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事件の後の長い夜・1

――『対モンスター増強型ボウガン襲撃事件』。あるいは『地のタイスト研究員・殺害事件』。『茜離宮』大食堂の脇の回廊で起きた、流血騒動の事だ。


たまたまヴァイロス殿下やリオーダン殿下が居合わせた事で、『第2のヴァイロス殿下&リオーダン殿下・暗殺未遂事件』ともなった――この大事件は、一刻もしないうちに、ウルフ王国全域のトップ・ニュースになった。


つまり、『ウルフ王国の第一王女アルセーニア姫・暗殺事件』をはじめとして、ここ最近続いていた『茜離宮』周辺のキナ臭い動きについて、『茜離宮』に駐在するレオ帝国大使一行も、公的に知る事態となったのだった。


*****


気が付くと――既に、オレンジの光が強まっていた。夕方の始まりだ。


わたしは、今まで何して居たんだろう? 寝ていたんだろうか?


思い切って目をパチパチさせると――見知らぬ金茶色の髪のウルフ女性が、ヒョイとのぞき込んで来て、「アッ」というような顔になった。彼女は、すぐに後ろの方を向いて、声を上げた。


「フィリス先生、患者の意識が戻ったみたいです」


程なくしてパタパタと言う足音が近づいて来た――新たに出て来た顔は、やはりフィリス先生だった。


「ルーリー、気分はどう? 今まで気絶してたのよ。まだ体内エーテル状態が不安定な状況で、強いショックを受けたせいね。あの襲撃の真っ最中に失神しなかったと言うのも、大したものだけど」


少し頭がフラフラするけど、それ以外は何とも無いみたい。えーっと、此処は何処でしょうか?


「いま居るのは、『茜離宮』のエントランス・ホールよ。ルーリーが気付き次第、病棟に戻す事になっていたから」


フィリス先生は手早く説明して来た後、テキパキとした様子で、隣に居た金茶色の髪の中級侍女の方を振り向いた。


「見ててくれて有難うね、サスキア」

「どういたしまして、フィリス先生。大した事が無くて良かったです。今回の事件の続報は、引き続き『大天球儀アストラルシア』ニュースの特別チャネルで、お知らせいたしますので」


サスキアと呼ばれていた、フィリス先生と同年代と思しき中級侍女は、にこやかに微笑んで持ち場に戻って行った。彼女の持ち場は、『茜離宮』エントランス・ホールの受付コーナーだ。受付に詰めている女官の1人なんだ。


わたしが横になっていたのは、『茜離宮』エントランスに並んだ長椅子のうちの1つだった。周りには、大きな窓と列柱が交互に並んでいる。窓を通して、オレンジ色に色づいた明るい陽光が差し込んで来ていた。


身を起こすと、エントランス・ホールの中央部分に、見覚えのある『大天球儀アストラルシア』が8つ並んでいるのが見える。最初に入って来た時とは違って、人々が慌ただしく行き交って、ザワザワしている様子だ。連絡係と思しきヒラの役人たちや侍女たちが多い。


フィリス先生が訳知り顔で、その様子を一瞥した。


「まぁ、あんな大事件じゃね。よりによって、『茜離宮』に襲来したモンスターを駆除するための物だった増強型ボウガン装置が、殿下たちを暗殺するための武器に転用されるなんて」

「殿下たちの暗殺未遂事件だったんですか?」

「さあ? ルーリーは、どう思う?」

「暗殺事件になったのは、偶然だと思うんですけど」

「論理的に考えれば、そうなのよね。ディーター先生も同じ見立てだわ」


ディーター先生は、急遽、今回の襲撃事件に関する捜査メンバーとして召喚されていると言う。現場に居合わせたせいだろう。


……それとも、ディーター先生に意味深に絡みつつ話しかけていた上級魔法使い――『風のジルベルト』と呼ばれていた、黒狼種のせいかも知れない。クレドさんに謎の眼差しを投げていたのも、妙に気になる……


何故そう思ったのかは、説明できない。単なる直感だし。


ともあれ此処で、わたしがする事は何も無い。邪魔にならないように、病棟に引き返すのみだ。


――あ、クレドさんの紺色マント、お借りしたままだった。今まで長椅子で気絶していた間、掛布団の代わりになっていたんだ。フィリス先生、これ、どうしましょうか?


