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虚実の狭間の結節点・3終

8人のレオ族の襲撃者たちは、ギロリと視線を動かし、全員で、わたしを突き刺すかのように見て来た。


――ぎょっ。ターゲット、もしかしなくても『わたし』って事だ。


我ながら情けない事だけど、思わずチェルシーさんの後ろに隠れてしまった。ウルフ尾がスッカリ縮こまっていて、丸くなっているのが自分でも分かる。


――わたし、確かに過去、と言うか、前世は『サフィール』だったかも知れないけど。


今は『ルーリー』でしか無いし、『サフィール』に戻るつもりなんか、全然、無い。記憶喪失のせいで何が何やら、と言うのが正直なところだけど、レオ帝都における『サフィール』という存在、もうウソの限界だった、と確信してるよ。


ジントが訳知り顔で、わたしと襲撃者たちの間に立ってくれた。あ、有難う……



レオ族の上級魔法使いは憎々し気に目元を細めて、ジントを睨みつけて来た。そして、あからさまに怒気と殺気を噴出させながらも、威厳タップリに、バーディー師匠なユリシーズ先生を見据える。


「鳥人バーディー、この老いぼれ……よくもネコ泥棒さながらに、《水の盾》サフィールを亡き者と言う事にしておいて、卑しいまでの私利私欲でもって、ネコババしようとしたな」

「ふむ。それは大いなる誤解なのじゃが、結果から見ると、そう言えるかも知れんな」


飄々としている『バーディー師匠』の姿にカッとなったように、レオ族の上級魔法使いは声を荒げた。


「我らがレオ王陛下は、遂に、最も偉大なるレオ皇帝陛下となる。サフィールは、我らが偉大なる陛下の第一位《水の盾》と決まっている。偉大なるレオ帝国に対する、このたびの国家反逆罪の証拠……《風の盾》ユリシーズ殿でさえ、この悪辣非道な所業、庇い立ては不可能だろうよ。死に損ないの老いぼれ鳥人よ、よくよく肝に銘じておくが良い!」


――うわ。


中年ベテランなレオ族の上級魔法使い、目の前に居る『バーディー師匠』の正体、全然、見破れてないんだ。くだんの《風の盾》――『ユリシーズ・シルフ・イージス』本人が、化けてるんだけど。


バーディー師匠なユリシーズ先生は、考え深げに、長い白ヒゲを撫で始めた。


「第二位《水の盾》たる水妻ベルディナ殿が居る筈じゃが。そもそも、サフィールが入っていたのは、《イージス》が不在だった老レオ皇帝どののハーレムじゃ。レオ王子どのへのハーレム入りは、単に守護の配分のバランスのためでな」


――ほえ? そうだったっけ?


わたしが目をパチクリさせている間にも、バーディー師匠なユリシーズ先生の解説は続いた。どちらかと言うと、レオ族の上級魔法使いを説得してる……と言う感じだけど。


「当時、《地のイージス》は老齢で引退しており、パンダ族の間で見い出された《火のイージス》は、『献上』に関して交渉が難航していた。しかも、いずれも男性だったから、親衛隊メンバーとしての守護に留まり、老レオ皇帝の身辺に立つと言う意味での守護にまでは回れなかった」


――その辺は、レオ族ならではの種族的な習慣や限界などが関係しているらしい。イージス級の守護魔法使いというのも、なかなか見つからない代物みたいだし、ハーレム正妻を抱えている分、色々と難しい所があったみたいだ。


バーディー師匠なユリシーズ先生の言葉が続く。


「そして、レオ王どのは、レオ族の最強の《水の盾》である水妻ベルディナ殿を私物化している状態で、それは実際、かなり問題化していた。サフィールがレオ帝都に『献上』されて来て初めて、老レオ皇帝は、かねてからの数々の懸念事項に、集中して手を付けられるようになったくらいじゃからな」


レオ族の中年ベテランな上級魔法使いは、なおも昂然と面を上げ続けていた。バーディー師匠なユリシーズ先生を睨み付けている。


それに引き換え。


7人のレオ族の戦闘隊士たちは、クレドさんとレルゴさんの視線を避けながらも、何やら顔面を歪め始めた。


バーティー師匠なユリシーズ先生が、戦闘隊士の面々を順番に眺めつつ、銀色の目をキラリと光らせる。


「ふうむ。どうやら、この行為、老レオ皇帝にバレると、マズい代物だったらしいな。この行為は『襲撃ないし拉致誘拐』か? それとも『救助ないし奪還』の類か?」


レオ族の上級魔法使いが、わずかに口を引きつらせ、眉の端をピクリと震わせた。要点を突かれたらしい。



「待てよ。もしかして……」


レルゴさんが急に『警棒』を取り出し、直通通信を始めた。『警棒』の先端は少しの間、チラチラと黒く瞬いていたけれど、すぐに金色を薄く帯びた、安定した光に落ち着く。


すぐに、レルゴさんの『警棒』から、聞き覚えのある声音が流れた。


『いきなり何だい、我が友レルゴよ?』

「我が友ランディール、ちょいと気になった事があったんでな。4人の正妻もソッチに居るんなら、調べてもらいたいんだが。《水の盾》サフィールが、いきなり長期休養に入った頃、ええと、その5日くらい後だったかな、我らが偉大なる老レオ皇帝陛下の船が、《水雷》にやられたって話をしてただろう」


