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偶然の取っ掛かり

フィリス先生の《風魔法》は、まだ続いていた。


ディーター先生とクレドさんは、ヘアバンド様式の拘束具の影響と記憶喪失について話し合っているらしい。『声質の歪み』とか、『右や左の魔法陣』とか、『記憶喪失』とか、話しているのがポツポツと聞こえる。


背中にクレドさんの視線を感じるけど、振り返ってみる勇気は無い。


――樹林が開けていて、割と見渡せる状態だ。瀟洒な大型あずまやに続く散策路が見える。


間もなくして、その散策路に再び、きらびやかな一行が現れた。周りを取り巻くウルフ王国侍女の人数が増えていて、しかも手に、何かティーセットらしき物を持っている。大型あずまやで、お茶会みたいな事をやるらしい。


獣人の中でも、大柄で強靭な体格を誇る有力な種族が、レオ族、ウルフ族、クマ族だ。互いに拮抗する軍事力や国力を持つレオ帝国とウルフ王国の外交行事だけに、実際は牽制の火花の飛び交う茶会だろうけど、傍目には優雅に見える。


「ルーリー、服が乾いたわよ」


程なくしてフィリス先生が、声を掛けて来た。《風魔法》の速乾性、半端ない。


――お世話になります。


早速、手ごろな茂みの中でゴソゴソやる。


ウルフ耳の機能にも男女で結構な差があって、先祖の頃から狩りをより多く担当していたウルフ族男性の聴力は、すごく良いらしい。ディーター先生とクレドさんには丸々聞こえてるんだろうけど、マント下は全裸という変態ファッションならではの決まり悪さに比べれば、まだマシだと思う事にする。


*****


着替えを済ませて、フィリス先生と一緒に、茂みの中から出てみると――


ディーター先生とクレドさんの話題は、別の内容に移っていた。思わず耳をそばだてる。


――ウルフ王国の第一王女アルセーニア姫、その非業の死のミステリー。


死んだ場所は、『茜離宮』の奥の中庭。通称『王妃の中庭』だ。


王妃が、ちょくちょくティータイムを開催する場とあって、非常に警備の厳しい場所でもある。


ただ、不気味な暗殺事件が、まだ解決していないので、ウルフ王妃は不測の事態に遭遇するのを防ぐため、今は、いっさい足を踏み入れていないそうだ。そりゃそうだよね。


中庭の中央に観賞用と庭園装飾を兼ねた見事な噴水があるんだけど、アルセーニア姫は、その噴水の石段で、寝ているかのように死んで居たそうだ。


定時巡回で参上した中庭エリア担当の中級侍女が、『風邪をひく』と思って近寄ると――アルセーニア姫の心臓を正確にぶち抜く形で、意外に太い矢が刺さっていた。


これは、普通なら有り得ない事。


そもそも第一王女たるアルセーニア姫には、宮廷の上級魔法使いによる強い守護魔法が、常に掛かっていたのだ。


上級魔法による防御壁を貫くというのは、大変な事だ。手で投げたのなら、熟練の、とんでもない怪力の戦士によるものとしか思えない。魔法で飛ばしたのなら、より力量のある上級魔法使いによるものとしか思えない。そういう、一撃必殺の食い込み具合だったそうだ。


そして。


その凶器となった矢には、指紋も匂いも、抜け毛すらも付いていなかった。魔法の気配も、だ。


つまり、絶滅した人類さながらの、何らかの機械仕掛け、おそらくは『対モンスター増強型ボウガン』による殺害。殺害手段は絞り込めたんだけど、その後が、実にミステリーだった。発射ポイントと思しき場所――向かい側にあったアーチ回廊の何処にも、侵入の痕跡は無かったと言う。


現場において、アルセーニア姫に気付かれずに他人が姿を隠せるのは、アーチ回廊の後ろ、死角になる部分だけ。


くだんの『対モンスター増強型ボウガン』というのは、かなりデカイ武器だ。矢が飛んでいる間は、その猛烈な加速度による空気抵抗で、騒音も大きくなると言う。噴水の水音とは明らかに違う、不吉な音だそうだ。


