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宿命の人 運命の人―瑠璃花敷波―  作者: 深森
part.01「水のルーリエ」
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疑惑と恫喝

声が聞こえてきた方向に――恐る恐る首を回す。


――噴水広場の端に1人、丈の長い純白のマント姿の若い男が、威風堂々と立ちはだかっていた。両肩には、金色の房の付いた肩章。見上げる程に背が高い。


豪華絢爛そのものの、うねる金髪は、背中の中ほどまでの長さがある。殺気を湛えて不吉にぎらつく金色の目。純白のマントの下には、濃いロイヤルブルーが鮮やかな、仕立ての良い着衣。金色刺繍と思しき、魔法陣のようなテキスタイル紋様がキラキラしている。身分の高い人物らしい。


際立つような華やかさのある顔立ちだ。正統派の美青年と言って良い。


頭の左右に、イヌ科の耳がピンと立っている。かの美形な顔立ちと相まって「或る意味、シビレル(キャー♪)」と称賛するところ。だけど、この男のまとう殺伐とした空気は、社交辞令を受ける気分では無い事をありありと示している。


右手下段に構えている長剣――あの堂々とした、恐ろしいまでにぎらつく銀白色の刃部分の長さは、わたしの背丈ほどもあるんじゃ無いかと思うくらい。


手や腕の要所には、手甲などの防具。袖の無い夏向きの着衣だから、マントの下から突き出した、その腕の逞しさが丸わかりだ。見世物なんかじゃない、本当に戦闘向きに鍛え上げられた筋骨のセット。


さっき、くさびのような刃物を投げて来たのは、この人?


だとしたら、この距離で、あの石の表面に深い楔穴くさびあなを作る程だ、ものすごい筋力だと思う。


脚の間に見える金色のフッサフサは……あれ、イヌ科の尻尾だよね? 狼の尻尾みたいな気もするけれど。尻尾全体の毛が刺々しい感じで逆立っていて……怒髪天レベルで激怒してるって事? 何で?


イヌ科の耳に、イヌ科の尻尾? ――獣人のイヌ族? ウルフ族?


――この天球の下、確か獣人とか竜人とか、いろいろ居たような気がする。あとは魚人とか。


息詰まるような緊張感。頭も混乱しているせいか、ゴチャゴチャとしか思い出せないけど。


左頬からは、まだ生暖かい血が流れているのを感じる。ツーッと流れ出した物はあごを伝い、首筋を下り、濃灰色のチュニックに染み込んで行った。この布地、汗や血でベタベタしないみたい。超・硬いくせに、血の吸い取りは、すごく良いらしい。


不意に、頭が奇跡的に働いた。


玉ねぎ型の屋根を認めた時に、気付くべきだったのだ。


――ここは獣王国の領土の、何処かだ。目の前にいる人物は、イヌ族の男性にしては背が高すぎる。したがって、ウルフ族と判断すべきなのだ。


しびれを切らしたかのように、金髪ウルフ族が再び口を開いた。


「お前は変身魔法で完全な人体に変身しておいて、迂闊にも耳が遠いのか? そのくせ、いつの間にか、この場に侵入して来ている。どうやって、この場に現れたと聞いている」

「此処は、何処ですか?」


豪華絢爛な金髪の男は、瞬時に間合いを詰めて来た。目にも留まらぬ熟練の手さばきで、喉元に長剣を突きつけて来る。


「聞いているのは私だ! 黒のバーサーク工作員か、この宮に潜り込んで来たイヌ族の忍者か、暗殺者か!」


――忍者? 暗殺者?


息を詰まらせて座り込んだまま、一瞬、とんでもないことに気付く。身体全身が、凍り付いた。


何も覚えていない! 自分が何処の誰なのか――イヌ族か、そうで無いのかも分からない!


