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三尖塔の見える回廊にて

その時――後ろの方から威勢の良い男の声がした。


「よー、クレド! 何やってんだ、坊主のお守りかぁ?」


いきなりの大声だから、ビックリして飛び上がっちゃったよ。振り返ってみると――そこには、クレドさんと同じような紺色の着衣をまとった、ウルフ族の背の高い男が居た。知り合いかな。クレドさんは無言で目礼を返している。


筋骨隆々と言うよりは、「おぉ……」ってなりそうな筋肉ムキムキの印象が強い人だ。暑がりな性質みたいで、紺色マントを外してバサバサとやっている。オレンジに近い金髪の金狼種。


それなりに目鼻立ちは整ってるけど、頬骨やあごの骨が目立つガチッとした顔立ちで、粗暴に近いワイルドさがある。ウルフ耳にも、過去の激闘で付いたのだろう切れ込みがあって、迫力満点だ。


ウルフ族男性、色々な人が居るんだなあ。女性もだけど。


そう、この筋肉ムキムキでオレンジ金髪なウルフ耳の男を、熱い眼差しで見つめる黒髪美人のウルフ族女性が、更に後ろに居るんだよ。すこぶる色っぽい。ハシバミ色の、丈の長いワンピースドレス。カッチリとしたベスト。


昨日会った『風のヒルダ』さんと同じ、中級侍女のユニフォームだ。20歳に近いけど20歳は超えてない感じ。わたしより背が高くて、フィリス先生と同じくらい。


――わたしは、16歳にしては成長不良の類に入るみたい。チェルシーさんやポーラさんに『ちゃんと食べなさい』と言われたし、10歳のメルちゃん用のドレスが、サイズを合わせる前とは言え、苦しくない程度に着られたし。


オレンジ金髪ウルフ耳の男は、いかにも『頼れる兄貴』っていう風な感じで、言いたい事をポンポン言っている。


「坊主、そろそろ入隊年齢ってとこだな。訓練隊士として合格したら、俺んとこに来いよ。『火のザッカー』って言えば大抵は分かるからな」


――わたしを男だと誤解しているのは確実だ。


大食堂の空調は割と強い状態で、身体が冷えないようにクレドさんの紺色マントを借りて、スッポリくるまっているせいだと思うんだけど、口を挟む暇がない。


そして、『火のザッカー』と名乗った筋肉ムキムキなオレンジ金髪ウルフ耳の男は、ちょうど腕を絡ませて来た黒髪美人のウルフ女性に、ニパッと笑みを向けた。


「忙しい、忙しい。じゃあな、坊主」


筋肉ムキムキのオレンジ金髪男『火のザッカー』は、カノジョと思しき黒髪美人の中級侍女を、ヒョイと片腕抱っこした。そのまま、昼下がりの陽光が降り注ぐ回廊へと歩いて行く。堂々たるサイズの、オレンジ系の金色なウルフ尾が、気取っているかのように、フサアッとひるがえっている。


じゃれ合ってるみたいで、『火のザッカー』の大きな背中越しに、クスクス笑いが聞こえて来る。黒髪美人のウルフ女性の黒い尻尾が、ザッカーさんの片腕の下に流れつつ、笑い声に合わせてリズミカルに揺れていた。『忙しい』と言ってる割には、これから楽しい休憩時間だったっぽい。


へぇー。あんな風に、実際は良くある事なんだろう、片腕抱っこと言うのは。友情の延長っていう感じなのかな。わたしは記憶喪失してるから、その辺の感覚、まるで無いんだけど。


ひたすら感心して後姿を目で追っていると、クレドさんが、ちょっと身をかがめて来た。


「驚きましたか?」

「えっと、それなりに色々」


クレドさんは不意に、口の端に綺麗な笑みを浮かべた。静謐な印象のある顔立ちだから、心に沁みとおるような笑みという感じ。一応ちゃんと鍛え上げた体格をしてる男性に対して、こういう形容は変かも知れないけど、優美なんだよ。


初めて見る笑みだから、ビックリした。胸がドキドキしてる。何かおかしな事とか、楽しい事とかありましたか?


*****


突然――大きな怒鳴り声が響いて来た。


「いい加減、認めろ!」

「冗談じゃ無いわよ!」


クレドさんの黒いウルフ耳が、スッと、騒動の方向を向いた。ザッカーさんが向かっていた、回廊の方だ。


怒鳴り合っている声は、一方は男で、一方は女。


わたしの『人類の耳』でもハッキリ分かったくらいだから、大食堂の方でも、近い方の場所の人は皆、気付いたみたい。チラッとだけど、大勢の人のウルフ耳が、一斉に回廊の方を向いたから、ビックリしちゃった。


男と女の痴話喧嘩なら、どうって事は無いみたいで、みんな興味津々ながら、様子見だ。


でも。


何か変な雰囲気だ。痴話喧嘩と言うよりも――それに、あの女の人の声は――


わたしは水の入ったコップを持ったまま、駆け出していた。


足元にあった、出っ張りか何かに、爪先が引っ掛かった――転ぶ、と思った瞬間、視点が急に上昇する。


「ほぇ?!」


気が付いたら、再びクレドさんに片腕抱っこされていた。今日5回目の抱っこですね……っていうか、クレドさん、いつ動いたんですかッ?!