聴覚の鋭い衛兵に気付かれぬように暗殺するには、文字通り、アルセーニア姫の心臓の真上で、ボウガンを発射しなければならない。


武器そのものは機械仕掛けだから、非力で小柄な女性でも発射はできるんだけど……その大きさや重量を考えると、男の力じゃないと、楽々運べない。厳しい警備を突破して『王妃の中庭』にまで凶器を持ち込んで、更に現場から持ち出してのけるというのは……不可能に近い。


――そう、さながら密室殺人なのだ。


不幸にも第一発見者となってしまった中庭エリア担当の中級侍女が、すごくすごく疑われてしまったのは、当然だ。


目下、その不運な中級侍女は、真相が明らかになるまでの期限付きで、行動制限と常時監視の処置となっている。もう10日ほどになるけれど、今のところ問題の中級侍女は、全くの潔白っぽい感じだそうだ。


――誰が、一体どうやって、アルセーニア姫を暗殺したのか。


暗殺を担当する忍者が、隠密レベルの転移魔法を使って、侵入していたとでもいうのか。いや、それは絶対に有り得ない。


百歩も千歩も一万歩もゆずって、仮に、マイスター級の超・精密な魔法を扱える忍者だったとしても――常日頃から用心深く気配に敏感だったアルセーニア姫に、どうやって、そんなに近づけたのか――


*****


不意にピンと来るものがあった。ディーター先生たちが、わたしが如何にして降って湧いたのか知りたがった理由。


「……あ、それで、どうやって此処に、わたしが出現したのか知りたかったんですか?」


フィリス先生は、ヤレヤレと言う風に溜息をついた。『正解』という事だ。


「そう言う事。ただ、ルーリーが出て来たのは屋外だから、隠密レベルの転移魔法が関わっていたら……いや、普通の転移魔法だったとしても、ヴァイロス殿下が気付いて現場保存するまでの間に4回呼吸するだけの時間があったのなら、エーテル痕跡の検出は……難しいわね」


――思い出してみる限りでは。わたしが、そろそろと身を起こして、周囲を観察するだけの時間はあった。


「……少しどころじゃ無い隙間は、あったような気が……」

「やっぱり」


フィリス先生は、一気に疲れたような顔になった。《風魔法》が専門だけに、わたしが寝込んでいた間も、多分この噴水の周りで調査を繰り返していたんだろう。無駄骨を折らせてしまって、済みません……


気もそぞろに、キョロキョロして――必然的に噴水が目に入った。ここ、噴水広場だもんね。


真ん中にある透明な水瓶みずがめの形をしたオブジェの中では、相変わらず『ルーリエ』種の水中花が揺れている。


相変わらず――いや、何か変わった気がする。


先刻とは、何かが違う。


しばらく見つめてみて――わたしは、やっと違和感の正体に気付いた。


――瑠璃色の六弁花の数が、少し増えた。


何故、増えたんだろう? そう言えば、青い水中花の生態って、どうなってたっけ? そうそう、水を浄化するんだ。水の、余分な成分を除去して、浄化する。成分を除去してるって事は、養分として取り込んでるって事。


この増えた分の水中花、わたしが噴水に落ちたせいだと思う。サンダルについていた土とか、細かい埃とかが水に入ったから、それを取り込んで、水中花の数が――


いきなり、脳内でスパークが弾けた。もしかしたら、もしかすれば……?!


「あ、あの……ッ」


わたしは取るものもとりあえず、ディーター先生に声を掛けた。しゃがれてヒビ割れた声だけど、構うものか。


――?


な、何だろう? ディーター先生もフィリス先生も、興味深そうな顔で注目してる。無機質な彫像そのもののクレドさんも、相変わらずの良く分からない『上から目線』の目付きだけど、ちゃんと注目して来ている。


ポカンと口を開けたまま戸惑っていると、フィリス先生が解説して来た。


「あのね、ルーリーの尻尾が……『閃いた!』って、急に跳ねたから。記憶喪失で、尻尾の経験度も退行したせいなんだろうけど、幼体みたいに、ストレートで分かりやすい……」


ああぁぁあぁぁぁあぁあッッ!


