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不意打ちのような襲撃

タイストさんは器用にトレイを運びながら、声を掛けて来た。


「大食堂の方で、ディーター先生とフィリス先生を見かけたのでビックリしたよ。アルセーニア姫の暗殺事件で、新しく分かった事があって――行き逢った魔法使いたちが集まって来て、ちょっとした報告会議になってるところだ」


魔法使いって基本的に、不可解な出来事に対する興味が強いみたい。さすが研究職で技術職ってところだね。灰色スカーフをしている下級魔法使いなタイストさんも、興味を持って、概要を聞き込んでいたようだ。


ザッカーさんが「なぬッ!」と、目をカッと見開いている。


「こいつぁ、ヴァイロス殿下やリオーダン殿下にも話を上げとかないとな。どういう話だったんだ?」


そう言っている間にも、ザッカーさんは腰のホルダーから『魔法の杖』を取り出して、別の一角に向けながらも、端の方を点滅させていた。赤い点滅の光は少し続いた後、金色を帯びた安定した光になった。先方が持っている『魔法の杖』と、通信リンクが確立した状態になったという事だろう。


――『魔法の杖』って、遠隔で連絡も出来るんだ。本当に万能道具だなあ。


タイストさんは少し思案した後、『王妃の中庭』にあったオルテンシア花の異常について、話し出した。ディーター先生とフィリス先生が明らかにした内容の、受け売りだ。


タイストさんの説明が『モンスター毒の分析』に関する佳境に差し掛かったところで――


――回廊の中央にあった正方形のスペースで、転移魔法が展開した。白いエーテル光が溢れる。


ビックリして注目していると、豪華絢爛な金髪のヴァイロス殿下と、艶冶玲瓏な黒髪のリオーダン殿下が現れた。2人とも純白マントをまとっている。後ろには、それぞれの従者と思しき2名の紺色マント姿が続いていた。


ザッカーさんとカノジョさんとタイストさんは、驚いていながらも、手慣れた様子で敬礼した。男の方は右手を上げる挙手注目の敬礼で、クレドさんも、わたしを左腕で抱っこしていながらも、同じ姿勢だ。カノジョさんは女性だからか、膝を折り、ワンピースドレスの左右を摘まんでの、優雅な敬礼。


――ひえぇ。ウルフ王国の第一王子と第二王子、フットワークが軽すぎるよ!


適切な反応が思いつかない。抱っこされたままでは女性バージョンの敬礼は出来ないから、とりあえず、クレドさんのマネをして、右手で挙手注目の敬礼をしてみる。


ヴァイロス殿下とリオーダン殿下は、2人とも物慣れた様子で頷いて応じて来た(わたしが数日前の身元不明の侵入者と同一人物だという事には、気付かなかったみたいだ)。


「先ほどの、アルセーニア姫の殺害現場の説明を、もう一度聞かせてくれ」


リオーダン殿下が促す。それに応えてタイストさんが頷き、口を開いた。


一瞬。


空気を切り裂くかのような――『ビイイィーン』という――奇妙に尾を長く引く、不吉な音。


直後――


タイストさんの額の、中央からやや脇に外れた辺りに、『ビシッ』と音を立てて、『何か』が突き刺さった。


余りにも突然で、一部始終を見ていてなお、何が起きたのか分からない――


――今まさに説明をしようとしていたタイストさんは、そのまま、ポカンと口を開けていた。その、『男の人差し指ほどの太さの何か』が突き刺さった額から、鮮やかな血の筋が流れ出す。


タイストさんの、ややヒョロリとした体格が、糸が切れた人形か何かのように、ゆっくりと斜め後方に崩れ落ちた。手に持っていた料理皿のトレイも床に落ちて、『ガシャガシャーン』と音を立てる。


再び、あの不吉な、尾を長く引く騒音が続いた。それも、幾つも。


ビシッ、ビシッと音を立てて、同じように、意外に太さのある何かが、回廊の手すりにも、列柱にも、その奥の壁にも、次々に突き刺さる。手裏剣か――じゃ無ければ、太い矢だ。


「攻撃だ!」


2名の従者が、続く矢を『魔法の杖』で叩き落とした。変形するだけの余裕が無かったのだろう、警棒スタイルのままだ。


ヴァイロス殿下とリオーダン殿下が、それぞれ身をかわした――続いてひるがえった純白マントを次々に矢が突き抜けて、回廊の敷石に、ビシッ、ビシッと、斜めに突き立った。


この矢、石よりも遥かに硬い物質で出来てるんだ。


わたしの目の前で、『ギンッ!』という衝突音と共に、何かが一閃した。


続いて、矢が床に突き立つ時の、『ビシッ』という音。


クレドさんが身を返しながら、『魔法の杖』を振って、矢をはたき落としたみたい。すごい動体視力に、反応速度だ。わたしには矢が見えなかった。


わたしの『人類の耳』では分からなかったんだけど、『ウルフ耳』で聞こえる超高音の周波数の――緊急アラートが鳴り響いていたらしい。大食堂の方から、灰色ローブ姿の魔法使いや紺色マントの隊士たちが、血相を変えながらも姿を現した。


新しく来た隊士たちの方へも矢が飛んで来るから、まさに戦場だ。


――『ゴオッ』と言うような、無数の矢が立てる音が続く。見るも恐ろしい結果を予兆する騒音だ。


ほとんどの魔法使いたち――中級魔法使いたち――は、口を大きく開けたり口に手を当てたりしているから、たぶん叫び声を上げてるんだと思う。


最前線に出て来たディーター先生と、もう1人の灰色ローブ姿の上級魔法使いが、息を合わせて『魔法の杖』を大きく振りかざした。袖口に施されている金糸刺繍の縁取りが、一瞬きらめく。


「地の精霊王の名の下に……《地の盾》!」


――空気が、ビシリと音を立てた。或いは、濃密に呼び集められたエーテルが、音を立てた。同時に、『ドドドッ』と言うような、無数の矢が突き立った音が続いた。


――生きてる?