「水場周りの溝で、器用につまづくんですね」


明らかに、呆れられていると分かる。確かに、アーヴ種の水場周りと、その他とで、床を覆うパネルのパターンが違う。どうやら、小さな子狼ですら滅多にやらないような、ドジらしい。いつの間にか放り出していたコップも、クレドさんの手にキャッチされていた。


クレドさんは呆れながらも、わたしの意図は理解していたみたいで、そのまま素早く回廊へと歩を進めて行ってくれた。


――回廊の中ほどで――


灰色のスカーフをした黒髪のウルフ男と、黒髪の中級侍女とが睨み合っている。


ウルフ男の方は、一見して役人なんだけど、どちらかと言うと研究職っぽい雰囲気だ。割とボワッとした不思議な髪型が、黒髪だけに、いっそう目立つ。


「分かってるくせに! だいたい、アレは君の……」

「言い掛かりも大概にして! こっちは忙しいのよ!」


中級侍女が、勢いよく『魔法の杖』を振り上げた。強い風が湧き立ったみたいで、ストレート黒髪がザーッとなびく。中級侍女が押していたワゴンは、大百科事典みたいな分厚い書籍で一杯だったんだけど、その1冊がブンッと空を飛び、見事、背の高い黒髪のウルフ男の脳天にヒットした。


いかにもな――『ゴンッ』という音。


「わぉぉん!」


灰色スカーフをした黒髪のウルフ男が、頭を抱えて膝をついた。予想外の急襲だったみたい。何か痛そう。


黒髪ストレートの中級侍女は、『バシン』と音を立てて、武器となっていた書籍をワゴンの上に戻した。ハシバミ色の丈の長いワンピースドレスの裾をひるがえして、ワゴンを押しながら、大股で歩き去って行く。


その姿が、回廊の途中にある正方形の小さなスペースに引っ込んだ。次に、その小さなスペースが、白いエーテル光で溢れた。転移魔法だ。


ポカンとして見ていると、白いエーテル光が収まった後、中級侍女の姿は消えていた。何処かに転移したんだ。


「――あれ、『風のヒルダ』さんじゃ無いの」

「相変わらず気の強ぇ女だな。《風魔法》は不安定だけど、本を投げるのだけは上手ってのは、まぁ」


先に来て見物していた男女カップルが、口々にコメントしていた。筋肉ムキムキの、オレンジ金髪男な『火のザッカー』さんと、その黒髪のカノジョさんだ。


――それに『風のヒルダ』さん。昨日、メルちゃんの姉ジリアンさんの美容店で会った人。覚えのある声だと思ったのは、間違いじゃ無かった。でもヒルダさんは、何故あんなに怒っていたんだろう?


ザッカーさんがカノジョさんを降ろし、頭を抱えてうずくまっている哀れなウルフ男を助け起こした。


「おめぇ、名は何だったっけ? アンティーク宝物庫の方でよく見かけるが」

「あぁ、私は『地のタイスト』だ。古代の魔法道具の――宝飾品も含む――歴史研究員だよ」

「実に災難だったな、タイスト研究員。幸い、コブは出来てないが……一体、何を喧嘩してたんだ?」


タイストさんは、いかにも研究職というか、ウルフ男にしては割とヒョロリとした感じの体格だ。ヒルダさんの攻撃は相当にキツかっただろう。


「ああ、ちょっと確認したい事があってね。なに、そんなに大した事でも無いんだが」


――あれは、確認してるって言うよりも、問い詰めてるって感じだったけど。


タイストさんは、頭をハッキリさせるかのようにブルブル振るった後、ザッカーさんにお礼を言って、大食堂へと入って行った。遅くなったけど、これから昼食を食べるんだって。それも、テイクアウトで、仕事部屋で仕事しつつ食べる予定だそうだ。


何か釈然としないけど。


――あとで、ヒルダさんに会ったら、ヒルダさんにも聞いてみようかな。迷惑じゃ無ければ。


ふと目を巡らす。回廊は開放的な造りになっていて、周囲を取り巻くパノラマな景色が、目に入って来た。


――向こう側の奥殿――重役のためのスペースっぽい一群の建築の上に、白い玉ねぎ屋根を乗せた3本の尖塔が、良く見える。


へー。何と言うか、隠れた意外な観光ポイントだ。思わず、3本の尖塔をしげしげと眺めてしまった。陽光の角度の都合で、半分は陰になってるけど、明暗がクッキリしていて1枚の絵になるって感じ。


ザッカーさんとカノジョさんが、下の方にある別の一角を指差した。


「坊主、こっちにも面白い物があるぞ。あそこの備品倉庫の屋根、『炭酸スイカ』の実が鈴なりだ」


クレドさんが意を汲んで、わたしを抱っこしたまま回廊の手すりに近寄ってくれた。指差しの方向に誘われて、下の方を眺める――


――うわ、高い。目が回る。わたし、高所トラウマだった……!


頭からザーッと血が引く音を自分でも感じたくらいだから、たぶん、わたしの顔は真っ青になってると思う。わたしの狼狽ぶりが余りにもあからさまだったのか、ザッカーさんとカノジョさんが不思議そうな顔になった。


「おい坊主、もしかして高い所が苦手だとか?」


わたしは口を引きつらせたまま、コクコクうなづいた。命綱さながらに襟首を引っ張られる形になったにも関わらず、クレドさん、一歩後退してくれて有難うございます。


「高所恐怖症だと、武官は厳しいかもねえ。タイストさんみたいな文官の研究職コースなら大丈夫かしら」


黒髪のカノジョさんが頬に手を当てて小首を傾げていると――


――大食堂の入り口の方から、タイストさんが再び現れて来た。片方の手に料理皿の乗ったトレイを持っている。


昼食時のピークを外れているから、オーダーの方は余り混んでいなかったと思うけど、割と時間が掛かってたよね?

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