これを、どう説明するべきなのか。思いつくままに口走るのみだ。


「こ、これがどういう事なのか、何も分からなくて! ……何故、此処に居るのかも、此処が何処なのかも――」


喉が渇いているのか、喋りにくい。


身体は相変わらずガクガクしていて、変な風にしか動けないし、風邪をひいているのかも知れない。喋るという事が、こんなに努力が要るものとは思わなかった。声が不自然にヒビ割れて、しわがれている。


戯言ざれごとを申すな、れ者!」


金髪美青年が、激怒ゆえの怒鳴り声で応じて来た。カッと開いた口の端に、ウルフ族ならではの牙が見える。怖い!


噴水の向こう側――赤みを帯びた塔の方から、新しい足音が聞こえて来た。


5人ほどの新たな別の人物が、戦士そのものの身のこなしで駆け寄って来ている。このウルフ耳の金髪美青年の大声を聞き付けて、噴水周りの異常に気付いたに違いない。


新たにやって来た5人は、どの人も金髪の男と同じように背が高い。頭の左右に同じようにウルフ耳が生えていて、後ろにウルフ尾が生えている。


いずれも袖なしの夏向きの着衣で、要所に手甲などの防具を付けているのが見える。違いと言えば、着衣の色が紺色である事、丈の短いマントを着けている事、毛色が少しずつ色合いの違う金色だったり黒色だったりする事。


「殿下! 従者も衛兵も連れずに、宮を離れては……」


――この純白マントの、ウルフ耳にウルフ尾の、金髪美青年が、『殿下』?


呆然としていると、5人ほどの新来の男たちは腰に回した警棒ホルダーのような物に手を掛けつつ、『殿下』と呼ばれた金髪の男の左右に並んだ。


素人目にも分かる程の、見事な防御展開だ。『殿下』と呼ばれた純白マントの男は、『フン』と鼻を鳴らしつつも、いつの間にか腰のホルダーに長剣を収めている。


――純白マントの下には、警棒ホルダーみたいな物しか無いけど。


あの長剣の堂々とした刃部分、何処に消えたんだろう?


くさびの形をした投げナイフっぽい物も、蒸発して消えたりしていた。長剣も同じような物だったのだろうか。魔法って、時々分からない――と言うか、まだゴチャゴチャしていて実感が湧かない。


5人のうち1人――黒髪の男――が、鋭い視線を投げて来た。金髪とはまた違うタイプの美青年といった風で、ずいぶん落ち着いた感じの人だ。


「……子供?」

「この恰好だ、ただの子供では無いだろう。魔法使いでもあるまいに、いきなり現れた。白いエーテル光が転移魔法の先触れになる筈だが、それすら無かったからな」

「隠密レベルの転移魔法? 熟練の忍者か――暗殺者か? それにしては『魔法の杖』を持っていない……」


――何やら、事態が更に悪化しているんじゃ無いだろうか。


パッと見、わたしは子供に見えるらしい。でも、普通、子供がポンと現れたくらいで、此処まで『忍者』だの『暗殺者』だの、物騒な解釈をされる物なの?


「地下牢に連れて行け。こやつ、身体の動きが変だし、声も加工が掛かっている。バーサーク状態だろう。拷問してでも、此処に侵入して来た目的を白状させる。未だに『黒幕』は見つかっていないし、子供だからとて、容赦はするな。私は父上に報告するが、後ほど――」


5人からの『応』との返答を受け、『殿下』と呼ばれた豪華絢爛な金髪男は、膝下丈まである純白のマントを華麗にひるがえして、大股で堂々と歩き去って行った――


――赤みを帯びた塔の方向に。


5人の男たちの動きは素早かった。


あっと言う間に奇妙なシーツを被せられ、袋詰めの格好になる。視界が塞がれてしまって、何も分からない。


何らかの魔法の仕掛けがあるのか、袋詰めにされた瞬間、手足の自由が利かなくなった。そのまま、何処かへと運ばれて行くのを感じる。


クルリと回転する。何処かの角を回ったらしい。


一部の足音が遠ざかって行くのが、布地を透かして聞こえて来る。5人の男たちは二手に分かれたようだ。


しばらくすると、階段を下りているのか、特徴的な上下の揺れが続く。


袋詰めにされているせいで周りの状況が見えないから分からないけど、この下り階段の段差、やたらと大きくない? 大波を上がったり下がったりしている小舟になったような気分だよ。


