表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/174

暮れなずむ二重の情景・1

その日の、昼下がりの半ばを過ぎた刻。


ここ『茜離宮』の外苑を彩る諸王国の公館のひとつとして設置されている、レオ帝国の大使館の前庭の、中央部にて。


レオ帝国の親善大使であるリュディガー殿下の立ち合いの下、現行犯として捕縛したばかりの襲撃者たち、すなわち1人の上級魔法使いと7人の戦闘隊士が、レオ族専用の移動牢屋に入った。揃って、毒々しいオレンジ色のモンスター塗料に染まった衣服を、着用し続けている状態だ。


8人のレオ族の襲撃者たちは、今や、全員ゲッソリとした顔つきだ。レオ帝国の刑部に引き渡された後の運命を想像すると、自然に、そうなるものらしい。


ランディール卿と4人の正妻のみならず、金色タテガミをした偉そうなリュディガー殿下と4人の正妻までもが、さすがに驚愕しきりと言った表情が続いている。


正妻たちの間に混ざって、あのレオ族の美女な《水の盾》、レオ王の水妻ベルディナもまた、唖然とした顔つきで、8人のレオ族の襲撃者たちを眺めた。水妻ベルディナは、剣技武闘会の時と同じように、亜麻色の長い毛髪に青いハイドランジア真珠の『花房』を合わせている。


そして――


水妻ベルディナは、8人のレオ族の襲撃者たちの名前を、順番に、すべて明らかにしたのだった。必然の事ではあるけれど、同じレオ王に仕える者同士、顔見知りだったと言う訳。


*****


その後、レオ帝国の大使館のエントランスに近い重役会議室で、引き続き、『事後報告』と言う名の密談が続いた。


重役会議室だけあって、シッカリとした機密保護の設備と、重厚な室内装飾があしらわれている部屋だ。要所ごとに緋色と金色の装飾パターンが目立つのは、さすがにレオ族ならではのスペースだ。


会したメンバーは18人。意外に多い感じなんだけど、レオ族の側で各々の正妻4人が付き添って来るから、人数がドンと増えるだけだ。機密に関しては必要十分なレベルみたい。


レオ帝国の側からは、リュディガー殿下と4人の正妻、ランディール卿と4人の正妻、レオ王の《水の盾》にして水妻ベルディナ、そして、元・戦闘隊士なレルゴさん。


ウルフ王国の側からは、クレドさんとジント、そしてわたし。更に、現場に立ち会った目撃証言者の1人と言う事で、ディーター先生が列席。チェルシーさんは、ちょうど同じ年配な年ごろのレオ族の男たちから、求婚を受けかねない――その類の身の安全を考慮した末、グイードさんの元に戻してある。


中立的な立場の立会人として、大魔法使いバーディー師匠とアシュリー師匠。



キッチリと人払いが済んだ所で、レルゴさんが口火を切った。


「この間の『3次元・記録球』の記録を、改めて見てもらえば分かるが。エセ『雷神』こと『風のサーベル』の白状した内容の中にな、こういうくだりがあったんだよ」


そう前置きして、義憤が収まらぬと言った様子で、レルゴさんは説明した。



――バースト事故の直後から、『サフィール体調不良、長期休養』などと言うメモが回っていた。サーベルは、その真偽を確かめるべく、方々の暗殺専門の手下に『勇者ブランド』魔法道具を供給した。


方々に放った暗殺専門の手下たちは、『サフィール療養中』と言う情報を逐一トレースして、サフィールが居るとされた、あらゆる場所を襲撃し続けた。しかし、それでもなお、サフィールの行方は知れなかった――



レオ族の外交官ランディール卿が、キチンと整えられたタテガミをしごきながら、数回ほど頷いた。


「成る程、指摘されてみれば、あの《水雷》による皇帝専用船の沈没の件は、確かに、サーベルの仕掛けた威力偵察プロジェクトのひとつ――と理解できる」


ランディール卿、ホントに理解の早い人だ。ランディール卿の地妻クラウディアが、納得しきりと言った様子で相槌を打っている。


金色タテガミのリュディガー殿下が、おもむろにあごに手を当てる。思案のポーズだ。金色タテガミを構成する金色のヒゲの中から、レオ族ならではの低いうなりを伴った声が流れて来た。


