事件の後の長い夜・4
「あなた、イヌ族の父とウルフ族の母の混血なの?」
斜め後ろから、見知らぬ声が降って来た。張りと色気のある、大人の女性の声だ。
振り返ると――レオ族の美女が居た。絶世の美女だ。ウルフ族の平均的な女性よりも、頭ひとつ分、背が高い。
美しいドレープのある濃紫色の、光沢のある細身のドレス。妖艶なデザイン。その中で盛り上がっている胸が、お見事だ。黒に近い濃い茶色の、ウェーブのある長い髪。
定番のココシニク風ヘッドドレスは、サイズ抑え気味ながら、ひときわ洗練された意匠や豪華な宝飾が、群を抜く富裕さを感じさせる。お下げみたいに流れている左右の『花房』が、ダイヤモンドのような虹色の光を放って、キラキラと輝く。その先端に黒い宝玉が付いている――《地霊相》生まれの人みたい。
フィリス先生とメルちゃんもポカンとしている。圧倒的な美女オーラ、半端じゃないもんね。
ポカンとしているうちに――レオ族の圧倒的な美女は、ヒョイと椅子を引いて、わたしの隣に座って来た。
色っぽく脚を組んだものだから、妖艶な紫色のドレス下半身の深い切れ込みの間から、なおさらに色っぽい太腿とふくらはぎがチラリと見える状態だ。
レオ族の紫ドレスの美女は目礼して、わたしの左手を取った――何故か、わたしの左薬指を注意深く観察しているようだ。
「まだ未婚なのね。しかも、《予約》も何も無い、まっさら」
レオ族の謎の美女は、御満悦と言った様子で呟いた後、「失礼したわね」と言いながら左手を離し――わたしの顔を、しげしげと眺め出したのだった。
「確かに、これは混血の顔だわ。でも顔の造作は悪くない。身体つきも貧相だけど、全体バランスは、むしろ上々の類。ちゃんと食べればモノになるし。ウルフ族の母親の方は、あたしと同じ程度には、まぁまぁ絶世の美女に違いないわ。胸のサイズは、あたしには負けるだろうけど」
わお。すごい自信。圧倒的な美女が、当然のように美貌とナイスバディを自慢しておいて、嫌味が無いのがスゴイ。
「さっきまで、話が聞こえてたから耳を澄ませてたのよね。とりあえず初めまして、ウルフ族のルーリー嬢。それにフィリス嬢、メル嬢。レオ帝国の親善大使リュディガー殿下が、こちらに来ている件は知ってると思うけど、あたしの夫が、そのリュディガー殿下の部下の1人なの。レオ族ランディール卿の《地》の妻、クラウディアよ」
――はぁ。初めまして。
同じ目線になってみると、『地の妻・クラウディア』と名乗ったレオ族女性のヘッドドレスの網目の間から、確かにライオンの『耳』が生えているのが分かる。腰の後ろからは、ライオンの尻尾。尻尾の先に、ライオンならではの濃色の房。
レオ族の美女クラウディアは一瞬、面白そうな顔になって、別の方向に視線をやった。
「あのイヌ族のナンパ男は、早くも今宵の『恋人たち』を見つけたみたいね」
――ひとつ先の大天球儀の傍に、あの金髪イヌ族の赤サークレット男、『火のチャンス』が居る。
3人の男性と3人の女性から成るイヌ族同士のカップルを組んで、その中で、ワンワン、キャンキャンと笑い合っているところだ。集団デートみたいな感じだ。
ビックリして眺めていると、『火のチャンス』が、わたしに気付いた。ご機嫌そのものの、輝くような笑みを向けながら、ヒョイヒョイと接近して来る。
「これから皆でラブラブする所なんだ。女の子が4人増えても、全然オッケーだよ! これから『ミラクル☆ハート☆ラブ』でデートだけど、一緒に来るかい?!」
――そのお店って、確か盛り場の『ランジェリー・ダンスの店』って言ってませんでしたか?