3人ばかりの男たちの会話が、布地を透かして聞こえて来た。


「拘束魔法陣をセットしたこのシーツ、残り少なくなって来てるんだが」

「このチビなら、バーサーク状態でも『拘束シーツ』無しで大丈夫だろ。魔法道具だって安くないんだから」

「先着のヤツの尋問が済むまで、柱に拘束鎖で繋いでおけば良い。それで黒幕がおびき寄せられるのなら、事件解決の手間も省けると言うモノだ」


――どうやら、すぐに拷問されるという事にはならないみたい。それでも、到底ラッキーとは言えない。


何分、経ったのか。


不意に袋詰めから解放された。


乱暴に放り出され、ゴツゴツした石の床に『べしっ』と落とされる。勢いよく叩き付けられたのと、ほとんど変わらない。


高速度で側頭部を打ち、ガツンとした衝撃が返って来た。金属製のヘアバンドが衝撃を吸収したのか、ショックはそれ程という訳では無いけれど。


――うう、痛いよう……


ゴツゴツの床に打ち付けられた胴体の方が、ジンジンと来る嫌な痛みを訴えて来る。思わず涙がにじんだ。


3人の男たちは、骨を折らない程度に手加減してくれたらしいんだけど、すごく痛い。間違いなく内出血してる。一刻ほどもしたら、身体全身、アザだらけになっているに違いない。


薄目を開けて、ザッと見回す。ゴツゴツとした石積みと鉄格子に囲まれていて、暗い。


入り口と思しき鉄格子扉とは反対側の、天井の端の方に、明かり取り用の細いスリットが開いているのが見えた。スリットからは、だいぶ傾いた陽光が差し込んで来る。日が沈んだ後は、ほぼ暗黒の世界になるんだろう。


1人が背中をつかんで持ち上げたので、視界が新たに開けた。規則的に並ぶ十数本ほどの、めいめいの鉄柱に、鎖が巻き付いているのが見える。


その鎖の先にあるのは……あれ、輪っか? 首輪なの?


3人の男たちは、日常業務をこなすようなスムーズさで鎖付きの首輪をハメて来た。


「先着の奴ら全員、尋問中だな。静かで結構な事じゃ無いか」


――全然、結構じゃ、無いッ!


わたしが太い鎖付きの首輪の重量感に参って、グッタリとへたれて横たわっているうちに――


3人の男たちは、他にも何か軽口や愚痴らしきものを交わしつつ、さっさかと地下牢を出て行ってしまった。


「こんな事が続くとな、やっぱり思うよなぁ、かの《青き盾》が我らが王族の護衛メンバーに入ってたらと。何と言っても、最高位の《水のイージス》って評判だし」

「同感、同感」

「3年くらい前のすげぇ偉業の話、今でも信じられないよな。闇ギルドの暗殺魔法使い軍団の必殺の一撃、それも強烈なモンスター毒付きの攻撃魔法から、見事に防衛してのけたとか」


鉄格子扉が、ギイギイ、ガシャーン、と重い音を立てた。続く『ガシャン』という音は、錠前が掛かった音に違いない。


地下牢という特殊なスペースだけあって、反響が良いみたい。硬いブーツのかかとが立てる足音が、不穏な雰囲気タップリに、長く響く。


グオォォーン……オゥワォーン……


あれ、何?


ブーツのかかとが立てる音じゃ無い。陰々と、不気味に響いて来る。


聞いているうちに、背筋がゾワゾワして来る。闇夜の人外魔境を徘徊する、恐ろしいモンスターの咆哮みたいな……或いは、呪われた腐乱死体ゾンビの凄惨な呻き声みたいな……


ギャギャオーン……


不意にハッとした。全身の毛が逆立つ。


――あれ、拷問を受けてるという人たちの呻き声なんじゃ無いだろうか。

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