「かの恐るべき男の残党の件は、実に憂慮すべき事態だな。今のレオ帝国の法律では、サーベルの首を狩るのは困難だというのは事実だし、サーベルが死ねば死んだで、残党の連中はサーベルを神として祭り上げかねん」


レオ族の側の方では、水妻ベルディナが次第に顔色を悪くしていた。さすがに自身のハーレム主君なレオ王の、国家反逆罪に問われるレベルのスキャンダルだから、落ち着かないのだろう。チラチラと、この件の被害者となったわたしに、視線を投げて来ている。


主にレルゴさんがメインで、8人の襲撃者たちに関して、『事後報告』が進行した。リュディガー殿下と4人の正妻たちによる質問が入るたびに、バーディー師匠、アシュリー師匠、ディーター先生による補足説明が加わって行く。たまに、ジントが突っ込むと言う形で。


クレドさんは、ほぼ無言だ。端正な彫像さながらに不動の姿勢を保っているんだけど、見る人が見れば『隙が無い』って事が、ちゃんと分かるみたい。わたしに集中している正妻たちの意味深な視線が、次第に諦観の色を帯びて来ている。ホッ。


一方で、水妻ベルディナの視線は、わたしを繰り返し眺めるたびに、奇妙な色を帯びて行く。



――あの奇妙な表情、前にも、何度も見た事がある。



その違和感は、次第にハッキリとした物になった。水妻ベルディナが、決定的な事実に気付かなければ良いんだけど――そう思いながらも、不安と確信もまた、色濃くなって行くのを止められない。


*****


――尋常に、『事後報告』のプロセスが終わった。


金色タテガミのリュディガー殿下が、生真面目に眉根を寄せて思案し始める。


姿勢の良い大柄な体格だし、金色タテガミだし、離れた所から見ると、如何にも『オレさま王子』という、押しの強そうな偉そうな印象なんだけど。近くに寄って丁寧に観察してみると、いつだったかレルゴさんが説得して来たように、懐の大きい、タダならぬ人物だと言う事が窺える。


同じレオ族の大男たちが徒党を組んで、未成年なわたしを襲撃して来たと言う件については、如何にもレオ帝国の代表者と言うのか、『ウルフ隊士の武勇に敬意を表する』という、謝罪らしくない謝罪ではあったものの。一応、わたしに怪我は無かったのかとか、ひと通り『お気遣い』をして来てくれた。


やがて、リュディガー殿下は剛毅な顔立ちをギュッとしかめ、贅沢なソファに威風堂々と座り直した。


「これは、とんでもない案件だ。大魔法使いバーディー師匠の言われる通り、大罪人サーベルと、レオ王は、確かに裏でつながっていたという事実を、ハッキリと示唆している」


立派な金色タテガミの中からは溜息の音は洩れて来なかったけど、リュディガー殿下の渋い表情を見ると、内心、溜息をつきたい気分なんだろうなと予想できる。


「これをレオ帝都に持って行けば、レオ王の失脚は確定するだろう。ひいては、廃嫡もな。目下、レオ帝都でのレオ王の名声は高まっているタイミングだし、レオ帝国で、またぞろ後継者争いの悪夢がスタートするのかと思うと、正直言って気が重いぞ」


バーディー師匠なユリシーズ先生が、カツンと『魔法の杖』を突き直し、重々しく頷く。


「流血を伴う事になるだろうが、レオ王子どのが、レオ王を差し置いて、次代のレオ皇帝となる事は確定している。かくも闇ギルド勢力が根を張ったレオ王の派閥は、帝室メンバーから切り離す他に無い。その行く末は、これまでのレオ帝国の歴史が明らかに示しているところじゃ。我らが鳥人より出でし《風のイージス》としても、帝室の内紛の長期化は、望むところでは無いと言う事でな」