ポカンとしていると、レオ族の美女クラウディアが、色気のある笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね、ルーリー嬢は既に、あたしとの先約が入ってるのよ、ナイス・ワンコ君。男と女の数が揃わなくなったら後々大変なんでしょ、6人で夏の情熱の夜を楽しんでらっしゃいよ」
チャンスさんの方は、『それも、そうだ』という風に納得したみたい。カッコ良くパチリとウインクを寄越して来た後、スキップして、集団デートっぽいグループに戻って行った。
6人のイヌ族の男女は、クスクスと笑い合いながら、総合エントランスを出て行く。
「あの不良プータロー、何気ないふりして、ルーリーもメルちゃんも数に入れてたわね。未成年は利用厳禁の店なのに」
「顔が良くても金髪でも、無限に無節操な浮気者は、サイテーだわ」
フィリス先生が、ハーッと溜息をついている。メルちゃんは目が据わっていた。
訳が分からなくて首を傾げていると、レオ族の美女クラウディアが、面白そうな顔でわたしを眺めて来たのだった。
「あの6人のイヌ族の男女は、求愛ダンスで盛り上がった後、お互い裸になって、夫婦の愛を交わし合う事になってるのよ。今回は1人当たり3人の異性と、ないし2人の同性も加えて」
――はぁッ?!
「イヌ族は、ウサギ族やネコ族と同じように多夫多妻制ですもの、重婚は普通だわ。未成年の内は当然ダメだけど、成年になったら、お互いに合意が成り立ち次第、男同士でも女同士でも、複数の人と次々に結婚してるし。重婚していない成人イヌ族の方が、異常なくらいだし……この場合の結婚は、レオ族やウルフ族、クマ族の考える結婚とは、ずいぶん違うわね。繁殖期も何も関係ない――『お祭り気分』そのものだから」
うわぁ。クラクラする。そこまで進歩的な結婚スタイルとは思わなかったよ。
フィリス先生もメルちゃんも何も言って来ないという事は、レオ族の美女クラウディアの解説は、ほぼ正確って事なんだろう。
「で、でも、例外はあるんですよね? ウルフ族とイヌ族の交配……と言うか、結婚となると」
「それは無いわね」
即座に、否定が返って来た。『火を見るよりも明らかな事実である』と言うかのように。
「血統書付きの貴種――イヌ貴族の方は、繁殖期に限っては血統書付きの子孫を残すための義務があるけど、その最低限の義務さえ満たせば、雑種との重婚の方は自由だし。ウルフ族との重婚は男女ともに雑種扱いで、ほぼ無制限。同性だろうが異性だろうが、お堅いウルフ族をランジェリーと媚薬で落とす事は、称賛されるスキルのひとつだそうよ。さっきのナイス・ワンコ君のような容貌の整った混血は、男女ともに、割と見かけるわね」
恐るべき解説を涼しい顔で語り終えたレオ族の美女クラウディアは、改めて、わたしの顔をしげしげと眺めて来た。
「元々混血は、当たり外れが大きいのよ。成長期に気性が荒れやすいから、半永久的に人相が悪くなりやすいし、バーサーク化しやすい。叩けば埃の出る冒険者ギルドや闇ギルドに属する混血の方が、イヌ族、ウルフ族、男女ともに多いくらいよ。戦闘奴隷の方でもね。あなたの御母堂の事は知らないけど」
レオ族の美女クラウディアは、そこでニンマリと、底意のある色っぽい笑みを見せた。
「その素晴らしい落ち着きぶりを見込んで。ルーリー嬢に、私の夫のハーレム妻として囲われて頂きたいの。他種族から獲得した『性質の良いハーレム妻』というのは、レオ族男性にとっては、レオ社会において名誉と尊厳、社会的地位の上昇につながるのよ。ハーレム妻になってくれるなら、耳パーツの手術代も、こちらで負担してあげても良いわ」
一瞬、言われている意味が分からなくて、考え込んでしまったよ。
――えーと、つまり、わたしを、レオ族のハーレムに入れたいって事で、その打診をされているって事?
フィリス先生が不機嫌な様子になって、口を挟んで来た。
「耳パーツの手術は、《高度治療》の領域よ。高く付くわ」
「それは全く問題ないわ、フィリス嬢。わがレオ帝国にも優秀な高度治療師が揃ってるし、夫は裕福だから」
「この際だから聞いておきたいけど、他種族のハーレム妻が入って来ても、クラウディア殿は嫉妬とかしないの?」
レオ族の美女クラウディアは、平然とした様子で、濃紫色のドレスからチラリと見える脚を色っぽく組み変えた。
「嫉妬? 何で嫉妬するの? レオ族とウルフ族の間には子孫は出来ないし、愛情の方も、それに見合う儀礼的レベルだし。儀礼婚というか、成人になり次第『人体』同士で夜伽をする事には、なるけど――」
クラウディアは、組み変えていた足を、イタズラっぽくブラブラした。高いハイヒールが、脚のラインの艶やかさを一層、増している。
周囲の、あぶれたイヌ族やネコ族やウサギ族、それにレオ族の、とりわけ男性たちの視線が釘付けになっている気配が、わたしにも感じ取れた。