「取っときなさい。あとで返せば良いわ、それは武官標準の備品だし、着替えは幾らでもあるから」


フィリス先生の説明によれば、わたしは襲撃が終わった後も、少しの間は意識がシッカリしていて、キョロキョロしていたんだそうだ。そして、タイストさんの死体を運ぶための担架が到着した瞬間、クレドさんの腕の中で気絶したと言う。


成る程、言われてみれば、タイストさんの額に矢が突き刺さっているところを――あの矢の先端が、頭の反対側にも突き抜けていたところを――見た後の、記憶が無い。クレドさんには散々ご迷惑をお掛けしてしまったなあ。後で、お詫びと御礼をしないと。


*****


フィリス先生の転移魔法は、『茜離宮』ゲート前の転移基地と、『茜離宮』付属・王立治療院の中央病棟の総合エントランス前の転移基地を連結していた。


「もう少し、総合エントランスに居ても大丈夫かしら、ルーリー? 大天球儀アストラルシアニュースの続報を確認したいの。疲れたら言ってね、病室まで付き添うから」


――大丈夫です、フィリス先生。


大天球儀アストラルシアの近くの手頃なテーブルに落ち着いた後も、フィリス先生は、気もそぞろな様子だ。こんな大事件に遭遇してしまったんだし、すごく理解できる。周りを見てみれば、今日の襲撃事件は早くも、総合エントランスに集まった人たちの第一の話のタネになっている様子だ。


フィリス先生が、半透明のプレートを魔法の杖でつついた。先刻、サスキアと言う女官が話していた、特別ニュース・チャネルを開いたみたい。半透明のプレートの上で、一定タイミングごとに文字列が移り変わっている。


程なくして、フィリス先生の姪――黒髪の見習い少女メルちゃんが、夕食を乗せたサービスワゴンを手で動かしながら、わたしたちの居るテーブルまで、速足でやって来た。


「あの病室に居なかったから、総合エントランスだと思って来たの。『茜離宮』で血みどろの大事件があったって言うし!」


メルちゃんも、すこぶる興奮している様子だ。ウルフ耳はピシッと伸びているし、目はランランと光っているし、ウルフ尾も落ち着かなげにピコピコ揺れている。見るからに『何か見たでしょ、聞いたでしょ、話して、話して!』という風だ。


と言う訳で。


メルちゃんも加わったテーブルで夕食を取りつつ、フィリス先生が魔法道具を通じて受信した、最新のニュース内容に耳を傾ける事になった。


――『対モンスター増強型ボウガン襲撃事件』。あるいは『地のタイスト研究員・殺害事件』、『第2のヴァイロス殿下&リオーダン殿下・暗殺未遂事件』。


くだんの尖塔から飛んで来て、タイスト研究員の頭部を貫き、更に回廊に降り注いだ矢の大群。これらは、すべて『第二の尖塔』と呼ばれている、あの玉ねぎ屋根の尖塔3つのうち、1つから発射されていた物だった。


元々、3本の尖塔の最上階部分は、モンスター類の襲来に備えて、『対モンスター用の増強型ボウガン』をグルリと設置している場だ。問題の増強型ボウガンは、自動で矢が尽きるまで連続発射が出来るようになっていた。


矢は、モンスター狩り用の、《地魔法》による特別合成品。普通に入手するのは難しいけど、『モンスター狩りの資格』持ちなら、誰でも入手可能。『モンスター狩りの資格』は武官の基礎スキルでもある。襲撃に使われていた矢は、尖塔の最上階部分の常備品として積み上げられていた物だった。


これが、第2回目の『ヴァイロス殿下&リオーダン殿下・暗殺未遂事件』だったかどうかは――結局、分からないままである。


ヴァイロス殿下とリオーダン殿下が、今回、この回廊に居たのは、本当に偶然だったのだ。今日のスケジュールには全く無かった行動だった。つまり、暗殺者にとっては――暗殺を企てた人物が居たとして――全く予想もつかなかった事態だった筈なのだ。