この無意識の尻尾が!


幼児退行してるなんて! 思わなかったよ!


今更だけど、惨めにペッタリしている毛並みの尻尾をパッと隠して、背中でギュッと握っておく。


「何か言いたい事があるんだろう、水のルーリーや」


ディーター先生が、短く刈り込んだ金茶色のヒゲをコリコリしながら、優しく聞き返してくれた。本当は笑いをこらえているんだろうけど、気配りのデキるお人だと思う。


「アルセーニア姫の死亡した場所、中庭には、噴水があるんですよね? その噴水、観賞用で室内装飾用なら、観賞用の水中花……も、もしかして、あります?」


しゃがれ声で、しかも喉をなだめつつ、つっかえながらだけど、何とか要点を言い切れた。


フィリス先生が不思議そうな顔をしながらも、呟く。


「……『王妃の中庭』の水中花は、ハイドランジア種とオルテンシア種だわ」


――果たして、あった! しかも2種も!


フィリス先生の回答は続いた。


「確か、最近、オルテンシア花が開花してるのよ。咲き終わりを待って花を採集する旨、申し入れてあるけど……」


ディーター先生は「ふむ?」と呟き、首を傾げていた。まだピンと来てない、という顔。


フィリス先生は、言葉を続けようとして――次の一瞬、目がテンになった。パッとわたしを振り返って来る。


「まさか……噴水の水中花が、水の浄化をしている間に、何か証拠になるような成分を取り込んだ可能性――を、考えてる?」


――そう、そうだよ。


わたしはコクコクと頷いて見せた。わたしの喉は、ちょっと喋っただけで疲れてしまうから余り喋れない。無言が多くなるのは、申し訳ないです。


噴水の水の中で何が起きてたのかは、意外に盲点だったんじゃない? 話を聞く限り、アルセーニア姫が死んだのは、噴水の傍って感じなんだけど。


ディーター先生は、瞬時に顔を引き締めた。仕事の顔だ。


「水中花を調べて何が出て来るか、試してみる価値はありそうだ。現場には入れるのか、クレド隊士?」

「ご案内します」


――クレドさん、意外に高位の隊士だったみたい。豪華絢爛な金髪の純白マントの第一王子ヴァイロス殿下の傍にも来ていたし。


あッ、そうだ。紺色マントをお返ししないと――


――不意に、大きな影から伸びて来た大きな手に、膝をさらわれた。


「……げ?!」


しゃがれ声の変な叫びになったのは、勘弁して欲しい。急に視点の高さが変わって――


――た、高い! 高いって! 高所恐怖症、自由落下トラウマだから!


パニックのままに手を振り回して、そこにあった『何か』にギュッとしがみつく。こ、怖かった……


だけど、何にしがみついているのか分かったら、改めて、ふうっと気が遠くなりそうだった。


――クレドさん、何してるんですか。何で、わたしを抱っこしてるんですか……?!


お姫様抱っことは違う。片腕に乗せるというか、左腕だけでヒョイと抱えるやり方だ。体格差の要素があるから自然に可能なやり方になるんだろうけど、いや、それどころじゃ無い!


「降ろして下さい、あ、歩け、ますから!」


バッと両手を離して降りようとのけぞったら、グラついた上半身が、頭部の重みと重力に引っ張られて、『カックン』と後ろに倒れて行った。ひえぇ。真っ逆さまに落ちるぅ!


すぐにクレドさんの右腕が背中に回って支えて来た。


「危ないですから、つかまっていて下さい」


――いや、そうは言ってもですね、わたしは自分の足で歩けますから。当分の間は、ちょっとはカクカクはするかも知れないけど、それだって徐々に回復する見込みで……


うう。気が付いたら、わたし、クレドさんの左襟部分につかまって体勢を立て直している格好だ。つまりクレドさんの襟首をつかみ上げている、いや、引っ張り下げている形だ。死にたい……

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