奇妙な程に静まり返った瞬間。恐る恐る、目を巡らす。


回廊に注いでいる陽光が、少しだけ暗い。


見ると――回廊の列柱の並ぶ間ごとに、半透明の黒いシートみたいな物が出来ている。その1枚1枚に、金色の不思議なシンボルが輝いていた。


――あれが恐らくは、《地魔法》特有の、サインか何か、なのだろう。


いつ出来たんだろうか――これが、恐ろしい矢の群れを食い止めたのは確かだ。無数の剛毛が生えたみたいに、半透明の不思議な黒いシートの外側に、無数の矢が突き立っている。


矢による攻撃は、先ほどの大群が最後だったみたいだ。もう、新しい矢は来ない。


「あの第二の尖塔を調べろ! 1人も逃がすな!」


リオーダン殿下の指示に応じて、ザッカーさんをはじめとする紺色マントの隊士たちが、『応』と返しながらも回廊の別の一角へと走り去った。


リオーダン殿下の右頬に、うっすらと血の筋が出来ている。どれかの矢がかすったみたいなんだけど、それでも紙一重の差でかわしたのだから、すごい身体能力だ。


ザッカーさんの黒髪のカノジョさんは、回廊の柱の陰で失神している。幸いに無傷の様子。早くも中級魔法使いが、2人掛かりで担架に乗せて運び去って行く。


ヴァイロス殿下は血の気を失っていたけれど、早くも従者と共に、床に崩れ落ちていたタイストさんの死を確認していた。美形な顔をしかめている。ヴァイロス殿下の純白マントには、矢が突き抜けた孔が、数個ほど出来ていた。


ディーター先生と、もう1人の上級魔法使いが、肩で荒い息をしている。どちらも立派な体格の男性なのに、2人共に一瞬で疲労困憊したと言う風で、回廊の床の上にへたり込んでいた。あの半透明の黒いシートを魔法で合成するのは、すごく疲れる作業だったみたいだ。


「おい、もう……大丈夫みたいだ。私は、ハァ、疲れたから……君らが、片付けてくれ」


上級魔法使いの、息を切らしながらの指示に応じて、並み居る無地の灰色ローブ、中級魔法使いたちが動いた。震えながらも、めいめいの『魔法の杖』を振り、安全を確認しつつ、半透明の黒いシートを取り込み始める。


剛毛が生えたようなシートが、次々にフニャフニャになって回廊の床に折り畳まれて行くのは、不思議な光景だ。突き刺さっていた無数の矢が、シートと一緒に重なって、カシャカシャと固い音を立てている。


ディーター先生とタッグを組んで魔法を発動していた上級魔法使いが、ボソボソと喋り出した。わずらわしげに頭部のフードを外したので、黒いウルフ耳と、うなじでまとめた、ウェーブの掛かった漆黒の髪が露わになっている。ディーター先生より少し年上という感じの男性だ。冷涼な顔立ちに、刃のような黒い眼差し。


「相変わらずの《盾》の腕前だな、『地のディーター』君。貴様も魔法部署の幹部になるべきだった。『風のトレヴァー』長官の、後継者の資格付きのな」

「前にも言った筈だが、『風のジルベルト』殿。宮廷の上層部の余計な面倒は嫌いなんだ。それに私は目下、別の興味深いテーマを抱えている」

「ふふん……意外に他の理由もありそうだがな」


ディーター先生と話している上級魔法使い『風のジルベルト』は、立ち居振る舞いからして、いかにも貴族という感じ。刃のような黒い眼差しで、わたしの方をギロリと眺めて来る。そしてクレドさんの方も意味深に眺めた後、溜息をついた。そして、その場を離れて、彼は部下と思しき中級魔法使いたちに次々に指示を下し始めたのだった。


――あの溜息の意味は、一体、何だったんだろう? クレドさんにも、何か含むところがあるんだろうか?


あれ? それに――『風のジルベルト』さんの、あの冷涼な顔立ちって……?


邪魔をしないよう、脇で控えていたフィリス先生が、早速ディーター先生の傍に駆け寄った。ディーター先生を助け起こすと共に、わたしに声を掛けて来る。


「怪我は無いわよね? クレド隊士のガードは満点だったわ、傍目から見てても」


言われてみて初めて、わたしは相変わらずクレドさんに片腕抱っこされていた状態だった事に、気が付いたのだった。それから、今まで意識もしてなかったけど――身体が震えていた。


*****


タイストさんは、シッカリと死んでいた。額を矢に貫かれて。太さのある頑丈な矢は、タイストさんの頭蓋骨を突き抜けていて、その先端が、反対側にまで飛び出していた。


矢が飛んで来たのは、あの白い玉ねぎ屋根を乗せた3本の尖塔のうち1本から。あの距離を考えると、ものすごい勢いで打ち込まれていたという事は、明らかだ――

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