この襲撃の主目的は、タイスト研究員の殺害だった可能性もある。タイスト研究員が、何か重要な事実をつかんでいたとしての話であり、これは目下、捜査中だ。


そして。


くだんの尖塔に誰が立ち入っていたのかは、分からない。いずれにせよ、巡回の穴を突かれた形だ。犯人は、『茜離宮』の内部スケジュールに詳しい人物である事は明らかだが、ほとんどの文官・武官がそうである以上、容疑者を絞り込むのは、極めて難しい――


「何て恐ろしい事件かしら。飛んできた矢に、頭を串刺しにされて死んだなんて。すごく痛いわ」


メルちゃんが眉根をギュッと寄せて、夕食のおかずのハンバーグを、フォークで『ブスッ』と突き刺した。


フィリス先生が、メルちゃんの食事マナーを注意しようとしたところ――


――ドサッ。


誰かが、何かを、落とした……?


フィリス先生とメルちゃんのウルフ耳が、瞬時に音源の方向にピッと向く。わたしも、その方向を確かめた。


シニア世代の、初見のウルフ族男性。


着衣は、紺色の――軍装姿じゃ無くて文官服の方だけど、襟や袖口に、地位を示すハシバミ色の3本ラインがある。上級役人――高位文官に違いない。光沢のある小麦色の髪をしている。細かいウェーブの掛かった髪が、洒落た印象だ。


さっきの『ドサッ』と言う音は、この人が手荷物を落とした音だった。


「あ、あ、これは失礼を。お嬢さんがた」

「いえ、お気になさらず……何処かでお見かけしたような……あ、マーロウさんですか?! あの、チェルシーさんの――」


フィリス先生が目を見張りながらも応答している。上級役人のユニフォームをまとった、洒落た人物は、フィリス先生の顔見知りの人だったみたい。チェルシーさんの関係者……?


チェルシーさんと同じくらいのシニア世代に属するウルフ族・金狼種の男性は、小麦色の髪に囲まれたウルフ耳をいぶかしげに動かしながら、フィリス先生の顔を見直していた。そして、パッと閃いたような顔になった。


「久し振りだし奇遇だからビックリしたよ、フィリス嬢。あの頃、フィリス嬢は、まだ駆け出しの下級魔法使いだった。覚えていてくれたとは嬉しい。チェルシーは今でも良くフィリス嬢の話をして来る。立派になったもんだね」


ひととおりの社交辞令を済ませた後、フィリス先生が、見知らぬ上級役人――高位文官の男性について、説明をしてくれた。


「ルーリーにメルちゃん、この人は『火のマーロウ』さんで、チェルシーさんの元・上司よ。今は出世して……ええと、アンティーク宝物庫を含めて統括している、歴史宝物資料室の室長ね」


――初めまして、よろしくです。


いつものようにメルちゃんは、ズバリと要点を聞く。


「おじさんは、さっき、どうしてビックリしてたの? いきなりカバンが落ちたから何? って思っちゃったんだけど、えーっと、おじさんは怪我をしてるのね。怪我、痛む?」


成る程、見てみると『火のマーロウ』さんと言う小麦色の髪のシニア男性は、左手に包帯を巻いている。何かで怪我をして、此処、『茜離宮』付属・王立治療院に出向いて、治療してもらっていたんだ。


「古代の室内装飾品の仕組みを分解して調べていたんだが、攻撃魔法の仕掛けに気付かなかったんでね。仕事に付き物のリスクと言うところだな。古代の戦国乱世の頃に製作された『防衛機能付きの室内装飾品』だったんだから、もっと注意して扱うべきだったんだが」


マーロウさんは決まり悪げな様子で、怪我していない方の手でうなじをシャカシャカとやりながら、苦笑いして答えて来た。そして、いっそう気がかりな様子になって、大天球儀アストラルシアの方にチラリと視線を投げた。


「タイスト君が死んだ……なんて。優秀な部下の研究員の1人だったんだが、この短い時間のうちに、そんな死に方をするとは。何があったんだろう?」


フィリス先生が、「ニュースに出ていた以上の事は、まだ私も知らないんですよ」と応じた。


「いや、此処でボヤボヤしている訳には行かない。済まんが、失礼するよ……お嬢さんがた」

「怪我をしてらっしゃるんですから、お大事にしてくださいね、マーロウさん」


フィリス先生の声掛けに対して、マーロウさんは丁寧に目礼を返すと、急ぎ足で総合エントランスを出て行った。

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