を下して来たのか、その理由を理解するには、今、此処で何が起きているのかを知らないといけないらしい。


ディーター先生に促されて、窓の外を眺める。


西の方角に、前日も見かけた、赤みを帯びた高層建築物がスッとそびえたっていた。3本の尖塔の頂上部、玉ねぎ型の白い屋根が、獣王国の領土の一部である事を示す。


この『大陸公路』には竜人、獣人、鳥人、魚人――四種の亜人類が居る。いずれも、基本的に変身能力持ちだ。普段は人体スタイルで、かつて絶滅した人類さながらに都市を作り、社会生活を営む。竜人は尖塔を有する都市を持つけど、竜人の作る尖塔は円錐形。プックリした玉ねぎ型の屋根を持つのは、獣人の建築様式のみ。


そして此処は、獣王国の飛び地、ウルフ族が自治権を持つ領土のひとつだ。ウルフ王国としても認定されている。


ディーター先生の説明は続いた。


「王宮は、また別の地にあってな。此処は避暑地で、あそこにある尖塔付きの宮殿は、夏の離宮だ。元々は王妃のための離宮だったから、『茜離宮』と呼ばれている――名前の由来は分かるな?」


わたしは、『知らない』と言う代わりに、目をパチクリさせた。


フィリス先生が補足説明をして来る。


「ウルフ族の女性は、頭の毛の何処かに茜色のメッシュが入るの。《宿命図》の特性でね。ウルフ族女性とイヌ族女性は体格が同じで基本的に見分けがつきにくいから、ウルフ族男性にとっては特別な意味のあるサインになる。『茜離宮』の名前は、このメッシュの色にちなむ訳」


成る程、フィリス先生の右側の生え際に、茜色をしたメッシュが見える。


赤銅あかがね色をした髪の中でも、その鮮やかな色は存在感がある。天然ならではの、輝きと深みのある色合いだ。一般的な人工染料で、まして毛髪という素材の上で、この色合いを再現するのは非常に難しいと思う。


わたしもウルフ族女性という事は――何処かに、茜メッシュが出てる?


心の中の、その疑問を読んだかのように、フィリス先生が手鏡を差し出して来た。


鏡に映ったのは、大きな黒い目をした、少年とも少女ともつかぬ童顔な顔立ちだ。目尻の切れ込みが浅いから、切れ長の目が多いウルフ族の中では、比較的にイヌ族にも見えるタイプなんだそう。左側の頬には、まだ切り傷の痕がうっすらとある。


あごラインまでしか無い、ザク切りの短い髪型。何だか浮浪者みたいだなぁ。チャコールグレーな色合いの黒髪の間から、人類の耳が横に飛び出している。ウルフ耳は無い。代わりに、頭部のその位置を覆い尽くすように、複雑な彫刻が施された金属製の不気味なデザインのバンドが、ターバンか何かのように巡っている。


(驚くべき事に、この複雑な彫刻すべてが、拷問用と虐待用に開発された様々な魔法陣を並べた物なんだって。既知の拷問魔法陣は、全部入ってるとか。誰が作ったのかは分からないけど、すごい執念だ。怖い!)


「男と思われたのも無理ないわね。髪を切ったばかりのせいかどうかは分からないけど、茜メッシュが見当たらないから。ルーリーが女の子だと分かったのは、《宿命図》を判読した後の話よ。今は行方不明者のデータ照合をしてるから、身元が分かったら、また説明するわ」


一区切りつけると、再び、この場の現在状況の話に戻った。


目下、この離宮――『茜離宮』では、王族と関係のある人物を標的とした、暗殺事件や傷害事件が続いていると言う。


最初の犠牲者――謎の暗殺者の手によって、不可解な状況の中で非業の死を遂げたのは、この離宮に一番入りしていた第一王女アルセーニア姫。


あの豪華絢爛な金髪の純白マントの『殿下』――ヴァイロス殿下の実の姉にあたる人物だ。


続く別の日に襲われて負傷したのが、アルセーニア姫の婚約者、リオーダン。更に巻き込まれたのが、アルセーニア姫と共に宮入りしていた内務大臣、他、数名の高位役人。


さすがに事態を重く見たウルフ王国の国王と王妃――ヴァイロス殿下と、亡き王女アルセーニア姫の両親だ――が、露払いを兼ねて、ヴァイロス殿下を名代として『茜離宮』に差し向けた。


そしたら、今度はそのヴァイロス殿下が、『茜離宮』に忍び込んだ襲撃者と遭遇し、浅いながら傷を負った。


魔法使いを含む親衛隊士たちが痕跡を追って容疑者を捕まえてみると、ウルフ族とイヌ族だった。ただし、異常に攻撃的にハッスルして暴走している状態――バーサーク化して正気を失っていると言う。拷問してみても意味のある証言を取るのは非常に困難な状態だし、正気に戻ったところで、記憶が残っているかどうかは怪しいらしい。


これらの一連の出来事が、まさに大詰めを迎えていた時に――


――わたしが、あの噴水広場に、謎の出現をしていた。


*****


――ウルフ王国・第一王女アルセーニア姫の、不可解なまでの非業の死。


それに続く――ウルフ王族の関係者、それも重鎮メンバーをターゲットとした闇討ち。


ガチの陰謀だ。不穏すぎる。


わたしは、いつの間にかゴクリと生唾を飲んでいた。


「ウルフ王国を揺るがす一大事……って事ですか?」


フィリス先生とディーター先生は、揃って渋い顔をして頷いて来た。


「今はまだ『国家機密』扱いだが、そのうち獣王国の全国ニュースになるだろう。この内乱じみた騒動は、ウルフ王国の自治権に響く問題にもなりかねない。レオ帝国からの余計な政治干渉は、御免こうむりたいところだ」


わたしが迷い込んできたタイミングは、本当に最悪だったんだ。


よりによって、あの『殿下』――ヴァイロス殿下の暗殺未遂事件が起きたタイミング。あの時の『茜離宮』が、遠目にも騒がしいように見えたのも、納得。暗殺者と思しき容疑者――犯人たちを捕まえたり、調べたりしている真っ最中。


記憶喪失とは言え、先方にしてみれば、わたしも得体の知れぬ侵入者の1人でしか無い。拷問されて死ぬ事になったとしても不思議じゃ無かったと思う。


フィリス先生が腕組みをしながら、愚痴めいた口調でブツブツと話し出した。


「最強の守護魔法を扱う『盾使い』が1人でも居れば、王族の身辺ガードは確実だったと思うけど、レオ皇帝が『イージス称号』を持つ魔法使いを身辺から離す筈が無いわね。よりによって『イージス称号』の1人は我らがウルフ族の出身だって言うのに、後宮ハーレム風習を持っててドケチなんだから、レオ族の男ってのは」


ディーター先生が苦笑している。『レオ族の男って、ドケチ』というのは、フィリス先生の口癖らしい。


「腹が減っているんじゃ無いかね、水のルーリー。私は午後から御前会議だから、食事の世話はよろしくな、フィリスよ」

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