――わお。ピンと来たよ。わたしが此処に来た最初の頃、ジリアンさんの美容店で、ヒルダさんが『気になる』って言って噂してた内容だ。


チェルシーさんもピンときた様子だ。柔らかな金色のウルフ耳が、ピコッと動いている。


拘束魔法陣の中で黙秘を貫いている8人の襲撃者たちが、一瞬『ギクリ』としたように、身体を震わせた。


そんな襲撃者たちの様子に、注意を払いながらも――クレドさんとディーター先生とアシュリー師匠が、ちょっと驚いた顔をして、レルゴさんを眺め始める。


レルゴさんは、生真面目に眉根を寄せながらも、『警棒』の先でリンクしているランディール卿に話し続けていた。


「あの話を聞いてる真っ最中に、ザリガニ型モンスターの邪魔が入ったからよ、その後の内容を聞かずじまいだったが。あの《水雷》事件、総じて、どういう被害内容になってたんだ?」


ランディール卿の方は――さすがに不意打ちを食らった形だったみたい。『ちょっと待ってろ』と言う音声の後、少しの間、男女の話し声が続いた。4人の正妻と、何か話し合っているのだろう。そして。


『おう、記録を確認したぞ、レルゴ。老レオ皇帝陛下の住まわれる宮殿の運河の港の一角が、暗殺専門の魔法使いによる攻撃魔法《水雷》を食らった件だな。『勇者ブランド』攻撃魔法の道具だけあって、忌々しいくらい見事な崩壊ぶりだったな、ありゃ。レルゴにも見せてやりたかったぞ。運河の魔法防壁が派手にやられて、その余波で皇帝専用の船が沈んだ』


レルゴさんは、ずっとレオ帝都を離れていただけあって、それ程の被害だったとは思わなかったみたい。目がパッと大きくなっている。


「おい、我が友ランディールよ。その問題の『皇帝専用の船』なんだが。もしかして、『療養中のサフィールが乗ってる』とか、偽情報を流しまくって、反社会的勢力の野郎どもを攪乱して無かったか?」

『鋭いな、レルゴよ。確かに、そういう内容の攪乱情報を流したよ。何故に断定できるかと言うと、その攪乱情報を投下していた担当が、この私だったからなんだが』


――ほえぇ!


レルゴさんは、『我が意を得たり』と言わんばかりに、ざっくばらんな茶色のタテガミを、雄々しくババッと広げた。一見して戦闘態勢なものだから、一瞬、8人の襲撃者たちは、『ブワッ!』とライオン尾の先を逆立てていたのだった。


「ようし、ランディール、要点に入ろう。感電リスクにも構わず、先陣を切って、その沈没船に『サフィール救助』のために飛び込んだ救助隊が居た筈だが。そやつら、レオ王陛下の配下だったんじゃ無いか?」


一瞬、驚いた、と言わんばかりの沈黙が入った。


『確かにそうだが、何で分かったんだ、レルゴよ。内々の話だが、アレでレオ王陛下の株は大いに上がったんだ。老レオ皇帝陛下が早期退位を決めたのは、その影響もある。レオ王陛下の派閥の発言力が、やたら増強したんでな』


レルゴさんは、拘束魔法陣に捕捉されている襲撃者8名を、ギロリと睨んだ。


さすがに鬼気迫る雰囲気だったのか、レオ王の工作員でもある8人の襲撃者たちは、揃って、濃淡の茶色のタテガミをババッと広げている。


「我が友ランディール、レオ王の偉大さを確信するのは、まだ早いぜ。まさに今、私の目の前で、レオ王の手下が、未成年な少女の拉致誘拐を図った容疑者として、存在している。その少女は、たまたまなんだが、『風のサーベル』事件に実に紛らわしい形で巻き込まれてたからな、ガッツリ『サフィール本人』だと誤解されているところだ」


レルゴさんは生真面目な顔をしたまま、喋り続けている。すごい演技力。半分は真っ赤なホントで、半分は真っ赤なウソ――という状況なんだけど、全く、ウソを言っているようには見えない。



ディーター先生が、レルゴさんの方を眺め、感心したように金茶色の無精ヒゲをコリコリとやり始めた。アシュリー師匠が訳知り顔で、首を振り振りしている。


かねてから示し合わせていた内容だったらしいと言う事は分かるけど、わたしも、レルゴさんが喋る事になるとは思わなかったよ。しかも、『新たな真相の判明』と言うおまけ付きで。


レルゴさんの言葉を逐一、ライオン耳に詰め込んでいた8人のレオ族の襲撃者たちは、文字通り、目と口と鼻をアングリと開けていた。


レオ族の上級魔法使いは、オレンジ色の塗料がほとんど流れ落ちた顔面を忙しく赤顔しながらも、わたしとレルゴさんを交互に注目し始めている。


それは、まさに『語るに落ちた』と言うべき眺め。


クレドさんと、バーディー師匠なユリシーズ先生との間で、何やら、了解めいた眼差しが行き交っている。


いつしか、レルゴさんの大声による『推理』語りは、遂に締めに入った。チェルシーさんが感心しながら聞き入っている。ずっと聞き耳を立てていたジントも、灰褐色のウルフ尾をピコピコとやり、『うめぇな』と呟いた。


「私の目の前にいるレオ王の配下は、くだんの未成年の少女を、まさに『サフィール本人』だとして拉致誘拐を図ったところでな。物事には常に二面性がある、と言う。かの《水雷》事件の際、先陣を切って飛び込んだと言う事は、裏を返せば、サフィールの身柄を一番乗りで拉致誘拐できたという事でもある、そうじゃ無いか」


――レルゴさんの『警棒』の、通信リンクの先で。


ランディール卿と4人の正妻は、まるで雷に打たれたかのように、大いなる沈黙に落ちていたのだった。

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