そこで、ランディール卿がタテガミをしごきながらも、バーディー師匠なユリシーズ先生とレルゴさんを、交互に眺めた。


「我が友レルゴよ、暗闘の激化を抑え込む手立ては、存在するのか? 何やら、あると言わんばかりの顔つきなんだが?」

「無い訳でも無いんだ、我が友ランディールよ。ただ、それには、水妻ベルディナ殿の協力が必須でな」


レルゴさんの言及の意味に気付いた正妻たちが、一斉に水妻ベルディナを注目した。異様な沈黙が落ちる。


バーディー師匠なユリシーズ先生が、スッと表情を硬くして、水妻ベルディナを見据えた。凍て付くような眼差し。



――やっぱり、タダ者じゃ無い。



重役会議室の気温が、一気に絶対零度まで降下したかのようだ。会議室を取り巻く大きな窓からは、夕暮れが近づいて来ているのを告げる、暖かみのあるオレンジ色の陽射しが差し込んで来ているのだけど。


――いつも飄々とした雰囲気なだけに、その不意打ちの威厳と迫力は、圧倒的だ。


長い白ヒゲの下から、重々しい声が、水妻ベルディナに向かって流れ出す。


「かの、《水の盾》サフィールの喪失の原因となった、バースト事故の日。現場には、サーベルと、8人の闇ギルド工作員が居た。そして、もう1人、タイミングを全く同じくして、水妻ベルディナ殿が居たのじゃ」


バーディー師匠なユリシーズ先生の、容赦のない指摘。


水妻ベルディナは――あからさまに真っ青になっていた。手が落ち着きなく、ハイドランジア真珠で出来た青い『花房』をいじり始めている。鮮やかな紅を引いた美しい口元が、何かを言おうとしてわずかに開きながらも、そのまま凍り付いていた。


「偶然か否かはともかく、水妻ベルディナ殿が、サーベル一味の行動を認めながらも放置したのは、事実じゃよ。もっと積極的に言うならば、それは『未必の故意』が含まれていたと言っても、差し支えない行動じゃ。実際に、そうだったのでは無いかな。水妻ベルディナ殿の目の前で、サーベル一味は、サフィールを襲撃しておった」


レルゴさんが苦い顔をしながら、ざっくばらんな茶色のタテガミをガシガシとやっている。


「実際、サーベル野郎は、白状してんだよ。後宮の都への侵入は、容易だった、とな。しかるべき筋に協力者たちが何人も居たと言う事も。野郎は元々、レオ王の派閥のトップとして特権を振るっていた。それを考えると、次代レオ皇帝たるレオ王の周辺が、サーベルの手の者で固められていたと考える方が自然なんだ」


――かつて、レオ大貴族なサーベルが、奴隷商人ステンス、及び紫金しこんのウルフ女キーラと、流血事件を起こした時。同時に『4人の正妻も殺害していた』というスキャンダルを揉み消す事が出来たのは、巨大な特権のお蔭だ。レオ王の派閥の、トップとしての特権。


「野郎は、『正妻殺し』などと言う致命的なスキャンダルを揉み消す程の特権を持っていた。レオ王の派閥は、つい最近まで、『雷神』ことサーベルの天下だった訳だ。野郎が《水の盾》サフィールに関する秘密情報を手に入れられたのも、それが要因だ。ちなみに、サーベルが失脚したのは、結局は、気分を損ねた奴隷商人たちの匿名の告発がきっかけだぞ」


その辺りの事は、リュディガー殿下もランディール卿も、レオ帝国の重鎮メンバーなだけあって承知の上なのだろう。苦虫をかみつぶしたような顔になっている。


ランディール卿の地妻クラウディアが、不意に口を出した。


「水妻ベルディナ殿が、親善大使リュディガー殿下の同行者に決まったのも、突然だったわね。常にレオ王の《盾》として、お傍を離れない筈の水妻ベルディナ殿が、何故に外遊の許可が出たのかも、不思議だったわよ。許可を出したのは、本当にレオ王だったのかしら?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